「じゃあ、そろそろ牛丼を食いに行くべ」

 そう言うと、リーゼント頭の青年はバイクのシートに跨り、エンジンをかける。
 するとあゆみちゃんは無言で後ろに跨って、小さな手で彼の腰を掴む。

 って……俺は空気扱いか?
 このまま、彼女を行かせていいのだろうか。
 あんなに優しくて可愛い女の子だったのに、この世界ではヤンキー。いや”レディース”になってしまった。

「あゆ。飛ばすから、ちゃんと俺につかまってるべ?」
「うん」

 そうは言ってるけど、二人ともヘルメットを着用してないぞ?
 事故を起こしたら、即死だろうな……。

 このままバイクが発進したら、もう二度と彼女と会う事は無いだろう……そう思った時だった。
 あゆみちゃんがバイクを運転する彼に「用事を思い出したから、待ってて」とシートから降りる。
 デリカシーの無い彼は「小便か? 早くして来いよな」と笑うが、あゆみちゃんは無視して俺を睨んでいた。
 
 ゆっくりこちらに向かって歩いて来る。
 もしかして、俺と遭遇したことで学校に対する未練ができたとか?
 それなら嬉しいな。

 目の前まで来るといきなり俺の胸ぐらを掴み、彼女はドスのきいた声でこう言った。

「あんたのことだけは……死んでも許さないから!」
「え?」

 俺がその場で固まっていると、彼女は気が済んだようでまたバイクの方へ戻っていく。
 そしてリーゼント頭の彼があゆみちゃんをバイクに乗せると、旧三号線の道路へと走って行った。

「死んでも許さないって……この世で俺が一番嫌いってことだよな」

 気がつけば、熱い涙が頬を伝っていた。

 この並行世界に転生して数ヶ月経つけど、なんか俺に関わる人たち大半が不幸になっているというか……。
 不登校児だった俺が学校に通って、前世で学校に行けてた人が不登校児になってないか?
 なんて皮肉な世界なんだ。

 きっとあゆみちゃんは、もう学校に来ることはないだろう……。
 コンビニの駐車場でひとり立ち尽くしていると、隠れていた優子ちゃんが俺のもとへ駆け寄る。

「大丈夫? 藍ちゃん、鞍手(くらて)さんに何かされたの?」
「え? 特に何もされてないよ……」
「じゃあ、なんで泣いているの?」
「こ、これは……あゆみちゃんのせいじゃないよ」

 そう答えると、優子ちゃんは首を傾げていた。
 
  ※

 あれから優子ちゃんは俺に気を使って、いろんな話をしてくれた。
 ほとんどが腐女子のお姉ちゃんの話だが……。
 でも、今はそんな話を聞いているだけでも気が安らぐ。

 二人して旧三号線の歩道を歩いていると、古いラーメン屋の看板が見えてきた。
 そこで優子ちゃんは足を止めて、黄色い看板を指差す。

「ここだよ」
「え? このラーメン屋?」
「そうじゃなくて、この坂道を登ったところが私ん家じゃん」
「あ、そうなの」

 ラーメン屋の前に細い坂道があり、そこを登った上に優子ちゃんの自宅があるそうだ。
 しかし、真島という場所は本当に坂道が多いな。
 この前鬼塚とイタリアンレストランへ向かう際も、傾斜のある坂道を歩かされたし。

 そんなことを考えていると、和式の豪邸が見えて来た。
 高い壁で頑丈に守られているから、中はよく見えないけど、家の下にある駐車場も3台は停められるんじゃないか?
 優子ちゃんてお嬢様だったのか。

 俺がその場で固まっていると、優子ちゃんが優しく肩を叩く。

「なに突っ立てるの? 早くお家に入ろうよ~ 何回も来た事あるでしょ」
「あ、そうだったね……」

 家の門扉をくぐると、大きな庭が見えて来た。色んな植物が育ててある。
 白い石で作られた道を奥に進むと、ようやく優子ちゃんの自宅が見えてきた。
 すごい、三階建ての家とか初めて見た……。

 驚く俺を無視して、優子ちゃんは俺の手を掴んで玄関に入る。

「もう初めてじゃないんだからぁ~ あ、この音は……お姉ちゃんが部屋にいるみたい!」

 何の音だ? 二階から、激しいロックミュージックが聞こえてくる。
 優子ちゃんに背中を押されながら、階段を無理やり登らされる。
 扉の前に”幸子(さちこ)と優子の部屋”と書かれたネームプレートがかかっていた。
 これが優子ちゃんの自室なのかな?

「じゃあ、藍ちゃん。私のお姉ちゃんを紹介するね!」
「え? あ、うん……」

 満面の笑みで優子ちゃんがドアノブを回す。その扉の先にいたのは……。

『”まかない”だぁ~!』

 懐かしい音源だと思ったら、伝説的なロックバンド”(ワイ) JAPAN(ジャパン)”の名曲だった。
 だが、俺の目の前にいるお姉さんは激しく首を上下に揺らして、白い原稿紙にインクを垂らしている。
 音楽にのっているだけかと思ったら、創作活動の真っ最中だったようだ。
 しかも、白目でペンを動かしている。

 あの同人誌は、こうやって作られていたのか……。
 常人ではできない所業だな。