目の前には、幾重にも重なった赤い印が刻まれた石板が続き、その先に広がる広場のような場所。ここが“樹海の中央”と呼ぶにふさわしい場所なのだろう。濃密な霧に覆われた森を抜け、赤いペンキとも血液とも見分けがつかないような線を辿ってやって来た俺たちは、まるで巨大なドームの底に沈み込んだかのような感覚に襲われる。樹齢何百年という巨木が折り重なるようにして囲み、その中央には**巨大な祭壇**が鎮座し、さらにその背後には古びた石棺が鎮座していた。空は闇に閉ざされ、月光さえ届かない。まるで森が自らの意志で光を遮っているかのようだ。

 荒れ狂う風の轟音が遠くから響き、樹木の幹がきしむ音はどこか人の呻き声にも似ていた。時折、木の葉に混じって赤黒い液体のしずくがポタリと落ち、地面に地図のようなシミをつくる。俺たち取材班は、全員が震える足取りで祭壇の縁に立ち、ここが封印の最終ポイントであり、今回の“血染めの儀”が行われる場所だと直感していた。

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### 1. 儀式の開始:結界の中心へ

 「ここが封印の中心部だ……」
 住職が息を呑みながら呟く。その視線の先には祭壇の上に刻まれた幾何学的な紋様があり、それを取り巻くように赤い印が連なる形で“結界”を作り出しているようだ。住職の隣にはリーダー格の男が、鋭い眼差しで周囲を睥睨していた。半ば狂気に近い緊迫感を帯びながら、細かく刻んだ深呼吸を繰り返している。
 「早く始めろ……もう時間がない」とリーダー格は低く言い放つ。
 住職は一瞬ためらいを見せるが、いずれにせよこの状況を解決するには儀式を行うしかないと悟ったのだろう。経文が書き記された巻物を広げ、先祖代々伝わるであろう祓いの言葉を唱えようとする。しかし、そのイントネーションは仏教の読経とは似て非なるもので、どこか古代の呪術を思わせる。俺たちはその響きに鳥肌が立ち、杉山もカメラを回す手が自然と震えていた。

 やがて祭壇の周囲に沈んでいた無数の石碑がぼんやりとした赤い光を放ちはじめる。紋様のラインが繋がるように地面を走ると、それに呼応するかのごとく森の木々がざわめき出した。地面が振動し、すべての視界が微かに揺れる。怖じ気づきそうになるが、ここで逃げるわけにはいかない。闇バイトの一団も、その他の作業員も、皆がこの場に集結し、息を殺して儀式の行方を見守っている。

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### 2. 対立の深まり:犠牲か否か

 「もし封印を失敗させれば、この地は呪いで滅ぶ」
 リーダー格は改めてそう宣言し、取材班や周囲の逃げ出しそうな若者たちを制止するように睨みつける。実際、ここまで来てしまったら、普通に森を抜け出して逃げようにも、あまりにも霧が濃く、磁場が狂っているのか方向感覚さえ失われ、抜け出せる保証などなかった。

 「しかし、犠牲が前提だなんて、そんなのあんまりじゃないか……」
 長沼がやりきれない思いを言葉にする。闇バイトの作業員の多くは、金で雇われただけのはずだ。だが、今やリーダー格に従うか、あるいは混沌とする森の中で死を迎えるかという二択に追い込まれているらしい。
 俺たち取材チームは、これまでの取材で生贄を出してまで封印を続けるという行為の危険性や不条理を知り、到底容認できない気持ちを強く抱いていた。が、リーダー格は譲る気配を微塵も見せない。「長年こうして保ってきた歴史がある。余計な口を出すな」と、あくまで強硬な姿勢を崩そうとしない。
 住職がその場を取り成すように、「何とか血の契約を回避する方法はないのか。生贄を出さずに済む形は……」と声を掛けるが、リーダー格は鼻で笑う。「封印を舐めるな。そんな綺麗事でどうにかなるわけがない。さもなくば、とっくの昔に誰も苦しまずに済んだろう」——まるで長年の鬱屈を吐き出すかのような台詞で、周囲の空気を凍らせる。

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### 3. 住職と古文書の秘密:血の契約を経ずとも……

