お姉ちゃんの思い出話を聞いていると、あっという間に時間が経ってしまった。
 壁にかけてる時計の針は、13時を指している。
 するとお姉ちゃんが急に慌て始めた。

「あかん! もうこんな時間や! バイトの時間やったわ。うち急くし”ぶぶ漬け”を食べる時間も無いわっ!」

 そう言うと、ポールハンガーからコートとマフラーを手に持ち、急いで部屋から出て行くお姉ちゃん。
 しかし、何を思ったのか優子ちゃんがお姉ちゃんの手を掴んで離さない。

「優子ちゃん、どないしたん?」

 首を傾げるお姉ちゃんに、優子ちゃんは涙目で何かを訴えかけようとしている。

「お姉ちゃん! この前マンガの背景の描き方を教えてくれるって約束したじゃん!?」

 なんだ? 急に姉妹の中でケンカが始まったぞ。
 俺がここにいていいのかな? 気まずい……。

 泣いて怒る妹の姿を見たお姉ちゃんはその場で優しく微笑み、こう言った。

「優子ちゃん、こっちおいで」

 そう言うと、お姉ちゃんは優子ちゃんに向かって手招きする。
 頬を膨らませた優子ちゃんは未だに怒っているようだが……足は自然とお姉ちゃんの方向へ進んでいる。

 そして……優子ちゃんがお姉ちゃんの目の前にたどり着くと。

「かんにんえ、優子ちゃん。また今度なぁ」

 優子ちゃんのおでこに向かって、自身の中指を使ってひと突き。

「いった~い!」
「ふふふっ、じゃあいってくるえ」

 あれ? なんかこの姉妹のやり取り……どっかで見たことがあるような。
 そうだ! 週刊少年”チャンプ”で後に連載される大人気忍者マンガの名シーンに似ている。
 主人公のライバル役とその兄とのやり取り。
 しかし、この姉妹はそれを真似ているわけないもんな。
 生みの親である”岸本(きしもと)先生”は、美大で修業中だろうし……。
 
  ※

 冬休みに入ったら、優子ちゃんの自宅で一緒に遊ぶという約束をしたが、特に普段と変わりのない日常を送っていた。
 優子ちゃんの部屋には大きな本棚があり、たくさんのマンガや小説が並んでいた。
 並べ方はめちゃくちゃで、少女マンガの隣りに薄い同人誌があったり、京都大学の赤本が並んでいると思ったら”オスカー・ワイルド”の小説が乱雑に置かれていた。
 
 「なんでも好きなのを読んでいいよ」と優子ちゃんが言うので、俺はこの時代に流行っていた”不思議なお遊戯”を手に取る。
 懐かしいと畳に寝転んで、マンガを読みふける。もちろん、優子ちゃんも俺の隣りで嬉しそうに同じマンガを読んでいた。
 しばらく読んでいたら、とあるページで何が俺の顔に落ちて来た。

「ん? なにこれ?」

 小さな写真をラミネートした、しおりだろうか?
 写真のなかにはひとりの少女が映っている。小学校高学年ぐらいの女の子。
 どこかで見た顔だ……って、これは俺だ。つまり藍ちゃんの小さな頃の写真。

「あ、ごめん。私のしおりなんだけど、バレちゃったね」

 そう言って、舌を出して笑う優子ちゃん。
 どこかばつが悪そうだ。

「このしおりは優子ちゃんが作ったの? でも、なんで私の写真が貼ってあるの?」
「それはぁ~ ずっと藍ちゃんの顔を見たいからだよ」
「え……? なんで?」
「だってさぁ、最近の藍ちゃんて冷たいし。寂しいんだもん」
「最近の私が冷たく感じたのなら、謝るけどさ……この写真は小学生時代の私でしょ? なんでしおりにしてるの? あとこの私の写真の髪、人毛だよね?」

 しおりを斜めにしたら、よく分かる。
 幼い藍ちゃんの長い髪がさらさらと左右に揺れるから。

「気がついちゃった? そうなの! それ、藍ちゃんがうちの家に来た時、抜けた髪を集めて写真に貼り付けたんだよ」
「なんで、そんなことするの……?」
「そんなの理由はないよ。大好きな人が持っているものは全部集めたいもの!」
「ウソでしょ……?」

 ドン引きの俺を放っておいて、人毛の話に火がついた優子ちゃんは更に押入れから”藍ちゃんグッズ”を取り出す。

「見て! これも私が作ったの。藍ちゃん人形!」

 髪の長い女の子の人形を渡されたので、これまた人毛を髪に利用しているのかと思ったら、特に何も変わったところはない。
 だが、しばらくその人形を観察していると腕あたりから、細い毛が飛び出ていた。
 人形の中身が藍ちゃんの髪の毛で出来ているんだ!

「ギャーーーッ!」
「もう藍ちゃんたら、そんなに恥ずかしがることないよ。私が6年かけて集めた髪の毛なんだからさ」

 優子ちゃんの目的が分からない。