いつも通り、学校へ向かう時に利用する交差点まで来た。
 優子ちゃんと一つのマフラーを使って歩いているから、正直歩きづらかった。
 でも隣りに立つ彼女は、鼻歌交じりで嬉しそうに信号が青に変わるのを待っている。

 たまには、これぐらい良いか。
 そう思った時だった。優子ちゃんがいきなり叫び声を上げたのは。

「あぁっ!? あれって……」

 顎が外れるぐらい口を大きく開いて固まっていたから、俺は心配して彼女に尋ねてみた。

「どうしたの? なにかあった?」
「藍ちゃん、あれを見て気がつかないの!? あのバイクの近くで座ってるの、鞍手(くらて)さんだよっ!」
「え……あゆみちゃん?」

 優子ちゃんが指差す方向へ視線を向けてみる。
 俺たちが立っている信号の隣りには、細い道路を挟んだあと全国チェーンのコンビニ店がある。
 その駐車場に一台の派手なバイクが停められていた。

 車体はキラキラと輝く紫色に塗り替えられていて、見ているだけで目が痛い。
 どう考えても暴走族のバイクだろう。”15代目 真島連合”と車体にペイントされているし。
 運転手は不在なようで、バイクの下にひとりの金髪少女がうんこ座りして、タバコをふかしていた。

 
「あれがあゆみちゃん!? ウソでしょ……? 確かに最近学校を休んでいたけどさ」

 信じられないと、俺は視線を優子ちゃんの顔に戻すが、彼女は隣りからいなくなってしまった。
 さっきまで一緒にマフラーを使っていたのに……と辺りを一生懸命探していたら。
 だいぶ前に俺が鬼塚の弟、翔平くんを守った時にトラックが近くの壁へ衝突したため、大きな穴が空いたのだが……。
 そのまだ塞がっていない壁の近くに、優子ちゃんは隠れていた。

「な、なにをやってるの? そこはまだ危ないよ?」
「藍ちゃんこそ、あの鞍手さんがグレたのに怖くないの? 私たちは絶対恨まれているから、見つかったら半殺しに会うよ!」
「そんなぁ~ そこまで私たちは恨まれて……」

 いや、恨まれているな。
 鬼塚を俺に奪われたと思い込んで、嫌がらせまでしたけど。
 その惚れてる鬼塚に犯人として特定されたし、彼女のプライドはズタズタのはずだ。
 俺がこの世界に転生しなければ、彼女は今頃ちゃんと学校に通えていた……。
 じゃあ、あゆみちゃんが学校に来られなくなったのは俺のせいじゃないか?
 
「優子ちゃん、ちょっとここで待っていて。私、あゆみちゃんに声をかけてくるから」
「や、やめておきなよ! 藍ちゃんはこの間まで鞍手さんに狙われてたんでしょ?」
「それならもう大丈夫だよ。少し挨拶してくるだけだから……」

 震える優子ちゃんを残して、俺はコンビニの駐車場まで足を進める。
 バイクの前に立ったところで、変わり果てたあゆみちゃんの姿を目にすることになった。
 以前はオールバックのポニーテールが彼女のトレードマークだったのに……。
 金色に染め上げた長い髪は括ることなく、左右に垂れ流していた。しかもパーマをかけている。
 着ている服もセーラー服から、おそらく男物の派手なスカジャンを羽織っている。大きな龍の刺繍が印象的だ。
 スカートもやめて、ダボダボのジーンズを履いている。足元はなぜか健康サンダルだ、真冬なのに。

 怖い……でも、勇気を振り絞って声をかけなきゃ。
 前世じゃ毎日彼女が俺にしてくれたことだ。鬼塚のイメージ回復のためだったが。
 
「あ、あの……あゆみちゃん。鞍手さんだよね?」

 俺の声を聞いて、ようやく彼女がこちらに視線を向けてくれた。

「……」

 ただし、視線を向けてくれただけ。
 大きな瞳が可愛かったのに、もう彼女の目には生気がない。
 心ここにあらずといった顔だ。

「最近、学校に来られてないから分からないかな? 私だよ、同じクラスの水巻 藍」
「……」

 黙って俺の話は聞いているようだが、返答が無い。
 口を開いて出てくるのは、タバコの白い煙だけ。
 これって、シカトされてる?

「あゆみちゃん……色々とあったけど、また学校に来ない? みんな心配しているよ?」
「……」

 返されるのは、臭くて目に染みる白い煙だけだ。
 一体、どうしたんだ? あゆみちゃん。