 それでも住職は諦めなかった。袖から取り出したのは、先ほど古文書を追加で読み込んだ際に写し取ったメモだ。そこには「血の契約なくして封印を為す」という、一行の注釈らしき文言が書かれているという。
 「ここに少しだけ、別の可能性が示唆されているのです。古来の術式には段階があり、完全な生贄なしでも、特定の条件を満たせば封印を繋ぎ止められるのではないか……」
 そう主張する住職に、リーダー格は嘲りの視線を向ける。「長年こうして血を流してきた俺たち一族の伝統を、たかが記述の一片で否定するつもりか? そうやって逃げているから、いざというときに弱いんだよ」と、あくまで耳を貸さない。しかし住職は真摯な目で、「血に頼るやり方をずっと続けてきた結果が、今こうして事態を悪化させているのではありませんか……」と訴える。
 取材班も同意見だった。血の契約——すなわち生贄という手段を以てして、ほんの先延ばしに過ぎなかったとしたら? 根本的な解決には至らず、今はこんな大惨事を迎えているではないか。だが、説得というにはリーダー格の男の眼光はあまりにも険しく、今にも刃を向けてくる勢いだ。実際、周りの作業員は怯える目をしていても、一応はリーダー格の命令に従う構えを見せていた。

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### 4. 霊的存在の顕現:行方不明者・過去の犠牲者の影

 そのとき、祭壇周囲の霧が蠢くように形を変え、不気味な人影が浮かび上がり始めた。次々と列をなすように姿を現す影は、かつてここで犠牲となった者たち、あるいは行方不明のまま魂を失った者たちに相違ない。彼らの表情は苦悶に満ち、宙を彷徨う幽霊のごとく身体を揺らしている。誰かがその姿を認め、「うわぁ……」と恐怖で後ずさる。
 「撮らなきゃ……」
 杉山は緊張した声でそう呟き、カメラを必死に構える。これは紛れもなくこの儀式場の実態を証明する重大な映像となるだろう。だが、その一方で映像に収めることに自責の念を抱く者もいる。惨劇の当事者たちが姿を見せているのだ。もし彼らが苦しむ思いを抱えたまま浮遊しているのだとしたら、あまりにも救いがない。
 影たちは口をぱくぱく開閉させているが、言葉は出てこない。ただ、目が合った瞬間に心を抉るような悲鳴が脳内を駆け抜け、「助けて……私を……」と聞こえた気がする。取材チームは一斉に背筋が凍りつき、動けなくなる。
 リーダー格の男も、その光景に一瞬言葉を失う。住職は眉間に皺を寄せながら、「これこそ怨念……長年封印されてきた負の力が、こうして表に出てきているのでしょう」と低く呟く。祭壇の周囲は、一気に幽界さながらの異常空間へと変貌を遂げていた。

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### 5. 犠牲者の覚悟:刃を向けられる瞬間、仲間が割って入る

 幻影や霊が漂う中、リーダー格は激しく動揺した様子を見せつつも、「やはり生贄が必要だ」と強く主張する。結界を完成させるためには、一人の人間を祭壇に捧げ、その血をもって封印の鍵を閉めねばならないと言うのだ。
 闇バイトの作業員の中には、その言葉に従って他人を生贄に差し出そうと考える者もいるかもしれない。だが、俺たち取材班がそれを許すわけがない。ましてや、ここにいる新入りの若者たちが理不尽に殺されるなど、絶対に容認できない。
 しかし、事態は思いがけない方向へ動く。なんと仲間の一人(仮に“X”とする)が自ら「……私が、やるよ……」と手を挙げたのだ。その言葉が響いた瞬間、現場は一瞬静寂になった。Xは沈んだ眼差しで、「このまま見ているだけじゃ、もっと悲惨なことになる……もう犠牲者を増やしたくないんだ」と呟く。
 リーダー格の男は納得したように鋭い笑みを浮かべ、「ならば祭壇に上がれ」とXを促す。俺たちが「そんな馬鹿なこと……!」と止めに入るも、Xは強い意志で拒む。「大丈夫。きっと他の方法があるかもしれない。でも今は、森をこれ以上血で染めないためにも……誰かが立ち上がらなくちゃ」——あまりにも悲壮な決断だった。

 しかし、いざリーダー格が刃を向けようとするその瞬間、**別のメンバー(仮に“Y”)**が「やめろーっ!」と声を上げて割って入る。Xを庇う形でリーダー格の腕を掴み、よろけさせる。「お前に殺させるわけにはいかん!」——最悪の内部分裂が起こりかけ、場は大混乱に陥る。

