今日の授業が全て終わり、帰りのホームルーム前に生徒みんなで校舎を掃除する。
俺は教室の外にある廊下を担当することになった。
「ふぁ~あ」
ひとりでほうきを持ちながら、大きなあくびをしていると、誰かが俺の後ろに近づいてきた。
「あ、あの……水巻、掃除中に悪い。ちょっといいか?」
振り返ると、坊主頭の少年が学ラン姿で立っていた。
小麦色に焼けた頬が赤くなっている。
「へ? なに、鬼塚」
「この前さ、俺の母ちゃんが水巻ん家に行ったろ?」
「うん、来たよ」
「あれ以来、母ちゃんが水巻にお礼をしたいってしつこいんだ」
「はぁ……」
お礼ってなんだろ?
美味いもんがいいな……。
「でも母ちゃんが忙しくて、なかなか出来ないらしい……だからさ、今度の土曜日。学校が終わったら、俺と一緒に近所のレストランへ行ってくれないか?」
「はぁっ!?」
なんで、お礼が鬼塚とのディナーになるんだよ!
全然楽しくないじゃん!
「いや、俺もおかしいって母ちゃんに言ったけど……水巻は翔平の件もあるし、俺を天ヶ瀬から助けてくれたって感謝しているらしいんだ」
「つまり、おばさんが鬼塚と一緒にレストランへ行って欲しいって言ってるの?」
「うん……もちろん、母ちゃんが今回のレストラン代は払ってくれるぜ。水巻ん家から歩いていける場所で、名前はイタリアンレストランの”T・REX”て言うんだ。聞いたことないか? 結構有名な店だぜ」
「知らない」
「そうか、なら俺が美味しいパスタを教えてあげるよ」
「あ、うん……」
なんで、勝手にディナーデートを進められているのだろう。
でも、鬼塚のおばさんからしたら、俺に何かをしないと気がすまないんだよな。
それなら、一回ぐらい晩ごはんを食べてもいいか。
~1時間後~
学校からの帰り道、つい優子ちゃんの前で愚痴をこぼしてしまう。
「聞いてよぉ~ 今度の土曜日、鬼塚とイタリアンレストランに行くことになってさ~ なんであいつと晩ごはんを食べなきゃいけないのかな?」
この話は、帰ってお姉ちゃんにでも愚痴るべきだった……。
独占欲の強い優子ちゃんに話せば、止められるに決まっている。
「は? なんで、土曜日の夜に鬼塚くんが藍ちゃんと二人きりでディナーなんかに行くの? 付き合っているの?」
いきなり声が冷たくなってしまった。
怖すぎる。
「あ、あのね……私が鬼塚のいじめ問題とか、弟の翔平くんをトラックから助けたから、おばさんがお礼をしたいんだって……」
「それならさ、鬼塚くんのおばさんが藍ちゃんと二人で行けばいいよね?」
「私にはよくわからないな……たぶんあれじゃない? おばさんはシングルマザーだから、忙しいんだよ」
「ふ~ん、ところでレストランの名前はなんていうの?」
「えっと……確かT・REXていう店だったかな」
俺がその名前を発した瞬間、優子ちゃんの目つきが鋭くなる。
眉間に皺を寄せて、俺の右手を強く掴むと叫び声をあげる。
「ダメっ! あそこだけは行っちゃダメだよ! 藍ちゃん!」
「へ? なんで? ただのパスタ屋さんでしょ」
「藍ちゃんは知らないだけだよ。あのパスタ屋さんはおしゃれで美味しいし、食後のデザートもすんごく甘いから最高なの!」
「そんなこと聞いたら、余計に行きたくなったよ……」
「だからダメだって言っているの! 私たちが住んでいる真島の最高デートスポットなのよ!」
「は?」
ちょっと言っている意味がわからない。
その後、優子ちゃんから詳しい説明を聞いてみたが、おしゃれで美味しいパスタ屋さんで盛り上がったカップルは、暗くなった夜空をバックに別れを惜しむ。
だが、まだ帰りたくない……と思った時、目の前にそびえ立つのが巨大なラブホテル。
「ここに入れば、気になるあの子も落とせる」と言われるほど、カップルたちの評価が高いらしい。
つまり地元の男たちからすると、女の子にパスタを食べさせて満足させたところ「寄ってかない?」と自然に誘える有名なデートプランらしい。
その話を聞いて、さすがの俺も苦笑する。
「優子ちゃん、鬼塚のおばさんがパスタ屋さんを進めてきたんだよ? そんなことを息子にさせるわけないよ?」
「わかんないじゃん! 小学校時代にいじめを見抜けなかった悪魔の母親だよ。藍ちゃんをホテルに誘ってAV撮影する気かも……」
想像力が豊かだな、優子ちゃんは。



