激しい揺れが樹海を襲っていた。深夜の森は濃密な霧に覆われ、木々が軋む悲鳴めいた音が重低音のように響き渡る。血のような液体が幹からにじみ出し、土と腐葉土の湿った匂いに鉄の臭いが混じる。プレハブの壁はギシギシときしみ、金属製の柱が歪む音が聞こえる。生物も無機物も、すべてが“森そのもの”の呼吸に巻き込まれているかのようだ。

 地中から湧き出すような振動、空気が唸るような轟音。それらが夜の樹海を染め抜き、視界は悪化の一途を辿っている。ここまで明確に“災厄”の気配が濃厚になると、普通の人間なら逃げ出す以外の選択肢はないだろう。しかし俺たち取材班は逃げ場を失い、あるいは自らの意思で逃げずに、この場所に踏みとどまっていた。すべては行方不明者たちを、そしてこの土地自体を、どうにか救うために——。

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### 1. 儀式の失敗:あふれ出す禍

 近くの林の中では、リーダー格の男たちが封印を維持するための儀式を行っていたはずだ。しかし、第5章の時点で大混乱に陥った彼らは、途中で儀式を中断せざるを得なくなった。プレハブが荒れ、作業員たちがパニックに陥り、生贄として捕らえた人々が逃走したり、あるいは地下施設が崩壊し始めて人手不足になったり……。とにかく、組織の計画が大きく狂ったのだ。

 封印が維持されないまま“最奥の扉”が開き始め、樹海に異様な霧が満ちていく。むしろ封印が逆流するようにして、森に巣食う“厄災”が外へ噴出しているのだろう。木の根から真紅の液体が滲みだし、それらが地面を浸しているのが遠目にも見える。プレハブの一棟はすでに基礎が傾き、内部で作業していた者たちが慌てて飛び出してくる姿も確認できた。

 「こんなはずでは……!」
 どこからかリーダー格の男の怒声が聞こえる。彼は全身に泥や血のようなものを浴び、半ば狂気に駆られながら森の中心へ走っているようだ。周囲の作業員も、いつもの無言の作業服姿とは違い、焦燥をあらわにしている。事態はどうやら“コントロール不能”の段階に達したらしい。

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### 2. 組織の正体:古くから“封印”を継ぐ一族

 混乱の最中、俺たちはようやくリーダー格の男と正面から対峙する機会を得た。プレハブの脇にある広場で、今にも森の奥へ踏み出そうとする彼を呼び止めたのだ。杉山や長沼、牧野がそれぞれ気力を振り絞って囲むように立ち塞がり、真意を問いただす。中には、一度は闇バイトに加担していた新入りの若者や、俺たちに救出された人々の姿もあった。彼らもまた、リーダー格の男こそが“黒幕”だと直感している。

 「お前らは……封印を守るためにこんなことをしていたのか? 高額報酬で人を集めて、生贄に捧げるなんて……」
 杉山がカメラを構えたまま厳しい声で詰め寄る。するとリーダー格の男は、荒い息をつきながらもどこか誇り高く、そして絶望を纏った目で答えた。

 「俺は○○家の末裔……この土地を厄災から護るため、代々の当主が儀式を引き継いできた。一部の生贄を捧げなければ、封印は弱まり、森が闇に呑まれる。それは地元住民も含め、すべてを巻き込む災厄だ。……だからこそ、こうして“外の人間”を集め、厄を代替させていた。それだけのことだ」

 高額報酬という手段で不特定多数の若者を樹海に呼び寄せ、儀式の犠牲とする。なんとも非道で理解しがたい行為だが、それが彼の一族の“伝統”だったという。ところが、不特定多数を集めた結果、あまりにも多くの人間が森に入り、事態を余計複雑にしているのだろう。森の力が刺激されすぎて、リーダー格も手に負えない事態へと発展してしまったのだ。俺たちが考えもしなかった“古き呪術”が、こんな形で現代に生き残っていたとは……。

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### 3. 崩壊する地下施設:瓦礫に閉じ込められるメンバー

 このとき、地下施設のほうから雷鳴のような爆音が轟き、地面が激しく揺れた。リーダー格の男が「ああ……もう時間がない!」と悲鳴じみた声をあげ、森の奥へ駆け出していく。彼を引き留める間もなく、巨大な音がこだまする中、俺たちの耳には“バリバリ”“ドサッ”とコンクリートが崩落する音が重なって響いた。どうやら旧研究所が限界を迎えているのだろう。

