イタリアンレストラン、”T・REX”。
鬼塚から話を聞いたがオープンして30年ほどの老舗で、地元民から長いこと愛されているそうだ。
とりあえず、メニュー表を広げてみる。
「う~ん、生パスタが売りなのかぁ……どれにしよう?」
俺が迷っていると、目の前に座る鬼塚が「今日はおごりだから値段は気にするなよ」と笑う。
「え? なんで?」
「だって、今日はうちの母ちゃんが『水巻にお礼したい』って言ったろ?」
「あ、ひょっとしておばさんが支払ってくれるの?」
「うん! だから水巻はなんでも頼んでいいからな」
その言葉を聞いて、俺のテンションは爆上がり。
すぐさま近くにいた女性店員を呼びつける。
「あ、ご注文はお決まりですか?」
と問われる前に俺はメニュー表を開いて、とある部分を指差す。
「この、たらこパスタとペペロンチーノをビッグサイズでください! あとサラダとケーキとスープもください!」
一気に注文したから、店員が慌ててオーダーをメモする。
「あのお客様……サラダとスープ、それにケーキもつけるなら、セットの方がお得ですよ?」
「え? でもケーキをこのチーズケーキとショートケーキ。それからフールツタルトも頼みたいんですよ。それでもセットになりますか?」
「いえ、それだとできませんね……」
俺の胃袋に困惑する店員を無視して、更に注文を追加する。
「それから、ピザも食べたいんですよ。マルゲリータとシーフードをください。えっと……私は以上です。鬼塚はどうするの?」
と鬼塚の方を見ると、彼は真っ青な顔をしてこちらを見つめている。
「……た、足りるかな?」
「へ? なにが?」
「いや、水巻は気にしなくていいよ。すみません、俺はスープとサラダだけでお願いします」
「か、かしこまりました……」
なぜか、苦笑いでその場を立ち去る女性店員。
「鬼塚。本当にスープとサラダだけで良かったの?」
「ああ……俺、今減量しててさ。今日はあれだけでいっぱいだよ」
「ふ~ん、やっぱりバスケのため?」
「そうそう……だから、水巻は気にせず食べてよ」
なんだろ? 彼の態度が一変してしまった気がする。
※
「お待たせいたしました。こちら、たらこパスタとペペロンチーノのビッグサイズ。あとマルゲリータとシーフードですねぇ~」
目の前に並べられた豪華な食事を見て、思わずよだれがこぼれそうになる。
「うわぁ~! どれもおいしそう! 本当にこれ全部私が食べていいの?」
「ああ……俺はお腹いっぱいだからさ」
彼の前に置かれたのは、小さなサラダとスープのみ。
よくわからないけど、鬼塚のおばさんが払ってくれるんだし、ここは甘えさせてもらっていいんだよな。
「いただきまぁ~す!」
鬼塚や優子ちゃんの言う通り、この店のパスタとピザ。どれも外れのない美味い物ばかりだった。
特に生パスタが素晴らしく、ビッグサイズを二つも食べたのに、俺はおかわりを頼んでしまい、鬼塚がドン引きしていた。
食後にケーキを出されて、これにも感動を隠せない。
「優しい甘さがたまらん! またおかわりしたくなってきたぁ~!」
「え……?」
「すいませぇ~ん! チーズケーキをもう一つください!」
それからしばらく鬼塚は黙り込んでしまい、俺ひとりで食リポしていた。
「くぅ~ どれも美味しい! この店、また来たいかも~」
俺の胃袋がようやく満たされたことで、鬼塚とカウンターに向かう。
会計前に女性店員からコートを渡されので、俺がコートを羽織ろうとしていたら、鬼塚が財布を開いて顔面真っ青で固まっていた。
「あ、やっぱり足りない……小遣いを足せば、いけるかな」
気になった俺は鬼塚へ声をかける。
「どうしたの? お金が足りないなら、私も出そうか? たぶん二千円ぐらいなら財布に入っていたよ」
「い、いや……今日は水巻へのお礼だからいらないよ。大丈夫、きっと足りるから……」
なんか悪い事しちゃったかな?



