天ヶ瀬(あまがせ)先輩が謹慎期間を終え、学校に戻ってきたら鬼塚へのいじめがまた始まってしまった。
 この世界の学校生活も、俺としては割と楽しんでいる方だと思っていたけど……。
 中身はアラフォーのおっさんだけど、あの先輩相手に俺が勝てると思えない。
 それに取り巻きの連中も合わせれば合計で5人の少年を相手にする。

 
 帰り際、下駄箱で上履きからスニーカーへ履き替えていると。
 顔を赤くした鬼塚がひとりで中庭を歩く姿が見えた。
 今日はほとんど話せていなかったから……と声をかけようとしたがやめた。

 なぜなら、彼の背中にはマジックで大きな文字が書かれていたから。

『ぼくはすけべです。おっぱいをもませてください』

 白い体操服にでかでかと書かれていた。
 この文字の書き方。なんというか、小学生みたいな文字に見える。
 あ、ひょっとして漢字が苦手な天ケ瀬 ウィリアム先輩が書いたのかな。

 それにしても、鬼塚もここまでされて黙ってこらえるとは……。
 よっぽどバスケがしたいんだろうな。

  ※

 帰宅してからもずっと鬼塚のことを考えていた。
 あんな中学生生活、あんまりだ。
 例え過去に俺をいじめていたとしても、この世界では酷い仕打ちを受けている。
 
 なにより許せないのが、それを周りの生徒たちが黙認しているところだ。
 そんなのは、いじめに加担しているのと同等。
 自分がよければ、他の人間はどうでもいい? むしずが走る。
 かと言って、先生に相談すれば、大人たちが介入してくれそうだが……。
 鬼塚との約束もある。それは彼も本意ではないだろう。

 散々迷ったがここは人生の先駆者でもある、隣りの部屋に住むお姉ちゃんへ相談することにした。
 自室の扉を開けて、隣りの部屋をノックする。
 すると中から「どうぞ~」と声が返ってきた。

 ドアノブを回してみると、初めて女体化した兄さんの部屋を目にする。
 前世ではハードロックを愛する硬派な兄貴が激変。
 あま~い香りが漂う、ギャル部屋と化していた。
 ベッドにはピンク色の布団が置かれているし、掛け布団はヒョウ柄だ。
 見ているだけで、目が痛くなりそう。

 部屋の中心にはハートの形をしたテーブルが置かれており、お姉ちゃんはそこで化粧をしていた。

「どしたん? 藍?」
「あ、あのお姉ちゃん……。ちょっと相談があって、いいかな」
「え? 妊娠しちゃった?」
「……」

 やっぱり、相談相手を間違えたかな。
 
「ち、違うってば! お姉ちゃん、真面目な相談なのっ!」
「え? 妊娠も真面目な話でしょ?」
「そういう話じゃなくて……」

 誤解しているお姉ちゃんに、俺は今中学校で起きているいじめの話をすることにした。
 最初は化粧をしながら「ふ~ん」と聞いていたが、鬼塚が受けている卑劣な嫌がらせを知ると、眉間に皺を寄せていた。

「なるほどね。あの子、学校じゃそんないじめを我慢しているってわけ?」
「うん。でも、いじめてくる先輩がバスケ部の関係者だから、あまり大事にしたくないって……」

 俺がそう言うと、お姉ちゃんは何を思ったのか、鼻で笑う。

「フンッ! その子、考えが甘いね」
「え? どういうこと?」
「あのね。いじめなんてものは、周りや大人たちがあれこれ言おうと解決できないもんよ」
「じゃあ……お姉ちゃんなら、解決方法を知っているの?」
「当たり前じゃん。事はとてもシンプルよ。当人同士が殴り合って、その子が勝ったらいじめは無くなるはず」

 考えが不良そのもので、俺は言葉を失ってしまう。
 
「……は?」
「だから簡単だって。その鬼塚って子が頭である先輩を待ち伏せでもして、ボコボコにしてやりゃいいの」
「それって暴力じゃん……。他に方法は無いの?」
「あるわけないでしょ? だって、いじめは犯罪と同じじゃん。下手すりゃ被害を受けた子は自ら命を絶つ危険性だってあるのよ」
「でも……暴力以外の方法があっても良いと思わない?」
「思わない」

 俺の考えは甘すぎるとお姉ちゃんは、その後もいじめに対する考えを話す。

「あのね、あんたも私もそうだけど。特に中学生っていう最後の義務教育の三年間はさ。とても大事な時間なの」
「はぁ……」
「真面目に聞きな! 中学、高校と6年もの間、勉学に受験。部活だって頑張らないと友達が出来ない。それに学校外でも塾が待ってる」
「うん」

 完全に説教モードに入ってしまった。

「つまり、この時期に自分の生活を守れないと、いずれは社会から逃げるか追い出されてしまい、取り返しのつかない人生を送ることになるの! あんたも鬼塚って子も今を大事にしなさい! いじめなんて自分の拳で相手をねじ伏せるのが一番!」
「……」

 お姉ちゃんに悪気は無いと思うんだけど、その”なれの果て”が前世の俺なんだよな。