放課後、優子ちゃんとは別れて、ひとりで渡り廊下を歩く。
数学のハゲ先生に呼ばれたから職員室まで向かうのだ。
早く帰りてぇ……。
「あ、失礼しまぁ~す」
職員室の扉を開いた瞬間、近くの机に座っていた角刈りの男性教師から怒鳴られた。
「こらっ! お前、どこのクラスだ!? ちゃんと入る前に扉をノックして、クラス名と自分の名前を大きな声で叫べ! 目的もだ、最初からやり直しっ!」
「……」
こんのクソ教師が……お前なんか学校外で会ったら、痴漢冤罪にしてくれるわ。
しかし、ここは先生の言う通り、扉を閉めてもう一度やり直してみることにした。
「あ、あの……私、1年7組の水巻 藍と言います。数学の先生に呼ばれて来ました」
「声が小さい! もっと、心を込めて大きな声で言いなさい!」
うるせぇ、お前が一番職員室の中で迷惑な奴だ。
他の教師も苦笑いしながら、仕事をしているし……。
俺はこのあと、3回も挨拶のやり直しをさせられた。
※
「水巻、お前さ。なにか悩み事でもあるのか? このノートを見たけど間違いだらけだぞ」
「それはその……」
数学のハゲ先生に呼びつけられたのは、俺が適当な回答をノートに書いたため、心配したかららしい。
かれこれ一時間以上、問題一つ一つを一緒に解き直すことになった。
アホの子として扱われていて辛い。
「あのな、先生さ。水巻にはな、期待しているんだぞ? 学年トップの成績だし、真面目なお前にさ」
「はぁ……」
その藍ちゃんという女の子は、今や行方不明だ。
なぜなら、俺と言うおっさんが憑依したから。
「これからの時代はさ。女子も高校に入学して、お前の親御さんさえ良ければ、大学だって目指して良いと思うんだ」
と優しく俺の肩に触れる、ハゲ先生。
ていうか、この先生は俺のことを思って話しているのだろうけど……普通に女性差別ですよ。
まあ、ネットも無い1990年代じゃ、そんなもんか。
「じゃあ、水巻。以前のお前を取り戻すために、一年のプリントを全部やってみるか?」
「え!?」
「大丈夫だって、お前ならこんなの10分かからないよ!」
「……」
先生の予想を反して、俺がプリントを解き終えたのは、2時間後だった。
普段、使わない頭をフル回転させたため、耳から煙が出て来そう。
ちょっとしためまいを感じながら、職員室を出る。
扉を閉めた途端、疲れから扉にもたれかかる。
「あぁ~ マジで地獄じゃねーか。美少女でも普通にハードな人生だっての……」
と男時代に戻って、ぼやいていたら、目の前に背の高い青年が立っていた。
「ちょっと、そこのお嬢さん。いいかいっ?」
「え、私?」
「そうそう、背の高い君だよ! バスケットボールが似合いそうな君のことさ!」
その青年は職員室の目の前にある、正面玄関に立っていた。
どうやら、この真島中学校の生徒ではないようだ。
3年生にしても、背が高すぎる。180センチ近くはあるだろう。
それに着ている制服が我が校のものではない。
中学校ではなく、高等学校の制服だろう。
紺色のブレザーに、グレーのスラックスを履いている。
この制服、どこかで見たような……。
あ、近所にある私立”両刀高等学校”だ。
たくさんの有名なスポーツ選手がそこで育ったという名門校。
なかには、あのオリンピック選手”KAWARAちゃん”もいるほどだ。
しかし、そんな高校の生徒が何しに来たんだろう。
「あの……私に何か用ですか? 先生なら、職員室にいますけど?」
「おい、ちょっと待ってくれないか。お嬢さん! ひょっとして、僕のことを不審者と勘違いしてないかい?」
「いやいや、そう意味ではなくて」
「僕はこう見えて、この真島中学校の卒業生なんだよっ!」
と白い歯を見せて笑う青年。
声もデカいし、なんか暑苦しい先輩だなぁ……。
高校生とは言え、ガタイが良いというか。ボディビルダーのような肉体の持ち主。
髪は剣山のように、鋭く立ち上げられている。
「いやぁ~ 久々に中学校へ来たら、体育館の場所が分かんなくてねぇ。きみから見て、右と左どっちなんだいっ!?」
「え……私から見て、右側ですけど」
そう言って、指を差してみると、OBだと名乗る男は一直線に廊下を走り去って行く。
「ヤーーーッ!」
彼が急に奇声を放ったので、俺は思わず両耳を手で塞いでしまう。
一体、なんだったんだ?
どう考えても不審者だろう……いや、待てよ。彼は違う!
幼かったから分からなかったけど、あの姿は間違いない。
前世で芸人として大活躍している……”もりもりにんに君”じゃないか!?
大阪から出て来た芸人だから、関西出身だと思ってた。
まさか同じ中学校出身だとはな……サインもらっておけば良かったな。



