あの”もりもりにんに君”から、直筆のサインを貰えたぞ!
 しかも、このサインは素人時代の中川 譲二だ。
 ということは、25年間きれいに保管しておけば、かなりのプレミア価格がつくかも……。
 考えただけで笑いが止まらない。

 
 今日は数学の先生に居残り指導されたから、帰り道がいつもより暗く感じる。
 普段なら、お友達の優子ちゃんが隣りにいてくれるから怖くないのに……。
 これほど静かな坂道を女の子が、ひとりで歩くのは危険かもしれない。
 藍ちゃんという少女は顔も可愛いし、胸だってロケット並みだし。
 なんてひとりで考えていたら、曲がり角で誰かとぶつかりそうになってしまった。

「うわっ! ば、ば●だんいわだっ!?」
「は? なに言ってんの、藍」

 モンスターかと思ったら、お姉ちゃんだった。
 
 話を聞けば、俺のことを探していたらしい。
 帰りが遅いからと、お母さんから頼まれたそうな。
 優子ちゃんの代わりに、お姉ちゃんと一緒に帰ることになった。
 
 俺は歩きながら、遅くなった理由をお姉ちゃんに説明する。

「ふ~ん。珍しいね、ガリ勉のあんたが居残りとか」
「ま、まあ……最近は色々と忙しくてさ」
「色々とって、あの小さな男の子のことでしょ?」
「は、はぁっ!? 違うって! なんで、私が鬼塚なんかと……」
「分かりやすいねぇ~ 藍は」

 そう言いながら、お姉ちゃんはポケベルを眺めて歩く。
 全然、俺の話を真面目に聞こうとしていない。
 腹が立ったので、カバンから一冊のノートを取り出す。
 先ほど、にんに君からサインを書いてもらったものだ。

「お姉ちゃん! これを見てよっ! 私、さっき芸能人にサインを貰ったんだから。男の人だけど、鬼塚じゃないよ」
「はぁ? 芸能人?」

 ようやくポケベルから目を離してくれた。
 しかし、その目つきはかなり疑っているようだ。

「鬼塚じゃなくて、この人に時間を割いてたから、遅くなったのもあるんだよっ!」
「なにこれ? 中川 譲二? 全然知らないんだけど……」

 はっ!?
 そうか、芸名じゃなくて本名だから、お姉ちゃんに伝わらないんだ。
 だからといって、ここで「後のもりもりにんに君だよ」と俺が教えたら、この世界の未来がおかしくなる危険性がある。
 でも、お姉ちゃんには教えたい。自慢したいんだ。
 もどかしさから、その場で頭を抱えていると、お姉ちゃんが口を開く。

「あ、この人知ってる」
「ウソっ!? お姉ちゃんも知ってるの?」
「うん、間違いない。中川くんでしょ? 中学の時、同じクラスだったから知ってるよ」
「……」
 
 俺はその場でずっこけてしまいそうになった。
 ただの同級生か……まあ二人とも高校2年生だから、可能性はあるよな。

「ていうかさ、あんたさ。なんで中川くんのサインを貰ったりしたの? 確かにバスケは上手いって聞いたけど」
「そ、それはいつか……いつか必ず、有名になると思ったからだよ」
「ふ~ん。じゃあ、いつ有名になんのよ?」
「わからないけど……あと数年後ぐらいには」
「藍、あんたさ。あんまりお姉ちゃんもこんなことを言いたくないけど、ちょっと病院で頭の中を検査してみたら?」
 
 俺のは予知能力じゃなくて、マジなのに……。
 精神鑑定を促されるとは、辛すぎる。