鬼塚からもらったクッキーを全部食べたら、なんだか元気が出て来た。
 気がつけば、鼻歌交じりに階段を降りてリビングへ向かう。
 炊飯器を開いて茶碗に白米を山盛りにし、冷蔵庫から生卵を取り出す。
 それを白ご飯にぶっかけて、しょうゆをかけたら出来上がり。

「いただきま~す」

 その後、俺が卵かけご飯を5杯もおかわりしている姿を見て、ソファーに座っていたお姉ちゃんがドン引きしていた。
 まあ数日間、飲まず食わずだったから仕方ないよね。

「あ、藍……あんた。いくらなんでも、そんなに食べたら太るよ?」
「お姉ちゃん、大丈夫、大丈夫。私まだ若いから新陳代謝も激しいし」
「いや、どう考えても食いすぎでしょ……」

 ~翌日~

 元気を取り戻した俺は、改めてセーラー服を纏い、中学校へ向かうことにした。
 家へまで迎えに来てくれた優子ちゃんも、嬉しそうに笑っている。

「藍ちゃん、心配したよ~」
「ごめんごめん……」

 二人して肩を並べて歩いていると、優子ちゃんが不思議そうな顔をして下から俺を見つめる。

「ねぇ、藍ちゃん。なにか良いことでもあったの?」
「なんで? 特に何もないけど」
「本当? さっきからずっとニヤニヤ笑っているからさ……」
「全然無いよ」

 なんだろ? 自分では笑っているつもりはないけど。

 長い坂道を上がっていくと、丘の上に校門が見えてくる。
 相変わらず、先輩たちが大きな声で挨拶をしていた。

「おはようございます!」

 身長は俺の方が高いのに、男の先輩だから怖いな。
 校門をくぐり抜けて、優子ちゃんと下駄箱まで向かうつもりが。
 ひとりの男子生徒が腕を組んで、こちらを睨みつけている。

 ツンツン頭に赤いユニフォームを着たバスケ部の男子。
 今日も小麦色に焼けた肌が印象的だ。
 朝練でもしていたのかな?

「よ、よう。水巻、久しぶりだな……」
「あ……この前はごめん。鬼塚」

 ぎこちない二人の会話を聞いて、隣りにいた優子ちゃんが「あ!」と声を出してしまう。
 俺と鬼塚の顔を交互に見つめている。
 ヤバい、勘違いされているな。お前がどうにかフォローしろ、鬼塚。

「いや、水巻は何も悪いことしてないだろ? 俺がお前を嫌な気持ちにさせたんだから……」

 そんな言い方をするもんだから、優子ちゃんが更に誤解してしまう。

「ちょっ!? 鬼塚くん、藍ちゃんに何をしたの!?」
「この前、俺の家に連れ込んだら、泣かしちゃってさ……」
「最低っ! 女の子にそんなことをさせるなんて! 謝って許してもらえると思ってるの!?」

 うわぁ……余計に話がこんがらがってる。

「桃川の言うことが正しいと思う。だから、お詫びと言ってはなんだけど……」

 鬼塚は何を思ったのか、ズボンのポケットから茶封筒を取り出し、俺に差し出す。
 受け取ってみると、中には水族館のチケットが一枚入っていた。

 隣りから封筒の中を確認した優子ちゃんは、更に怒りを露わにする。
 
「水族館!? こんなもので許してもらえると思ってんの!」
「あ、その……母ちゃんから貰ってさ。弟の翔平も一緒なんだけど、よかったら今度どう? 水巻」

 その時の俺は、どうかしていた。
 ためらいも無く、彼に「うん」と答えてしまったから……。
 俺の返事を聞いた鬼塚はホッとしたようで、背中を向けると体育館へ走り去って行く。

 残された俺と優子ちゃんの間には、変な空気が漂っていた。

「藍ちゃんを自宅に連れ込んで、泣かしたくせに。水族館でお詫びぃ? バッカじゃねぇの! 脳内が少女マンガかよ!」

 優子ちゃん、なんかキャラが変わっている。
 怖すぎでしょ……。

 でも、水族館かぁ。行ったことないし、楽しみかも。

「ねぇ、藍ちゃん。行かないよね? 水族館なんてさ!?」
「え……その、たぶんね」
「絶対、行っちゃダメだよ! 帰りにホテルへ連れ込む気だって! 私の藍ちゃんに何をする気なの、鬼塚くんって!」
「……」

 優子ちゃんて、もしかして俺のことを百合として見てないよね?