 実は、そこにはまだ**主人公(俺)**が閉じ込められたままだった。あるいはメンバーの中で誰かが取り残されているかもしれない。必死で連絡をとろうとするが、通信機にはノイズしか返ってこない。全員が顔面蒼白になる。仲間を見捨てるわけにはいかないが、ここで下手に地下へ向かえば自分も生き埋めになる恐れがある。森は刻一刻と闇に侵されており、全方位が絶望に染まるような感覚に襲われる。

 震動でプレハブすら傾きはじめ、荒れ狂う風が林を削る。逃げ遅れた作業員や生贄候補たちが右往左往し、悲鳴があちこちで上がる。このカオスの只中で、取材班は“誰を助けるか”という究極の判断を迫られる。

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### 4. 幻影との戦い:樹海が見せるトラウマ

 突如として霧の濃度がさらに高まり、視界が一気に白濁する。空気は冷たく、耳鳴りのような高周波音が頭を締め付ける。すでに闇バイトの組織云々を超え、森そのものが意志を持ち、人間の心を攻撃しているかのようだ。遠くにいる杉山の声が聞こえたと思った瞬間、目の前に“別の人物”が立っているように見える。彼は静かに口を開いて、「……おまえを責める者がいるだろう?」と言う。

 まさか、これは俺の亡き父親……? そんな馬鹿な。だが、その面差しや服装はまさに父親そのもので、昔の恨み言をぶつけるかのように非難の言葉を投げかける。「お前は無力だ。結局は誰も救えない……」——その声に耳を塞ごうとしても、幻影は消えない。周囲には同様の現象が起こっており、杉山は亡き親の声を聞き、長沼はかつて犯した職場での失敗や、傷つけた人々の幻を見て錯乱しかける。牧野も「私のせいでみんなが……」と一人呟き、膝をついてしまう。

 樹海が見せる“幻影”は各々のトラウマを抉り出し、絶望へ誘う。リーダー格の男もまた別の幻と対峙しているのか、狂ったように何かを振り払おうとしている姿が遠くにちらりと見えた。これは森の“厄災”の力が完全に目覚めた証左だろうか。とにかく、このままでは全員が精神的に崩壊しかねない。俺は必死に仲間たちを呼びかけ、「これは幻だ! 信じるな!」と声を枯らす。

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### 5. 救済の道:住職の助言

 「皆さん、しっかりしてください!」
 そこに不意に聞こえたのは、どこか懐かしい落ち着いた声——**あの住職**だった。彼はどこからともなく姿を現し、まるで吹き荒ぶ風の中をものともせずにこちらへ歩み寄ると、白い法衣のようなものを身に纏いながら数珠を握りしめていた。震える声で「古い結界を起動させるときが来たようです……」と呟き、胸に抱えた経典を広げる。

 彼によれば、この地域の寺社は古くから“結界”の片端を担っており、万一封印が解けかかったときは儀式を補助する使命を帯びていたという。つまり、リーダー格の男とは別の系譜で封印を護ってきた立場の人間とも言えるのだろう。自らも危険を顧みず森へ入ってきたのは、封印崩壊の予兆を察していたからに違いない。

 住職は荒ぶる風を物ともせず、声を張り上げて古代の経文を唱え始める。その節回しは聞き慣れた仏教のものではなく、古文書に書かれていたような呪術的な響きを含んでいた。すると、俺たちの周囲に漂っていた白い霧がわずかに後退し、幻影の輪郭がぼやけて消えゆく。杉山も長沼もハッと息を吹き返し、牧野も正気を取り戻すように頬を叩く。

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### 6. 行方不明者の集団出現:半ばゾンビ化した者たち

 しかし、幻影が収まったかと思った刹那、新たな悲鳴が上がる。「あれ、何だ……?」と作業員の一人が指差した先に、人影の集団がゆっくり森の奥から姿を見せていた。遠目には普通の人間に見えるが、その動きはどこかぎこちなく、身体のバランスを崩したままフラフラと徘徊している。そして近づくにつれ、彼らの瞳が虚ろで、生気を失った青白い肌をしているのが分かった。