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### 6. リーダー格の狂気:暴走

 割って入ったYを目の当たりにして、リーダー格の男はついに理性の箍が外れたように凶器を振りかざす。「貴様ら……余計なことをするな! この地を救うには、生贄が必要だと言っているだろうが!」。リーダー格は同時に住職を突き飛ばし、封印を完遂させようと力ずくで進めようとする。
 住職は地面に転がり、書物や巻物を散らばらせながら痛みに呻く。取材チームや闇バイト作業員の一部が慌ててリーダー格を押さえ込もうと試みるが、狂気に駆られた彼の力は凄まじく、刃があちこちを引き裂き、悲鳴が上がる。血の臭いが祭壇の周囲に混じり始め、それがさらに森を刺激したのか、周囲の霧と風がいっそう強まる。
 「やめろ……」
 XとYは何とか抵抗を続けるが、リーダー格の男はあらゆる相手を威嚇してくる。かつては彼も封印を保つために苦しんできたはずだが、長年の犠牲や呪いに囚われ、今やほとんど狂気の化身と化しているかのようだった。

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### 7. 樹海の意志との融合:裂ける大地、白濁する視界

 この暴動の真っ只中、再び森全体が震動を起こした。ゴゴゴという地鳴りが響き、視界の端で地面が裂けて蒸気のようなものが噴き出している。それと同時に濃い霧が地を這い、風が竜巻のように渦を巻いて祭壇の周囲を取り囲む。まるで森そのものが“生きて”いて、封印や呪いがどうなるかを見守るどころか、自らの意思で事態を支配しようとしているかのようだ。

 「うわあああッ……!」
 誰かが悲鳴を上げたと思った瞬間、霧が大きく流動し、杉山のカメラが吹き飛ばされそうになる。必死にしがみついて何とか落下を免れたが、画面には何重にもノイズが走り、ほとんど映像にならない状態。それでもシャッターを切り続ける杉山の姿には、ある種の執念さえ感じられた。真実を記録するために、自らが危険の渦中にあるのを承知でカメラを離さないのだ。
 白濁した霧があまりにも濃いため、隣の人間の顔さえ判別が難しい。その濃霧の合間、リーダー格とX、Yの言い争いが聞こえ、住職の経文が響き、そして取材メンバーや作業員たちの叫びが入り混じる。視界が一瞬開けたかと思えば、木々の合間に幽霊のような怨霊たちが立ち現れ、再び霧に吸い込まれていく。何が現実で何が幻なのか、もはや区別がつかない。

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### 8. 最期の叫び:血塗れの儀

 「ぐっ……! うあああぁぁぁ!」
 突如として、リーダー格の男が絶叫を上げる。目を凝らすと、祭壇の真上で何者かに捕らえられたように身体を引きずられている。祭壇の下部には、ひび割れた石棺が半開きになっており、その奥から赤黒い瘴気が渦を巻いて吹き出していた。まるで深淵から無数の手が伸びて、彼を引きずり込もうとしているかのように見えた。
 リーダー格は必死にもがき、短刀を振り回すが、その刃先さえ霧に溶けるかのようにぼやけて威力を失っていく。祭壇の周囲には真っ赤な液体が飛び散り、地面に噴き出していた血が男の足元を絡め取るようにも見える。その姿はあまりにも非現実的でありながら、同時に圧倒的な恐怖を生み出す光景だった。
 「これは……呪いなのか……封印が暴走しているのか……!」
 住職が正面から近づこうと試みるが、瘴気の渦に跳ね返され、そのまま後方へ転倒する。取材班の誰かが救いの手を伸ばすも、リーダー格の男に触れる前に猛烈な熱風と悪臭が顔面を襲い、意識が飛びそうになる。
 「助けてくれ……いや、くそッ……くそッッ……!」
 リーダー格は最期まで怒りと苦悩を叫び続けた。次の瞬間、彼は石棺の下部へズルズルと引きずり込まれ、血と霧の渦の中に消えていく。痛ましい轟音と共に、付近の地面が陥没していくのが見え、誰も近づけない。
 結局、リーダー格を救い出すことは叶わなかった。封印なのか呪いなのか分からない力が、彼を飲み込み、同時に封印の儀式をさらなる混沌へと誘っている。周りは絶望感に包まれ、悲鳴と嗚咽が交錯する。

