「____あ、(おと)っ!!大丈夫??」

目が覚めたときには、彼女の顔が目の前にあった。



「‥‥‥‥つめた」おでこには、いつの間にか濡れたタオルハンカチが置かれていて。




「よかったぁぁあ!!おと、死んじゃったかと思ったぁあ!!」


「生きてるよ‥‥‥‥」おかげで、僕の具合の方は少し落ちついたらしい。


「ほんとっ??死なない??」


「走っただけで死ぬわけないでしょ」


「よがっだぁぁああ〜!!」と抱きついてくる。


「ぐふっ‥‥‥‥!!」強烈なタックルが、起き上がりかけた身体を揺らす。病み上がりには厳しい。




「それにしても、びっくりしたぁ。(おと)、あんなに遅いんだもん」


「悪かったね、遅くて」近くの自販機で買った水に口をつける。


「どうやったらあんなに遅く走れるの?」


「それは僕のセリフなんだけど‥‥‥‥」
 

「響、おじいちゃんみたいでびっくりしたぁ!!」そんなことを全く悪気なく言うのだから、いるかの周りは相当大変だろう。


「おじいちゃん、ねぇ‥‥‥‥」


「わぁぁあ!!ごめんごめんっ!!変な意味じゃなくって!!」


「分かってますよ‥‥‥‥」



僕だって、平均的な筋力くらいはあるはずなんだけど____いや、それもむしろ普通ではないのかもしれない。
スポーツ強豪の【普通レベル】は一般的なそれとはだいぶかけ離れている。

おかげで、僕を含めたあまり運動しない一部の人間は、大きく遅れを取ることになるのだ。
スポーツで鍛えた人間に比べたら、僕はおじいちゃんで間違いないと思う____現に、スポーツは苦手だし。



「あっ‥‥‥‥、おじいちゃんじゃなくて、小人さんの方がいい?」


「‥‥‥‥なんか余計に傷つく」なんでだろう。


「ごめん」


「いいよ。遅いのは事実だし、運動してないから」言ってて悲しくなってくるな。




「____これ、いるかの?」僕のおでこに乗っていたタオルハンカチは、東屋の手すりで乾かしている。


「うんっ!!そう!!かわいいでしょー!!」いるかの刺繍がついてるんだよ!!と教えてくれる。


「____ほんとだ」言われてみると、端の方に白い刺繍が見えた。


「小さい頃行った、水族館のおみやげ!!」


「へぇ‥‥‥‥」水族館か。小学校に上る前に行ったきりで、もう10年くらい経つ。


「ありがとう、看病してくれて」


「えっ!!ううんっ!!そんなそんなっ!!私がいっぱい無理させちゃったからだし‥‥‥‥‥!!」


「もう大丈夫だよ」おかげで、だいぶ回復してきた。


「ほんとっ!!?よかったぁ〜」へにゃ、と笑って、背もたれに身を預ける。


「響、本当に死んじゃうかと思ったぁ‥‥‥‥」彼女は彼女なりに、とても心配してくれていたみたいだ。


「この刺繍、いるかに似てるね。白くてきれいだし」


「えっ?」


「え?」僕、なんかまずいこと言ったかな。


「あ、‥‥‥‥なんか、そんなふうに言われたの初めてで」恥ずかしいなぁ!!もぉ!!と顔を隠している。




「‥‥‥あっ、流れ星」


「えっ!!どこ!!どこ!!」


「‥‥‥‥‥嘘」


「えっ!?ひどい!!」


「でも、そろそろ星が見えるよ」上の方に、よく目を凝らすと分かる。


「どこっ!!どこ!!」


「ほら、あそことか____」


「これ?あっ、こっちかな!!」


「いるか、僕の手動かしたらズレちゃうでしょ」


「そっか!!うーん‥‥‥‥?あ、あれか!!」こっちにもある!!といくつか見つけている。少しずつ慣れてきたみたいだ。




(おと)!!あれ、なんの星?」


「分かんないや。今、星座盤持ってないし」それに、一部だけじゃ分からない。


「アプリとかないの?」


「うーん、あるけど‥‥‥‥僕、なるべく空しか観たくなくて」



夜だと、スマホ画面の光で星が見えないことがよくある。室内だと特に。

星の撮影会なんかは、光の持ち込みが禁止だし。
嫌っているわけじゃないけど、天体観測のときは自然に見なくなったかもしれない。



「でも、光がなかったら、暗いしなにがあるか見えないよね?」


「僕、ちょっとだけ夜目が効くから」



僕の言葉に、「ふーん?」と興味なさげに返事をして、横でスマホをスクロールしている。

ちらっと見えた写真フォルダの中に、僕の鼻を摘んでるのがあったんだけど、見ないふりをしておく。



夜目が利く____なんて、そんなに大したことじゃないけど。昼は太陽が眩しすぎるし。
でも、だからこそ、もっとよく星が見える。


碧い瞳なのは親譲りなんだけど、親からはクォーターだって言われた。イギリスだったか、どこかの。
よく覚えてないけど、父さん____だった人の瞳は、僕と同じ碧色だ。




____ピロンっ♪


「あっ、ダウンロードできたっ!!」アプリ開くよぉ〜!!とわくわくした音が、近くで聞こえる。


「ねっ!!(おと)も!!一緒に見よ?」画面を覗くと、暗い画面に星空が浮かんだ。


「この開くところ、すんごく綺麗〜!!」ふわふわ、と僕のほっぺたに白が触れて、石鹸の香りがする。


「そうだね」少しして、画面には【カメラを向けてください】の表示が出た。


「おっ?これでできるのかな?」東屋から出て、彼女が手よりも大きなスマホを、夕空にかざす。


「よく見えるね‥‥‥」



いるかに聞かれた光は、ペルセウス座の一部だったらしい。

この時間はまだ太陽の光が強いから、星が出ても望遠鏡が使えなかったのに。



「うわー!!すごいすごい!!いっぱいあるよー!!」画面を見ようとする僕の横で、あちこちにスマホをかざしている。


「ちょっといるか、倒れるって‥‥‥」ぶんぶんと立ったまま両腕を振り回して、身体ごとぐるぐる回る。


「そんなことないっっ!!____わぁ!!」ズザザ、と砂で滑って後ろに倒れそうになるのを、咄嗟に支えた。


「____あっぶな」後ろから抱きしめる感じになってしまったけど、勘違いしないでほしい。




「ほら、言ったでしょ‥‥‥」思っていたよりも柔らかい髪の感触と、細い肩にびっくりする。こんなに違うのか‥‥‥。


「んへへぇ‥‥‥‥ごめんね?ありがと!!」


「僕がやろうか?」


(おと)だと、私が背伸びしても見えなくなっちゃう‥‥‥」それもそうか。僕といるかは、立ったままだと身長差がありすぎる。


「座ればいいんでしょ」



僕がしゃがむと、「それならいいかも!!」と横にくっついてくる。

見晴台と東屋以外なにもない公園に、ベンチでもないところでしゃがんで空を眺めているのは、なんだかとても新鮮で。



「うさぎ座だってぇ、可愛いぃ‥‥‥‥おわっ!?(おと)!!いるか座だってぇ!!」


「くじら座もあるんだよ」今いるかが見てるの、観測点をずらしたからもう少し先の星図な気がするけど、いいか。


「ええぇ、観たい!!どこだー!!くじら座ー!!」



またスマホを持ってぶんぶんと振り回している彼女を見上げる。

____夕方の天体観測も、結構楽しいかもしれない。