 「まさか……失踪者たち?!」
 俺たちが目を凝らすと、そこには確かに見覚えのある顔がいくつも混じっている。ネットで行方不明届けを出した人の写真で見た者もいるし、闇バイトの新入りとして連れ去られた若者も含まれているかもしれない。しかし、彼らは意思を失ったかのようにフラフラと歩き回り、ときおり呻き声を漏らすだけ。まるで魂を抜かれたゾンビのように見える。

 杉山が恐る恐る声をかけ、「大丈夫か、返事をしてくれ!」と叫ぶが、彼らは一切反応を示さない。代わりに、湿った土の匂いと血のような鉄臭さが周囲に充満し、森の一部になりつつあるかのような感覚が走る。どうやら、この厄災が高まる過程で行方不明者たちの身体だけが解き放たれた形らしいが、精神は蝕まれ、元に戻れない状態にあるのだろう。住職は眉をしかめ、「急がねば、これ以上被害が広がる」と言い放つ。

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### 7. 因縁の対峙:リーダー格との衝突

 そのとき、森の中からリーダー格の男が姿を現す。彼もまた幻影に苛まれたのか、髪は乱れ、目は血走っている。まるで理性の最後の砦を必死に守っている風だ。彼は住職の姿を見とめると、「来たか……遅いんだよ」と嘲りを含んだ声を発する。どうやら二人には何らかの因縁があるのかもしれない。住職は毅然とした態度で「あなた方のやり方は本質を見失っている。生贄の強行は禁じられたはずだ」と返す。

 リーダー格はフッと笑い、「黙れ。生贄なしに封印など維持できるものか。そうやって偽善を唱え、結果として封印を弱めてきたのはどこのどいつだ」と言い捨てる。どうやら彼は、この土地を護るためには“犠牲は仕方がない”という姿勢を崩さず、住職のやり方を「甘い」と否定しているのだ。
 そこへ俺たち取材班が割って入り、「だが、こんなやり方はあまりにも非人道的だ」と非難する。カメラを向けて、「あなたが人を殺してきたんだろう? こんな蛮行、許されると思うな!」と杉山が声を張り上げると、リーダー格は鼻で笑う。「お前たちなど、生贄の代わりにしてやる。嫌ならとっとと逃げるんだな。しかし、どこへ逃げても森がお前らを呑み込むさ」と。そしてとうとう短刀を抜いてこちらへ向き直る。

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### 8. 最終的な封印作業:石碑を繋ぎ、古の術式を完成させる

 一触即発の状態に、住職は低い声で「今は争っている場合ではない」と諭す。リーダー格が殺意をむき出しにするなか、森全体はさらに振動を強め、遠方の空が稲妻のように走り回る。結界を修復するためには、石碑を巡り紋様を繋げ、祭具を用いて古の術式を完成させるしかない——住職がそう断言すると、リーダー格も苦々しく眉をひそめ、「ならば少しでも急げ。俺は俺のやり方で進めるがな」と憎まれ口を叩く。

 こうして奇妙な合意が成立し、住職を中心に結界の修復が始まる。石碑は樹海の数カ所に点在しており、各地に刻まれた紋様をつなぎ合わせて、大きな円環を森の中に形成することで封印を再構築するらしい。俺たち取材班も住職に言われた通り、霊符や祭具を運ぶ役目を担う。杉山と長沼は、途中で行方不明者たちや負傷した人々の救助にも追われながら、「もう時間がないぞ!」と声を掛け合う。牧野は撮影と記録を試みながらも、時々めまいを起こして倒れ込みそうだ。

 そんな中、崩壊した地下施設に閉じ込められていた**俺(主人公)**は、かろうじて瓦礫の隙間を抜け出すことに成功していた。皮肉なことに、ロッカーに保管されていた古いフィルムや文献を持ち出すことには成功したのだが、身体には打撲や擦り傷が絶えず、右腕を痛めてロクに力が入らない。地上へ這い出ると、凄まじい光景が視界に飛び込んできて、思わず言葉を失った。木々が血の涙を流し、空は紫色に渦巻き、うめき声や悲鳴がそこかしこで混ざり合っている。自分がどこにいるのかさえ一瞬わからないほどだ。

 やがて住職や杉山たちと再会できたとき、初めて俺は深い安心感を得た。だが、状況は一刻を争う。ともに祭具を石碑の根元へ運び、住職が経文を唱えて刻印を繋いでいく。しかし、この工程は何度も“怪異”に阻まれた。幻影が急に現れて祭具を吹き飛ばし、倒木が轟音とともに崩れて道を塞ぐ。リーダー格や作業員が必死に防ごうとするものの、成功率は五分五分にも思えない。

