鬼塚とのディナーデートは、何とか無事に終わった。
 ただラブホテルの前で二人して騒いでいたから、誰かに見られていないか心配だ。
 
 翌朝、学校へ向かうと担任の”ねーちゃん”先生にいきなり呼び出しを食らってしまう。
 朝のホームルームが始まる前に、すぐ職員室へ来るように言われた。
 俺、なんか悪い事でもしたかな?
 とりあえず、急いで渡り廊下を抜けて職員室へ向かう。

 いつものように扉をノックしようとしたら、ねーちゃんが隣りの部屋から顔を出して。
「水巻、そっちじゃないよ! こっちにおいで!」
 と手招きされた。

「?」

 この部屋は一度も入ったことない……って、校長室じゃないか!?
 マジで俺、謹慎処分でも食らうのだろうか。
 と恐る恐る、部屋へ入るとそこには……。

「おお、君が水巻 藍さんだね。女の子なのに勇気ある行動、すばらしい女子中学生だ!」

 いきなり白髪の男性に両手で右手を掴まれると、力いっぱいブンブンと上下に振り回されてしまう。
 誰だ、このおっさん。
 校長先生ではないよな……だって、このおっさんの隣りにいる中年男性が校長先生だし。

 辺りを見回すと、狭い部屋にたくさんの大人たちが俺を囲んでいる。
 中にはカメラを手に持ち、勝手に撮影する奴らまで……。
 一体、何が起きているんだ?

 校長先生の後ろに立っていたねーちゃん先生が代わりに説明してくれた。

「いきなりでビックリしたよね。水巻さ、鬼塚の弟をトラックから助けたでしょ? だから福岡市長がわざわざ会いに来てくれたのよ」

 改めて、俺の手を握るおっさんの顔をよく眺めてみる。

「え……マジで福岡の市長なんですか?」
「そうだよ。きみがお友達の弟を助けてくれたんだって? そのお礼をしたくて、学校にお邪魔させてもらったんだ」

 と1995年当時の福岡市長が俺に頭を下げると、近くにいた記者たちが一斉にフラッシュをたく。
 眩しくて、前が見えない……。

 このあと、福岡市長とツーショットで地元の記者たちからインタビューを受けることになり。
 数日後の新聞やローカルテレビなどに放送されるそうだ。
 まあたくさんの大人たちから褒められることは、嫌な気分じゃない。
 それにしても……福岡市の市長ってこんな老けてたっけ?
 前世じゃ、こうもっとなんというか……。

  ※

 市長から直々に賞状まで貰い、俺は鼻を高くして教室に戻る。
 心配していた優子ちゃんが俺の顔を見て駆けつけてきた。

「大丈夫だった、藍ちゃん?」
「いやぁ~ 先生に怒られたわけじゃないよ~ むしろ褒められたというか……あ、優子ちゃん。数日後の新聞紙とかテレビをチェックしておいてよ」
「?」

 首を傾げる優子ちゃんを無視して、自分の席に腰を下ろす。
 前世じゃ、家に引きこもっていたこの俺が賞状をもらうとは……この世界も捨てたもんじゃないぜ!


 その日の授業はいつも以上に、頭に入らなかった。
 嬉しくて仕方なかったからだ。
 市長なんか最後に「水巻さん、きみを誇りに思うよ。大人になったら市庁舎で働かないか?」なんて引き抜きするんだもんなぁ。
 参っちゃうぜ。

 帰りのホームルームを終えて、優子ちゃんと一階の下駄箱へ向かう。
 ダサい白のスニーカーを土間(どま)に下ろして、かかとを入れた瞬間。何か異物が入っていることに気がつく。
 とても気持ちの悪い感触が足に伝わってくる。

「うひっ!?」
 
 あまりに冷たかったので、変な声が出てしまう。
 隣りにいた優子ちゃんも俺の異変に気がつく。

「藍ちゃん? どうしたの?」
「いや、なんか靴に入っているみたいで……」
 
 そう言ってスニーカーを脱いでみると。

「あ! これは……」

 黄色の液体、いや固まりか?
 なんかどっかで見たことのあるものだな。
 ていうか、臭い。

「藍ちゃん、それってさ。マーガリンじゃない?」
「え? マーガリン? なんでそんなものが靴の中に……」
「やっぱりそうだ。今日の給食のパンについてたマーガリンだよ」
「なんで靴の中に入ってたのかな?」
「誰かが……入れたんじゃない」

 食べ物を粗末にする奴は許せんな。