鬼塚から天ケ瀬先輩の話を聞いて、確かにかわいそうな人だとは思う。
 だがらと言って、このまま放置していいことなのか?
 ハーフでアメリカ出身だから、何かと苦労すると思うけど、それでも人を傷つけて良い理由にはならない。

 
 教室に戻ると、俺たち1年7組の担任である若い女性教師と目が合う。
 どうやら俺が教室に戻るのが遅かったようだ。
 俺以外は、みんな机の上に教科書とノートを用意している。
 ちなみに今から始める授業は、国語。

「水巻? チャイムが聞こえなかったの?」

 若いけど、それなりに貫禄があるんだよな。
 この”ねーちゃん”先生。

「あ、あの……すみません。トイレに時間がかかって」
「分かったから、早く席に着いて」
「はい……」

 ここで「鬼塚くんがいじめられているからです」と言えたら、楽になるのだが。

  ※

 国語の授業は数学ほど難しくなかったが、眠たくて仕方ない。
 
「ではこの作品を書いていた頃の、作者の気持ちをノートに書いてみて」

 そんなもん、誰が知ってんだ……。
 作者が生きている時にインタビューした奴ぐらいだろ?
 大体、人間。誰だって嘘をついたり、格好良く見られたい生き物だ。
 作者だからといって、必ずしも本心を語るとは思えないがな。

 と心の中でツッコミを入れていると、担任教師が俺の名前を呼ぶ。

「水巻? あんた、指が動いてないけど。ちゃんと書いているの?」

 ギクッ! バレてしまったか?

「あ、あの……今から書くところです。ハハハ」
「しっかりしてよねぇ、最近の水巻はおかしいよ? 学年でもトップの成績だったのに、他の先生たちも最近のあんたの回答には困ってるらしいから」
「え? そうなんですか?」
「そうよ、みんな水巻に期待しているのよ? ……って、そのカバンについているの、なに?」

 先生が指差すのは、机の隣りにかけているカバンだ。
 恐らく、昨日鬼塚からもらったゴマフアザラシのキーホルダーのことだろう。
 
「へ? これですか? 水族館のお土産ですけど」

 とカバンからキーホルダーを取って、先生に見せてみると。
 何を思ったのか、先生の細い肩が震え始める。
 
 俺と先生のやり取りを見ていた鬼塚が隣りからため息を漏らす。

「学校に持ってきたのかよ……水巻」
「え? だってキーホルダーだから、カバンにつけるでしょ? 普通」
「お前、生徒手帳とか見てないのか? 校則違反だぞ」

 そのあと、先生が凄まじい形相になると、授業が終わるまでずっとお説教を食らうことになった。
 もちろんキーホルダーは没収。帰るまでに反省文を書かせられることになってしまった。
 これぐらいで怒られるとか、どんなブラック校則だよ……。

 ~昼休み時間~

 給食を食べ終えると、いつもなら優子ちゃんと教室や図書館でお喋りするのだが。
 今日は違う。キーホルダーをカバンにつけてきたということで、現在反省文を執筆中。
 400字の原稿用紙を3枚最後まで、びっしり詰めて書けと言われた……。

 たかがキーホルダーごときで、そんなに文字数使うかね?
 普段は後ろに座っている優子ちゃんが、わざわざ俺の前に来て苦笑する。

「キーホルダーぐらいで面倒だよねぇ……。でも、ルールだから守らないとダメだよ?」
「うん……」

 今度、生徒手帳とやらを読み直しておくか。
 昼休み中に書き終えないと、居残りになると聞いたので、必死に書き上げた。
 これでゆっくりできると安心していたら、教室の扉が勢いよく開かれる。
 
「あ、水巻! 良かった。反省文、終わったみたいだね」

 担任のねーちゃん先生だ。
 反省文を回収しに来たらしい。
 俺が書き終えた原稿用紙を差し出すと、何を思ったのか、先生は俺の肩に優しく触れる。

「お疲れさま。でもね、数学担当の先生が『放課後に水巻を連れて来て欲しい』って。なんか今日あんたが提出したノートの答えが意味不明すぎて、心配らしいよ」
「……」

 居残り確定じゃねーか。