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### 9. 決断の時:悲壮な選択

 ついに結界をほぼ完成させる段階までこぎ着けた。住職の経文に呼応するように、森のうめきが一瞬弱まる。視界には崩れかけたプレハブと、血の涙を垂れ流す木々、そして幽鬼のように彷徨う失踪者たちが薄闇の中に立ち尽くす姿が映っている。ここで封印を復活させれば、厄災は再び地中深くに封じられる……はず。しかし、最後の工程で住職が厳しい表情を浮かべる。

 「やはり……完全な封印には生贄が必要になる。古文書にもそう記されているのです。誰かが“人柱”となり、結界の中心に己の命を捧げねばならない……」

 そこへリーダー格の男が割り込んできて、「そうだとも。だからこそ、俺たちは闇バイトで外の連中を集めていたのだ。だが、お前たちが横槍を入れ、事態をめちゃくちゃにしてしまった。もはや生贄の予定も狂ったままだ! ならば、お前たちが犠牲になれ……!」と鋭い目を向ける。

 取材班は一瞬、身を硬直させる。確かに、その理屈でいえば、人柱が不可欠という状況だ。俺たちはそれを許すはずもないが、現実には今にも森が崩壊し、厄災が完全に溢れ出す瀬戸際だ。誰かが身を捨てなければならないのか……。絶望の沈黙が訪れるなか、**一人のメンバー**がゆっくりと手を挙げた。

 「……ここまで来て、みんなを捨てるのは無理だ。私がやる。家族や仲間がこれ以上苦しむのは見たくない……」

 それが誰だったか。あるいは、わざと曖昧にした方が物語としての衝撃は強いかもしれない。だが確かなのは、そのメンバーが真剣な眼差しで住職に合図し、自分の命を捧げる覚悟を決めたことだ。リーダー格もその様子を目の当たりにし、「フン、つまらんヒロイズムだな」と吐き捨てながらも、どこか戸惑いの色を浮かべていた。その図々しい態度に怒りを禁じ得ないが、森の咆哮は待ってくれない。もはや時間切れが近い。

 住職がそのメンバーの手を取り、石碑の中央へ案内する。そこには暗闇に浮かぶ魔方陣のような紋様が描かれており、その上で“人柱”になる者が跪く形になる。周囲では杉山や長沼、牧野、そして俺が必死に止めようとするが、そのメンバーは笑みを浮かべて「大丈夫、きっと帰ってくる……」と口にする。その言葉に何の根拠もないが、崩れそうになる心を支えてくれるような響きがあった。

 リーダー格の男は短刀を持って近づき、「ならば、俺がその役目を……」とつぶやくが、その意図が何なのか——生贄の儀式を執行したいのか、あるいは自分が代わりに捧げられようとしているのか——掴みきれない。一方、住職は経文をさらに高らかに唱え、木々の軋む声と空の唸りが重なる。まるで世界が一瞬停止したかのように、全ての音がシンクロする瞬間が訪れる——。

 次の瞬間、凄まじい閃光が森を覆いつくし、雷鳴にも似た衝撃音が大地を揺るがした。目を開けていられないほどの光が瞬いて、意識が飛びそうになる。森の奥底から何か巨大な影が絶叫し、そのまま地中へ沈んでいくような感覚があった。空気中の霧がビリビリと震え、遠くで何かが砕け散るような残響がこだまする。
 「……封印は……間に合ったのか?」
 俺たちはまだ何も見えない白い闇の中にいた。仲間の呼び声が耳の奥で反響し、誰が誰の手を掴んでいるのか分からない。生きているのか、死んだのかさえ判別がつかない。だが、薄れる意識の奥で、確かにメンバーの声が聞こえた——「ありがとう、さよなら……」。

 そして闇が落ち、世界が静寂に包まれる。樹海の厄災は果たして再封印されたのか。それとも完全に解き放たれたのか。リーダー格の男はどうなったのか。生贄となったメンバーは——。すべての謎を抱えたまま、**第6章**の幕はゆっくりと下りていく。ここまでの地獄絵図が一体どのような結末を迎えるのか、次の章でいよいよ明かされることになるだろう。