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### 9. 落ち着く闇:一時的な封印の成功

 それからしばらくは、息をするのも困難なほどの緊張状態が続いた。祭壇周辺の霧と瘴気は高く舞い上がり、黒雲のような塊を形成して森全体を包み込むかのようだった。あまりにも大きな恐怖に晒された作業員や新入りの若者たちが一斉に逃げようとするが、逃げ場がない。取材班の面々も、それぞれが地面にうずくまり、悲鳴やすすり泣きが入り混じる。どうしようもなく絶望的な空気。
 だが、そんなとき、住職が再び立ち上がり、全身を震わせながら経文を唱え始めた。声はか細く、いつ途切れてもおかしくないように聞こえたが、その口調は徐々に力を取り戻していく。彼は片手で印を結び、もう片手で落ちた祭具を拾い上げると、石碑の前に膝をつく。
 「……今こそ、最後の一巻……!」
 住職が巻物を読み上げ、石碑の紋様へ何かの符を押し付けるようにしている。力強い声が闇夜にこだまし、それに呼応するように石碑が淡い光を放ち始める。まるで石碑が呼吸を始めたかのように、何度か光が脈打ち、最後に一閃の光が祭壇を走った。
 そして次の瞬間、耳をつんざくような破裂音が森全体に響き渡った。黒い霧が上空へと逃げるように流れ出し、音を失ったかのような静寂が訪れる。地面の震動も止まり、風もピタリとやんだ。まるで世界が一瞬にして凪いだようだ。
 俺たちは恐る恐る顔を上げ、祭壇の様子を確認する。そこには相変わらず石棺が横たわっているものの、赤い液体の噴き出しは止まっており、石棺の蓋は再び閉じられた形になっている。瘴気の渦も消え、ただ、あのリーダー格が消え去った痕跡だけが生々しく残っていた。血飛沫のあとと、陥没しかけた地面。
 住職の息は荒く、額には冷や汗がびっしり。脇腹から血が滲んでいるようだが、それでも微かな笑みを浮かべ、「……どうやら、一時的には封印を取り戻したようです」と呟く。周囲では生存者たちが立ち尽くし、誰も言葉を発せない。
 取材班の誰かが「あの男は……」と口を開くが、住職は目を伏せて首を横に振る。「おそらく、もう戻らないでしょう」と。リーダー格の男は、この土地を護るために生贄を捧げ続けてきた一族としての業を抱えていたが、最期はその呪いの暴走に巻き込まれる形で命を落としたのかもしれない。
 祭壇の周囲を見回すと、新入りの若者や作業員の中には足を折っている者や気を失っている者もいる。われわれ取材班も、全員が泥だらけで怪我を負っているが、命に別状はなさそうだ。XとYも何とか生き延び、互いに抱き合って安堵の涙を流している。
 「犠牲……は出たけど、ひとまずは封じ込めたってことか……」
 長沼がそう呟き、誰も返事をしないまま沈黙に沈む。犠牲となった者はリーダー格だけでなく、この儀式に巻き込まれた過去の無数の人々、さらに今回の混乱で命を落とした人々もいるかもしれない。俺たちの胸には、あまりに重い傷跡が残った。祭壇は静寂に包まれているが、その沈黙が、かえって森の深い悲鳴を象徴しているようにも思える。

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#### 【エピローグ(本章の結末付近)】

 こうして樹海に広がった呪いと封印は、一時的に収まったかのように見える。霧は薄れ、風は止み、夜の闇はより深い静寂へと戻っていく。住職は深いため息をつき、「このまま完全に終わったとは思えません。だが、ひとまずこれ以上の暴走は防げたかと……」と唇を震わせる。
 取材班の面々は、辛うじて撮影に成功した映像や、死闘の痕跡を胸に抱え、壊滅状態のプレハブや石碑周辺を目の当たりにしながら、その夜の記憶を焼き付けるように息を呑む。この“血染めの儀”を経て、森は一時的に静寂を取り戻したが、それは決して永遠ではない。今後も誰かがこの地を護るために動かなければ、また新たな悲劇を生むかもしれないと、直感的に感じていた。
 リーダー格の男が消えた今、封印の継承はどうなるのか。住職が負った傷は重そうだが、まだかろうじて意識を保っている。仲間たちが彼を支え、石碑の前から離れようとすると、森の風がそっと吹き抜け、枝葉がささやくように揺れた。
 ――もしかしたら、森は、人々の痛みを感じながらも、“次”の継承者を待っているのかもしれない。そんな淡い不安と予感が脳裏をかすめ、俺はカメラを握りしめた。いつか、この悲劇を記録し、世の中に発信するために。少なくとも、闇に葬り去ってはならない真実が、ここには確かに存在するのだから。