黙って店内へと入ってしまった鬼塚。
 俺はひとりでポツンとサーキットの前で立ち尽くしていた。
 先ほど遊んでいた小学生たちが「お姉ちゃんは違反したから、入っちゃダメ!」と追い出されてしまったから。
 
 クソッ……。二千円近くお金を使ったのに、遊んじゃいけないとか。
 これからこのマシン。一体何に使うんだ?
 しかも、遊んでいるところを鬼塚に見られるし……。
 全然、楽しくない休日だよっ!

 ~それから、20分後~

 小学生たちがレースに飽きて、隣りの本屋に入って行ったので。
 ようやくサーキットが使えるようになった。
 駐車場の隅で座り込み、最速のマシンを走らせるが、競争相手がいないのでつまらない。
 結局、こういうおもちゃって、誰かがいて楽しめるものなんだよなぁ……。

 そんなことを考えていると、背後から鈴の音が聞こえてきた。
 模型屋のドアが開く音だ。
 振り返ると褐色肌の少年が店から出て来た。手には茶色の紙袋がある。
 鬼塚だ。

「「あ」」

 目と目が合い、お互い声に出してしまう。
 気まずい……。
 クラスメイトだから、挨拶ぐらいすべきなのだろうか?
 いやいや、あの鬼塚だぞ。ここは無視が良いに決まっている。
 女になってまでいじめられて、たまるもんか。

 視線をサーキットに戻し、黙って自身が作ったマシンを目で追う。
 うむ、やはりこいつが一番速いな。
 ひとりで頷いていると、背後から声をかけられた。

「なあ、女でもそんな遊びするの?」

 鬼塚のやつ、まだ後ろに立っているのかよ?
 とっと帰れ。
 無視しよっと。

「……」
「水巻? 聞こえてないのか……しかし、このマシン。異常に速いな。魔改造モーターでも使ってんのか?」

 その一言で、俺はつい反応してしまう。

「はぁ!? 公式が違反とか知ってたら、買ってないよ!」

 興奮から頬が熱くなる。

「いや、別に大会じゃないし、良いんじゃないのか?」
「し、知ってるもん……」

 美少女とは言え、鬼塚に痛い所を突かれて、すねてしまうアラフォーのおっさん。
 それを察したのか、後ろに立つ少年は慌ててフォローに入る。

「でもさ、このマシン。塗装とかしないんだな?」
「え、塗装?」
「うん。ミニモーターカーを楽しむなら、ボディとかも塗装したらカッコいいんじゃねーのかって……」

 意外だな。こいつの口からそんな言葉が出るとは。
 しかし、鬼塚が言うことは分からんでもない。
 でも、塗装って結構面倒くさいし……。

「俺……じゃなかった私、あんまりそういうの得意じゃなくて」
「へぇ~ なら、俺が塗装してやろっか?」

 そう言うと、手に持っていた茶色の紙袋から、塗装用のインクを取り出す。

「鬼塚が、私のマシンを?」
「ああ。ついでにボディも”切り残し”が目立つから、キレイにカットしてやるよ」
「……なんで、そんなに詳しいの? 鬼塚もミニモーターカーの大会出てるの?」
「ち、ちげーよ! 俺じゃなくて、弟がやるんだよ……。だから一応やり方は知ってる」

 と頬を赤くする少年。
 なにを恥じらっているんだか。

「じゃあさ、なんで模型店で買い物をしてたの? そのインクを買ったんでしょ?」
「こ、これはプラモデルに使うんであって……」

 プラモデルと聞いて、俺は一気にテンションが上がる。
 立ち上がって、鬼塚の顔まで距離を詰める。
 大きなブラウンの瞳を覗き込み、懐かしいプラモの話を話し始める。

「プラモが好きってことはさ! 絶対、”機動戦士ギャンダム”。ギャンプラを作ってるんでしょ? 懐かしいな~」
「はぁ? 俺の作っているのは違うよ……。その、バイクとかの模型だよ」

 彼の答えを聞いて、俺は唇を尖がらせてみる。

「ちぇっ! つまんな~い! 男なら絶対”ギャンプラ”は通る道だと思ったのに」
「そんなことでしょげるなよ……。でも一応、うちにもギャンプラならたくさんあるよ。全部、弟のだけど」
「本当? どのシリーズが好きなの!?」
「さぁ、弟が好きなだけだから俺は知らないよ。そんなに気になるなら、家に来るか?」
「いいの!? 行く行く!」

 ヤベッ、つい好きなプラモデルの名前が出たことで、釣られてしまった。
 初めての男の家が鬼塚とか、絶対無いと思ってたのにな。