担任の若いねーちゃん先生を振り切り、教室から出て行く。
 もちろん、友達の優子ちゃんや隣りに座っていた鬼塚も俺を止めようとしたが……。
 俺はみんなを振り払って、翔平くんを助けることを選んだ。
 というか、人間なら絶対助けるだろ。この10分後に幼い少年が大きなトラックに轢かれるとか。
 近所でそんな事故が起きたら、俺はもうトラウマから学校へ行けなくなるかもしれない。
 しかし、この虚弱体質の藍ちゃんで、中学校からあの交差点まで今から間に合うのだろうか?

  ※

「はぁはぁ……」

 学校の校門を出て、長い坂道を駆け下りていく。
 重たいカバンは持ってないけど、この大きな二つの胸が重たいし、揺れると痛い。
 正直、胸なんて小さい方が良いだろう。邪魔なだけだ……。

 学校を出て、どれぐらい経ったのだろう?
 まだ旧三号線の道路が見えてこない。
 腕時計は学校の校則で禁止されているから、時間も分からないし……。
 その時だった。藍という女の子の発作が起きたのは。

「ゲホッ! ガハッ……」

 ヤバい。しばらく起きてなかったから、忘れていた。
 この子の身体はぜんそく持ちだった。
 しまった。発作用の吸入薬はカバンの中、つまり学校に置いてきてしまった。

 これじゃ、うまいこと走れない。
 でも……絶対に翔平くんを助けないと。
 前世のように、彼を見殺して「ざまぁみろ」なんてもう言えない。
 あの子は俺にとって、大切な友達なんだ。
 
「ぜ、絶対に助ける……ゲホッガハッ……」

 更に発作が酷くなったため、走ることは諦めて歩くことにした。
 それでも早歩きだけど。

 ~20分後~

 ようやく事故現場である、交差点にたどり着いた。
 正確な時刻はわからないが、たぶんもう夕方の4時は超えたころだろう。
 しかし、ボタン式の信号には誰も立っていない。それに暴走するトラックの姿も見えない。
 ということはこの世界じゃ、あの事故は起きないのだろうか?

 その場で息を整えていると、どこからか甲高い声が聞こえてきた。

「藍お姉ちゃん! こんなところで何しているの?」
 
 黒いランドセルを背負ったおかっぱ頭の少年が手を振っている。
 翔平くんだ!
 じゃあまさか……次に現れるのは?
 
 恐る恐る左右の道路を確認すると、それは翔平くんの後ろを追いかけるように走っていた。
 ただのトラックじゃない。大型のけん引トラックだ……あんなものが翔平くんにぶつかれば、彼の肉体はバラバラになってしまうだろう。
 俺が次に確認したのは、トラックのフロントガラスだ。
 夢の中で見たように、運転手はハンドルの上に顔をのせて爆睡していた。

 このままでは、数秒後には彼が即死してしまう。
 もう迷っている暇はない。
 前世じゃ、一回トラックに突っ込んだことがある俺だ。
 翔平くんのためなら、命を賭けてやっても良いだろう……。

 まだトラックに気がついていない彼へ向かって、俺は走り出す。
 病弱なこの肉体だから、また発作が出てしまうが……それでも翔平くんは大事な友達だ。
 俺が助けなきゃ、誰が助ける。

「翔平くん! こっちに来てぇ!」
「え?」

 驚く彼を無視して、俺は翔平くんを抱きかかえようとしたが重たくて持ち上げられない。
 もう間に合わないと思った俺は、小さな翔平くんの顔を自身の大きな胸の中へ埋めることにした。
 そして自身の背中を道路側に向けて、瞼を閉じる。
 これじゃ、どちらも助からないだろう……でも二人で逝けるなら。

 
 しかし数秒後に、ものすごい衝突音が周囲に響き渡ったが……何も痛みを感じない。
 恐る恐る瞼を開くと、先ほどのトラックが近くの工場の壁に突っ込んでいる。
 煙こそ出ているものの、火などは出ていない。

「た、助かったのか? 俺たち……」

 驚きのあまり、喋り方が男時代に戻ってしまった。