俺はあゆみちゃんの手を引っ張って、男の鬼塚が入れない場所へ逃げ込むことにした。
扉を閉めて、一応鍵も閉めておく。
今の鬼塚は興奮しているから、下手すると女子トイレでも入る可能性があるからな。
「もう、放してよ!」
そう言うと鞍手 あゆみは俺の手を引っ叩く。
いってぇ……女には容赦しないな。
静まり返る女子トイレに、二人の女子中学生。
ばつが悪いのか、あゆみちゃんはずっと視線を床に落としている。
俺もこの重たい空気が嫌だったので、どうにか彼女と会話しようと試みる。
「あの、あゆみちゃんじゃなかった……鞍手さん。なんで私なんかを狙ったの?」
特に悪気ない質問だったのに、彼女の逆鱗に触れたようだ。持ち前の大きな瞳で俺を睨みつける。
「私なんかですって!? 全部あんたのせいよ! あんたがおかしくなってから、鬼塚くんも変になったのよ……」
この表現、藍ちゃんという女の子がおかしくなったと言いたいんだよな。
つまり俺が憑依してから、鬼塚も変になったと彼女は主張しているのか。
気がつけば、その場で泣き出すあゆみちゃん。
「昔は……私の方が鬼塚くん。良平くんとも弟の翔平くんも仲が良かった……このままうまくいけば、私と良平くんは付き合えると信じていたのに」
泣きながら話すので、どうしても途切れ途切れになるが、今は違うようだ。
俺の胸に人差し指を突き出して、怒鳴り声を上げる。
「でも、根暗のあんたが急に積極的になってから、良平くんはおかしくなったのよ! だから……これ以上彼がおかしくなる前に、あんたを学校から遠ざけたかった!」
だから、こんな嫌がらせを続けていたのか?
それにしても、ネズミの死がいを上靴に入れるのはやりすぎじゃないか……。
※
だいぶ長いこと、彼女の愚痴を聞いたはずだが、まだ話し足りないようだ。
俺への恨みつらみが、その小さな唇から出るわ出るわ……。
「去年まではうまくいってたのに……最近になって、あんたが私から良平くんを奪ったせいよ!」
「奪ったって……別に私、鬼塚とは何もないよ? 付き合ってもないし」
「噓よっ! 付き合ってもない男女二人がラブホテルに入ると思うの!?」
「え、ラブホテル……?」
「この前、見たんだから! 良平くんとあんたが近所のホテルに入るところを!」
「なっ!?」
この前のイタリアンレストランの帰り道、鬼塚がバイクに釣られてホテルの入口まで入った話をしているんだ。
まさか見られていたとは……しかし、それは完全に誤解だ。
ホテルの入口に入ったのは事実だが俺と鬼塚は何もしてない。
でも今こんなに興奮しているあゆみちゃんに説明しても、納得してくれるだろうか?
「その反応……やっぱりじゃん! あ~ もう! 全部が台無しよ! これじゃ、小学生時代に無理して頑張ったことも意味がないわ……うう」
「へ? 小学生の時に何かあったの?」
「あんたも知っているでしょ! 当時、良平くんがクラスの男子に執着して、学校で問題になったじゃん。だから私が頑張ってその根暗男子の家へ毎日通って、復学させようとしたの」
ちょ、ちょっと待ってくれ……。
なんか色々と前世の過去とデジャブを感じるのだが?
もしそのいじめられた男の子が俺と似た境遇なら、あゆみちゃんは鬼塚のために俺ん家に通っていたのか……。
気になった俺は、この世界の彼女に当時の話を聞いてみる。
「じゃ、じゃあ……あゆみちゃんとしては、その男の子に対して特に同情とか好意とか、そういう気持ちは無かったの?」
「あるわけないじゃん! 好きな人がみんなにめちゃくちゃにされたら、助けたいって思うでしょ? だから当時の私は良平くんのいじめ問題を解決するために、根暗な男子の家に通うことにしたの。それぐらいしか出来ないけど、ちょっとでも良平くんへのイメージが回復できたらなって……」
彼女の本音を初めて聞いた俺は放心状態に陥っていた。
あんなにも憧れたあゆみちゃんが、ずっと支えてくれてた彼女が、俺に何の感情も抱いていなかっただと?
しかし、あゆみちゃんの積もりに積もった恨みはまだ胸の中に残っているようだ。
自分の感情を口から吐き出し続ける。
「その根暗な男子ったら、本当に臭かったわ!」
「え? 臭かった?」
「臭いなんてもんじゃないわよっ! いっつも同じパジャマ姿でお風呂にも入らないから獣臭いし! 気が狂いそうになったわよ! でも、良平くんのためだもん……我慢して毎日、雨の日も雪の日もずっと通ったわ。けど、その子途中で引っ越しやがったのよ!」
この話、本当に前世でも同じことが起きていたのかな?
だとすると、もう俺……死にたい。



