本屋で見かけた鬼塚のせいで、更に気分が悪くなった。
 俺もそろそろ、本屋から出ようかと迷っていたら、甲高い声で「藍ちゃん」と名前を呼ばれた。
 両手に大きなマンガ雑誌を抱えた少女。
 優子ちゃんだ。
 
 今日は学校が休みだから、私服を着ている。
 紺色のカーディガンにブラウンのロングスカート。
 見るからにおとなしい女子中学生って感じ。

「藍ちゃんも本屋に来てたんだ!? ひょっとして、また小説でも買いに来たの?」
「ううん……ちょっと暇だったから、見に来ただけだよ」

 そうか、藍という人物は本好きで頭が良いキャラだったな。
 こりゃあ、後々俺がバカだとバレるだろう……。

「そう言えば、さっき藍ちゃん。誰か男の子をじっと見つめてたよね? えっと確かあれは……」

 と優子ちゃんがその名前を思い出す前に、話題を変えようと試みる。

「ゆ、優子ちゃんは何を探しに来たの?」
「私? もちろん、”少年チャンプ”の最新号」
「チャンプ? 男の子向けだよね? どうして優子ちゃんが読むの?」

 俺がそう言った途端、優子ちゃんは鼻息を荒くし、尚且つ早口で喋り始める。

「男とか女とか関係ないよ! だって”るろうな謙信”の最新話が載っているんだもん! 買うに決まってるじゃん!」
「そ、そっか……」

 腐女子だから、バトルものとしてではなく、そっち目線で楽しんでいるわけか。

  ※

 チャンプの最新号を抱えながら、優子ちゃんは嬉しそうに旧3号線の歩道を歩く。
 優子ちゃんの自宅は、先ほどの本屋から近くにあるそうで。
 そこまで一緒に、歩くことになった。
 
「それでね……最近知ったんだけど。幼い男の子がさ、トイレを我慢しているのがとっても可愛く思うの!」
「え? なんで、それが可愛いの? ただ排泄行為を我慢しているだけじゃん」
「違うよ! 顔を真っ赤にして我慢しているのが可愛いの! お姉ちゃんが教えてくれたんだよ~」

 お姉ちゃんの性癖が歪みすぎて、13歳とは思えないレベルだな。

「じゃあさ。それで我慢できなくなって、本当に外でそのキャラが漏らしたら、どう思うの?」
 
 俺の問いに優子ちゃんは眼鏡を光らせ、怪しく微笑む。

「それはもう……お得って思うかな。ヒヒヒッ」

 うへぇ、二次元だけで留めておいてね、優子ちゃん。
 逮捕されたら、お友達でいられなくなるよ?

 その後、優子ちゃんの自宅が見えて来たので別れを告げ、俺はそのまま中学校方面へ向かうことにした。
 どうせ遠回りしないと家には近づけないし、この頃の店をまた見てみたいと思ったからだ。
 中学校の近くにも大きな本屋があり、その隣りには模型店が存在していた。
 懐かしい! よく”機動戦士ギャンダム”のプラモを買ったけ?

 気になった俺は交差点を渡り、模型店へ入ることにした。
 店の前には大きな駐車場があり、そこで”ミニモーターカー”のサーキットが設置されていた。
 小学生ぐらいの小さな男の子たちが、競い合って遊んでいる。

「うわぁ……これも懐かしいな」

 前世じゃ、引きこもっていたから、このサーキットで遊ぶのは平日の午前だけ。
 だから競う相手がいなかったんだよな。
 そうだ! 小遣いもあるし、この子たちとレースして見るか!

 模型店に入ると、老夫婦がカウンターの中から「いらっしゃい」と言う。
 まだ若いな。数年後に潰れると思うと、涙が出て来そう。
 少しでもこの店が延命できるよう、最新のモーターカーと最強モーターを購入。
 でもニッパーが無いと作れない。

「おじちゃん、ニッパーを貸してくれない?」
「え? これお嬢ちゃんが使うの? プレゼント用じゃなくて?」
「そうだよ。今から外のサーキットで遊ぼうと思ってるから」
「ふ~ん……女の子なのに変わってるね。はい、ニッパー」

 と渋々、ニッパーを渡してくれた。
 なんかこの時代、色々と女の子に対して風当り強くない?
 別に女でも、遊んでいいじゃん。