目の前にいる少年は、とても背の低い男の子だった。
 あれほど恐れていた男は華奢な身体で、転生した今の俺なら、ひねりつぶすことさえ出来そう。
 元々、俺は前世でも成長が早く、13歳の頃には160センチ以上あった。

 そのデータは今も引き継いでいて、165センチという高身長な女子。
 だが、鬼塚 良平という男は、150センチも無い。
 その証拠に胸ぐらを掴んだ俺が、軽々と両手で持ち上げられるほど。

 髪型はツンツン頭だから、少しヤンチャに見えるけど……。
 前世で俺をおもちゃのように、いじめていた冷酷さは感じられない。
 逆に鬼塚の方が、睨んでいる俺を見て震えていた。

「鬼塚……」

 長年の憎しみで、俺の両手にも力が入る。
 首を締め上げた為か、鬼塚は苦しそうにしている。

「ガハッ! ちょ、水巻。いきなり……」
「何が水巻だ……お前、俺にずっとなにをやってきたか、忘れたと言うのか?」

 とまたドスのきいた声で、彼を睨んでいると。
 クラスにいた生徒たちがざわめき始めた。
 一気に周囲の視線が、俺と鬼塚に集まってしまう。
 
 ヤベッ! 前世でこいつにいじめられたからと、この世界の鬼塚に憎しみをぶつけてしまった。

「なにやってるの!? 藍ちゃん!」
 
 騒動を聞きつけた優子ちゃんが駆けつけてくる。
 彼女の顔を見て、ようやく我に戻ることが出来た。
 ゆっくりと、この世界の住人。鬼塚 良平を下ろしてあげることにした。

「み、水巻……久しぶりに登校したと思ったら、いきなりなにすんだよ?」
「えっと、その……ごめん」

 なんで、俺がこいつに謝らないといけないんだ!
 でも……今の俺は、水巻 藍という女の子だ。
 前世とは色々と違う世界、パラレルワールド。つまり元の世界とは、過去も違う可能性がある。
 だから、まだこの鬼塚 良平という少年に、憎しみを抱くのは違うのかもしれない。
 一旦、俺の怒りを抑えておくことにした。

  ※

 クラスでも一番静かな女子、水巻 藍がクラスに入った途端。
 鬼塚の胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げたことで、教室はパニックに陥っていた。

「見たかよ? いくら鬼塚がクラスで一番チビでもさ……」
「怖~い。私、もう水巻さんに話したくない」
「ていうかさ、あの子。あんなキャラだったけ?」

 うっ……、色々と居心地が悪いな。
 だって、俺が締め上げたその少年、隣りの席なんだよ。
 優子ちゃんに言われて、仕方なく鬼塚の隣りに座っているけど。
 俺はずっと反対側の窓を見つめている。
 鬼塚の方は知らんけど。

 教室の扉が勢いよく開かれたので、担任の教師かと思ったら。
 少し背の高い学ランを着た生徒だ。
 髪の色が明るく、耳にはピアスが見える。この時代にもヤンキーっているんだな。

「おい、鬼塚。ちょっと来いよ!」
「ハァ!? なんで俺が行かないと……」

 と言いかけている際中だが、教室の中にわらわらとヤンキーの取り巻きが入って来て。
 左右から鬼塚の腕を担ぎ上げ、無理やり教室から連れて行かれた。
 一体、何だったんだ?

 すると後ろに座っていた優子ちゃんが、俺の肩を指で突いてきた。
 振り返ると、こう説明してくれた。

「藍ちゃん。もう、鬼塚くんには関わらない方が良いと思うよ?」
「え、なんで?」
「だって、鬼塚くんってヤンキーの人に狙われてるじゃん」
「それって……あいつが、いじめられているってこと?」

 マジかよっ!? メシウマ状態はこのことだ!
 ざまぁみやがれ、鬼塚の野郎。
 この世界も案外悪くないかもな。

 だが優子ちゃんの話は、それだけで終わらなかった。

 それは鬼塚がいじめられる、きっかけになった過去の話だ。
 小学生時代にひとりの男子を数年間に渡って、凄惨ないじめを繰り返し……。
 いじめが怖くなった少年は学校を休むようになり、引きこもってしまった。
 親同士の話し合いもむなしく、その子はこの土地から引っ越したそうだ。

 なんか、”その子”にすごくデジャブを感じてしまうのだが……。