俺が藍ちゃんという美少女に転生して、数週間が経とうとしていた。
 11月になり、肌寒くなってきた頃。
 お母さんが自室に入って来て、とあるものを差し出す。

「藍、あんた。そろそろセーラー服の中にセーターを着ないとね」
「え? セーター? コートじゃダメなの?」
「何を言っているの……そんなの着たら、先生に叱られてまた反省文よ」

 コートすらダメなのか……。
 ブラックすぎるだろ、この時代の中学校。
 お母さんが言うにはタイツも履いたら、校則違反になるらしい。
 スカートだから、足もとが冷えるな。

  ※

 寒さで震えながら、優子ちゃんと一緒に坂道を歩く。

「この時代、寒すぎない? 地球温暖化がまだまだ足りてないのかな?」
「え? なに言っているの……藍ちゃん。地球温暖化はとても問題視されているのに、この世界を破滅させたいの?」

 前世の感覚のままで話すと、優子ちゃんが険しい顔で俺を睨む。

「あ、ごめんごめん。きっとこの坂道が寒いのかなって……」
「もう、他人事みたいに言わないでよ。藍ちゃん」
「はい……ごめんなさい」

 優子ちゃんにも聞いてみたが、やはり校則でコートを羽織ることは禁止されているらしい。
 あくまでも、セーラー服や学ランからはみ出ないように、セーターやベストを着ることが義務付けられているようで。
 タイツやストッキングなどは、制服の中に隠すことが出来ないので、校則違反らしい。
 対して男子は、学ランとズボンだからなぁ……男尊女卑かな。


 長い坂道を登り切ると、中学校が見えて来た。
 校門の前で先輩たちが大きな声で朝の挨拶を始める。

「「「おはようございます!!!」」」

 これ、本当にテンション下がるから、やめてもらえないかな?
 優子ちゃんから聞いた話じゃ、生徒会の先輩達らしいけど。
 朝から大きな声で頭が痛くなり、逃げるように中庭へ走る。

 すると、中庭から甲高い少年の悲鳴が聞こえて来た。
 驚いた俺と優子ちゃんは、顔を見つめ合う。

「なんだろ?」
「この声、ひょっとして……鬼塚くんじゃ?」
「えっ!? あいつがっ!?」

 そうか、忘れていた。
 鬼塚という少年はこの時代じゃ、いじめの加害者ではなく、被害者だった。
 しばらく彼がいじめられている姿を見ていなかったから、忘れていた。

「やめろって言っているだろ! 天ヶ瀬(あまがせ)!」
「はぁ? お前が悪いんだろ? ”センコー”に俺のことチクったもんな」
「俺じゃない! お前の被害妄想だろ!?」
「お前、しばらく黙っとけ……その汚い肌の色を落としてやるから」

 中庭に入って、すぐ右側が俺たち1年生の使う棟なのだが。
 今は誰も玄関に入ろうとしない。
 下駄箱近くには手洗い場があり、ひとりの生徒が蛇口にホースをつけて、少し離れた”的”へ向かって冷たい水を放水しているから。
 その的とは、上半身を裸にされた褐色肌の少年。鬼塚 良平だ。
 動けないように、同級生の男子生徒たちが左右の腕を掴んでいる。

 こんな寒い朝に、あんな冷水を直に食らったら、風邪を引くだろう。
 というか、誰も彼を助けようとしないのか?
 ただ黙って見つめているだけ。先生を呼ぼうともせず……。

 頭に来た俺は思わず、右手に拳を作る。
 そして、例の天ヶ瀬先輩が使っている手洗い場の蛇口を止めようとしたが……隣りにいた優子ちゃんが俺の手を掴み、首を横に振る。

「ダメだよ……この前みたいにうまくいくとは限らないって」
「だからって! みんな、このまま何もしないの!?」
「仕方ないよ。前も話したけど、鬼塚くんは小学校の時、かなり酷いいじめをしていたでしょ? 自業自得なんじゃない」
「……」

 だからって、ずっとあいつをいじめ続けたら、どうなるんだ。
 みんな、鬼塚が死んでもいいのか?
 何かいい方法は……。