顔面真っ青でお会計をすませると、「そろそろ帰ろう」と呟く鬼塚。
レジカウンターに表示された数値は7千円を超えていた。
鬼塚のおばさんから貰ったお金は5千円らしいから、かなりオーバーしてしまったようだ。
それでも、彼は自らのお小遣いだけで支払ってしまう。
店から出ると、一応鬼塚に頭をさげておく。
「ご、ごめん。つい美味しかったからいっぱい食べちゃった……ごちそうさま」
「気にすんなよ。美味かったんだろ? ならいいさ、これで水巻にお礼が出来たって母ちゃんも喜ぶよ」
そう強がってはいるが、ずっと財布の中を確認しては暗い顔になっている。
前世じゃ引きこもってばかりだったから、何年も外食なんてしたことないし、金額とか分からなかった。
だからといって、俺がお返しを鬼塚にするとしたら……。
店の目の前に大きな交差点があり、新三号線の道路をたくさんの車がものすごいスピードを出して走っている。
辺りは真っ暗で、きっとみんな帰宅ラッシュなのだろう。
すれ違う運転手たちの顔はイラついて見える。
俺と鬼塚は二人して肩を並べ、横断歩道の信号機の色が変わるのを待つ。
「ここの信号、時間がかかるよな」
「そうだね」
とまっすぐ信号の先を目にした瞬間、俺はとある建物の看板に釘付けになる。
”ホテル 707”
「なっ!?」
思い出した! 優子ちゃんが言っていたことを……。
俺たちの地元、真島の若者たちに人気のデートコース。
イタリアンレストランT・REXでお腹いっぱいになったら、目の前にあるラブホテルへ直行すれば、ほとんどのカップルは結ばれるという……。
ま、まさか……鬼塚の奴、俺の初めてを今夜頂く気なのか!?
それだけは嫌だ。
食い過ぎたことは申し訳ないけど、一晩7千円で買われるとか安すぎだろ!
藍ちゃんはそんな安い女の子じゃない。
ここは帰り道を変えて、少し遠回りして帰ろう。
「あ、あの……鬼塚さ。もう一つ隣りの信号で渡らない?」
ラブホテルの反対側にある交差点を指差す。
そこにある建物は、これまた中学生が入る店じゃない。
ヤニ臭い大人たちが出入りするパチンコ屋だからだ。
でも、この通りを歩けば、ラブホテルからは逃げられる。
「え? なんでだよ? こっちの方が水巻ん家は近いぜ。それにもうすぐ青になるし」
「う……でも、私あっち側を歩いてみたいし。良いじゃん」
そう言って彼の左腕を掴んだ瞬間、鬼塚が何かに気がついたようで、大きな声で叫ぶ。
「ああっ! あれは……」
ラブホテルの看板を指差して固まる鬼塚。
一体、何に驚いてんだ?
休憩時間の価格に驚いたのか。
気がつくと、彼は交差点を渡ってしまった。
何かに憑りつかれたように、ラブホテルへと足を進める鬼塚。
「ちょっと! 鬼塚!」
俺が声をかけても、全然反応なし。
ひとりでどんどんホテルの入口まで進んでしまう。
仕方ないので、俺も彼の背中を追いかける。
ホテルの前にたどり着くと、ようやく足を止める鬼塚。
「やっぱり、このバイク。”ハーレー”じゃん! カッコいいよなぁ……」
なんだ。看板のバイクが気になってこの建物に近づいたのか。
確かバイク好きだったもんな。まあもうハーレーと分かったのだから、満足しただろう。
ラブホテルの前で若い男女二人が立っていたら、勘違いされちまうぞ。
早くここを離れよう。
「鬼塚、もうバイクって分かったんなら早く帰ろうよ」
「え? なんで?」
「なんでって……ここがどんな場所か分かるでしょ?」
「分かんない。バイク屋じゃないのか」
そうだった。以前もお姉ちゃんに渡されたコンドームを見ても、それが何か分からないほど無知な男子だった。
ここは何と言えば、彼も理解してくれるのだろう。
「なあ、水巻はこの建物を知っているのか?」
「う、噂だけなら……」
「じゃあさ、二人で一緒に入ってみようぜ! 俺、生でハーレーを見たことないんだよ。看板にあるぐらいだから、中に実物があるんだろ?」
「いいっ!?」
俺と鬼塚はラブホテルの入口で「入る」「入らない」でしばらく揉めていたが。
別のカップルが近づいて来たので、ようやく脱出できた。



