「ふあぁ~あ……」

 深夜まで、お姉ちゃんのポケベルが鳴りっぱなしで、うるさくて眠れなかった。
 おまけに返信する際は必ず、電話の子機を使うからピコピコと操作音が鳴り響くし。
 さっさと携帯電話が普及してくれないかな……。

 自室から階段を降りて、洗面台へと向かう。
 顔を洗って、歯磨きしていると……。
 鏡の前にモンスターが立っている!?

「ば、ばく●んいわ」
「誰が何だって?」

 不機嫌そうにそのギャルは、ヘヤアイロンをに手に取る。
 あ、お姉ちゃんだった。
 
「ていうかさ、藍。前にも言ったよね? この時間はお姉ちゃんが洗面台を使うって」
「え……ごめん、忘れてた」

 知らないよ、そんな姉妹ルール。
 とりあえずめっちゃ怒っているから、口をゆすいですぐに洗面台を後にした。
 俺が立ち去った後もしばらく、こっちを睨んでいる。
 やっぱアレか、見た目がモンスターでも前髪を気にするお年頃なのか?

 仕方ないのでリビングへ向かうと、お父さんが新聞紙を読みながら、パンを食べていた。
 スーツ姿が似合わない。

「おお、藍。昨日は学校へ行けたそうだな?」
「うん……」
「どうした? お友達の優子ちゃんと行けたんだろ。何か嫌なことでもあったか?」
「べ、別にないよ」

 返答に困っているとエプロン姿のお母さんが、キッチンから出て来た。
 俺を待っていたかのように、出来たての目玉焼きとトーストをテーブルに置く。

「お父さん。そんなに色々と聞いたら、藍も困るでしょ? また体調を壊したら困ります」
「そうだな……あ、そうだ。藍に頼まれていた本がようやく手に入ったんだ。はい、これ」

 と差し出されたのは、英語だらけの洋書。

「これ、なに?」
「は? お前が欲しがったから、仕事帰りに本屋で受け取って来たんだろ」

 うう……いらねぇ、こんな本。
 英語だけの小説を読むとか、どんなバイリンガルだよ。藍ちゃんたら。
 
「そ、そうだったね。ありがとう、お父さん……」
「なんか調子狂うな、最近の藍は」

 そりゃ、こっちのセリフだっつーの!

  ※

 昨日よりは、上手にセーラー服を着られたと思う。
 長い髪も首元で結うことができたし。
 ドレッサーの前に立つと、指でパチンと音を鳴らす。

「うしっ! バッチシな美少女だ!」

 するとノックもせず、お母さんが部屋に入ってきた。

「藍! あんた、今日は体育の授業だけど、わかってるの?」
「へ? うん、知ってるけど……」
「ちゃんとしていかないとね。女の子なんだから」
「はぁ……」

 一体、なんのことだ。
 女の子の体育って、特別な授業でもやるのかな?
 
 再度、一階へ降りていくと玄関に優子ちゃんの姿が見えた。

「あ、藍ちゃ~ん! おはよう!」
「おはよう、優子ちゃん!」

 前世ではこんな友達がいなかったから、嬉しい。

「藍ちゃん、お姉ちゃんに昨日の感想を伝えたら、大喜びしてたよ! また同人誌を描くから見て欲しいって!」
「あはは……じゃあ、またいつか読ませてもらおうかな」

 自分で自分の首を絞めるとは、このことだな。

 優子ちゃんと玄関で、テレビの話をしていると。
 怖い顔したお母さんが俺の方へ向かってきた。
 小さな何かを持って……。

「藍! あんた、また”これ”を忘れていくところだったじゃない?」
「え?」
「発作用の吸入薬よ! カバンに入れておくから、また発作が起きたら使いなさい!」

 と小さなプラスチック製の容器を、俺のカバンに入れる。
 発作って、そんな疾患。俺は無かったと思うが。