眠れない……もう夜の10時を超えた頃だろう。それでも俺は眠れずにいた。
まあ冬休みに入って連日深夜までテレビを見ていたから、それが理由だと思うが……。
なかなか寝つけない理由の一つとして、俺の右腕に絡みつく細い腕がある。
優子ちゃんの腕だ。
もう彼女はとっくに夢の中だが、俺からくっついて離れない。
最初は自分の布団にいたけど時間が経つにつれて、俺の布団の中に入って来た。
今じゃシングル布団の中では優子ちゃんの片脚が俺の股間の上に乗っかっている。
「藍ちゃん……大好き」
寝言だろう。そう呟きながら、俺の耳の裏に鼻をあてる。
そしてクンクンと匂いを嗅いでいた。
「うひゃあ!」
驚いた俺は、全身に鳥肌が立つ。
こんなことを数時間も繰り返しているので、恐怖から寝つけずにいるのだ。
※
もうこのまま眠れずに一夜を過ごすのかと思ったが、しばらくすると一階から物音が聞こえて来た。
そして階段を上ってきた相手は、扉を開く。
「ただいまえ」
優子ちゃんのお姉ちゃんだ。
「あ、おかえりなさい」
「なん? まだ起きてたん?」
「ちょっと優子ちゃんの寝相が悪くて……」
そう言うと、妹である優子ちゃんを指差す。
「あらあら、優子ちゃんたら。こんなに藍ちゃんにくっついてぇ……本当に甘えん坊やなぁ」
お姉ちゃんは慣れた手つきで優子ちゃんを引っぺがして、隣りの布団に移してくれた。
そして俺に頭を下げる。
「かんにんえ……やっぱり思っていた通りやわ」
「思っていた通りって、どういうことですか?」
「あのなぁ、元々この子はお姉ちゃん子やったんよ。でも、うちがだいぶ前に京都へ行ってしもうたから、かなり寂しかったと思うんえ」
「はぁ……」
「でも、ある日な。うちに送って来た手紙の中に『小学校で親友ができた』って書いててな。安心したけど、心配したんえ」
「どうしてですか?」
「その手紙の中にな。入ってたんよ、そのお友達の髪の毛が」
お姉ちゃんの話を聞いた俺は思わず生唾を飲み込んだ。
「もしかして、それって……」
「藍ちゃんのことえ。元々うちに依存していたのがお友達の藍ちゃんに変わってしまったんえ」
「……」
その依存対象、今からお姉ちゃんに戻すことはできないのか?
~翌朝~
昨晩、優子ちゃんが作ってくれたカレーのルーを使って、お姉ちゃんが焼きカレーを朝ごはんに出してくれた。
朝から大好きなカレーライスが出て来たので、嬉しくなった俺はおかわりを何杯も頼んでいると……。
「かんにんえ。もうご飯が無くなってしもうた」とお姉ちゃんに頭を下げられてしまった。
まあ腹八分と言うしな……。今日はこのまま帰らせてもらうとしよう。
優子ちゃんに別れの挨拶をしようとしたら、お姉ちゃんと何やら二人してコソコソ相談している。
「これ、まだ何枚使えるのかな?」
「えぇ……うちは知らんよ。でも、まだカメラ屋に持って行ってないから、使えるんやない」
「せっかく藍ちゃんがうちに泊まったんだから、きれいに撮りたいよ~」
「あんまりわがまま言うたら、あかんえ。藍ちゃんもお家の人が待ってるんやし……」
一体、二人して何を話し合っているんだろう?
その答えは玄関に着いた時にわかった。
「藍ちゃん、せっかくだし記念に撮影しようよ!」
俺が玄関で靴を履いていると、背後から優子ちゃんにそう言われた。
振り返ると、お姉ちゃんの手にはインスタントカメラがある。
うわっ……懐かしいカメラだな。じーこじーこって回しながら、シャッターを切るんだっけ?
「撮影ってどこで撮るの?」
「そうやな……家の前とかどうやろ? 優子ちゃん」
「うん、それがいいね! お姉ちゃん、私と藍ちゃんを一緒に撮って!」
「ええよ」
みんなで家の外に出ると、優子ちゃんが撮影する場所を迷っていた。
「う~ん、ここがいいかも」
優子ちゃんが選んだのは門扉の目の前。”桃川”という表札の隣りだ。
どうしていいか分からない俺はボーっとお姉ちゃんの手に持つ、インスタントカメラに目を合わせる。
「二人とも、こっち見てや~」
お姉ちゃんがそう言うと、優子ちゃんが俺の左腕にくっついてくる。
「いいよ~」とピースしていたので、俺もつられて同じポーズを取ることに。
しかし、気になったのがその後のお姉ちゃんの行動だ。
何度もシャッター音を鳴らしては、レバーを回している。
一体、何枚撮る気なんだ……。
「あ、あの優子ちゃん?」
「え? なに?」
「なんであんなに何枚も同じ写真を撮るの?」
「だって……現像しないと上手く撮れたか分からないじゃん。だから大切な人との写真は、多めに撮っておかないと後悔するもん」
そうか忘れていた。この時代じゃ全てがアナログだから、撮った写真をすぐに確認とかできないんだ。
俺は合計12枚も撮影されることになった……。



