殺したいほど憎いのに、好きになりそう


「おお~ 見ろよ、あれ。”関門海峡(かんもんかいきょう)”じゃないか?」
「……」

 俺たちが乗っている観覧車だが、頂上はかなり高いところにいるようだ。
 スペースワールド周辺が一望できる。主に炭鉱とか工場だが……。

「どうしたんだよ? 水巻、観覧車に入ってから何も喋らないじゃないか?」
「……だって、もぐもぐ。チュロスが美味しいんだもん」

 そうだ。俺は辺りの風景よりもこの出来たてのチュロスが食べたい。
 鬼塚とは、どうも気持ちに温度差があるようだ。
 その場でチュロスを食べ続ける俺の姿を見て、彼は少し不服そう。

「な、なあ……水巻。ちょっと聞いてもいいか?」
「んぐ? なに?」
「お前さ、す、好きな人とかいるのか?」
「ブフーーーッ!」

 チュロスについていた砂糖を吹き出してしまった。

「大丈夫か? いきなり聞いて悪かったよ……」
「いや、構わないけど」

 恥ずかしさから、スカートに落ちていた砂糖を手で払う。
 まさかと思うが観覧車の中二人きりだし、ちょうど頂上にいる。
 誰も邪魔してこない空間だ。

 目の前にいる鬼塚の顔を改めて見つめてみると、大きなブラウンの瞳を輝かせていた。
 こいつ……ここで俺に告白。いや、いきなりキッスするわけじゃないよな!?
 嫌だぞ。年を越して間もないのに初めてを鬼塚に奪われるなんて……。

 俺が黙り込んでいると、鬼塚は照れ隠しからか咳払いしてみせる。

「あ、ごほん! その深い意味はないと思ってくれ。ただ気になっていたんだ」

 俺を見る目は、とても真剣な眼差しだった。

「えっと……その、私は好きな人。いる、いたけど一方的に嫌われたていうか、憎まれているんだと思う」
「なにっ!? 水巻をそんな風に振った奴がいるのか!」
 
 もちろん、この好きな人というのは行方不明になっているあゆみちゃんのことだ。
 鬼塚に振られて、変な暴走族とグレてしまった彼女。
 噂じゃ毎日その彼と夜遊びばかりして、日中は姿を見せないそうだ。

「いや、振ったとかじゃなくて。私の一方的な片想いだよ。何年もずっと好きだったけど、相手を怒らせて傷つけたからさ……」
「だからって、水巻を憎むのは違うんじゃないのか! 最低な男だな、そいつ!」
「あ、いや……その人は」
 
 相手が女の子だと訂正しようとしたが、興奮している彼に遮られた。

「俺だったら、お前をそんな気持ちにさせたくない! お前のことをずっと笑わせてあげたい! なんなら、今お前が食べているチュロスの作り方だって覚えるよ!」
 
 鬼塚のやつ、かなり興奮しているようだ。
 気がつけばイスから立ち上がって、右手に拳を作っていた。
 よっぽど、あゆみちゃんが憎いみたい。

 あれ? なんかこの流れ……告白されたわけじゃないよな。

  ※

 「好きな人はいないか?」と問われて、俺はずっと好意を抱いていたあゆみちゃんのことを話したのだが、鬼塚からすると許せないらしい。
 だって男と勘違いしているから。
 その後しばらく沈黙が続き、気がつけば観覧車は一周していた。

 スタッフに誘導されて観覧車の中から降りると、先ほど写真撮影をセールスしてきたスタッフが笑顔で待っていた。

「おかえりなさい! もうお二人の写真が出来上がってますよ!」

 写真という言葉を聞いて、鬼塚は態度を豹変させる。
 子供のようにキラキラとした瞳でスタッフに話しかける。

「あの、現像する写真は確認できますか?」
「もちろんです。それに現像する前の写真をパソコンからお選びできますよ」
「マジですか!? じゃあ、確認してもいいですか?」
「ごゆっくりとお選びください」

 そう言うと、大きなブラウン管のモニターとパソコンを操作し始める。
 何回か、マウスを操って画面に撮影した俺たちの写真を並べて表示した。

「おお~! すごい、ちゃんと俺と水巻が写ってるぜ!」

 俺は1500円もする自分の写真なんて、買う気は無かったので鬼塚の後ろで黙って見守る。

「あ、すみません。じゃあ、この写真を印刷してください!」
「こちらですね、了解しました。では、先にお支払いの方をお願いします」

 そう言われると、鬼塚はデニムのショートパンツのポケットから、ナイロン製の折りたたみ財布を取り出す。
 中からお金を取り出して、スタッフに渡したところで俺の存在に気がつく。

「あれ? 水巻は買わないのか?」
「私? 買わないよ」

 即答する俺に驚く鬼塚。

「なんでだよ? 思い出に買っていかないのか?」
「うん。写真に1500円なんてバカらしいよ。チュロスが二本ぐらい買える金額じゃん」
「……」

 このあと、鬼塚はスタッフから大きなツーショット写真を受け取っていた。なぜか涙目で。