「‥‥‥‥」
____僕はまた、部屋の前で立ち尽くしていた。
いるかに部活の許可が出たことを知らせた次の日。
ルーズリーフで『天文部』とだけ書かれていたはずの看板は、いつの間にか段ボールの豪華な装飾になっていた。
「____あっ!!響!!部活!?部活になったのっ!?」ドアを開けると、僕より先に来ていた彼女が駆け寄ってくる。
「‥‥‥‥うん」
「きゃぁあ!!やったやったー!!ぶ・か・つー!!」
「____あの、非常に言いにくいんだけど」僕の言葉に飛び跳ねるのをやめて、こちらを見てくる。
「科学部と、合同です‥‥‥‥」
「‥‥‥‥ふぇ?」
「だから、科学部として、天体観測をすることになった‥‥‥‥って、いうか」
「えぇぇぇえ!?天文部じゃないのー!?」
「‥‥‥‥‥うん、ごめん」本当に。
「天文部ぅ‥‥‥‥!!」
「屋上使うには、所属してるのが5人以上じゃないとダメなんだって‥‥‥‥。部室もあるし、顧問の先生も科学部と一緒だから、管理しやすいって」
「そっかぁ‥‥‥‥」
「でも、科学部と別々に活動することは許可してくれたよ。部活と同好会なら、兼部できるし」同好会の申請用紙は提出して、許可自体はもらえている。
「うぅ‥‥‥‥‥、でも、屋上使えるってことだもんね!!」
「うん、そう」
「星が観放題!!」
「はは、観放題って‥‥‥‥」
「でしょっ!?」
「うん、まぁ‥‥‥そうだね」
「えっ、もしかして、まだなにかある‥‥‥‥?」
「_____実は」
「文化祭で、出し物をしなきゃなりません‥‥‥‥」
「えっ!?文化祭!?」
「そう、科学部ってことになってるから、部員も集めないといけないって」
「えええ、そんなぁ‥‥‥‥!!」
「僕たちだけじゃないんだから、次につなげないとって」
「んぅー‥‥‥‥!!」
「けど、一応は同好会なので、部費は出ません」
「えっ!?部費ないの!?部室あるじゃん!!」
「それはそれ、これはこれ」
「んぇえー!!けちー!!」
「いや、そもそも部費って、部活に出されるものだよ」
「____あっ!!それもそうかっ!!」立ち直りが早い。
「ねぇ、なにやるのっ?文化祭!!」
「それはまだ、決まってないです‥‥‥」
文化祭は9月。部活ごとの申請締め切りまでは3ヶ月ある。
最悪、そこまでになにをやるか決められていれば、あとは準備に充てられる。
他の部活と違って、活動時間には縛られないから、放課後の部活までの時間は図書室や自習室でいくらでも準備ができる。
「まだ時間あるし、なんとなく考えるくらいでいいんじゃないかな」
____とは言ったけど、そもそも趣味でやっていたことで文化祭の参加なんて考えてなかったから、正直なにも浮かんでこない。
「ん~とぉ、スペース・メイドカフェとか!!どうかなっ!!」
「なにそれ」
「宇宙服メイドだよ!!どうかなっ!!」かわいいと思うっ!!と白が揺れる。
宇宙服のメイドはどうかと思うけど、それを着てはしゃいでいるいるかの姿は、なぜかとても想像できる。
「天文部っぽいね」
「ねっ!!ねっ!!」
「響も!!メイドさんになろ!!」
「ぇ゙、僕‥‥‥‥?」
「だってぇ!!1人だけじゃさみしいじゃん?」
自分がフリフリのミニスカートを着ているのを想像する。
____無理だ。変な汗出てきた。
「____でもそれ、カフェだよね?」
「そうだね!!」
「分担はどうしようか‥‥‥部員、2人しかいないけど」
「そ、そうだね‥‥‥‥‥!!」
「カフェ、無理そうだね」
「他の部活に頼めば!!」
「カフェやりたいの?」
「なんかかわいいじゃんっ?」
「うーん」分からなくもないけど。
「‥‥‥だめ?」
「僕は料理できないけど‥‥‥‥いるか、できる?」
「えぇ?とーぜん、できない‥‥‥‥です、ごめんなさい」しょぼしょぼ、と小さくなる。
「じゃあカフェは無理か‥‥‥‥」
「んぅー、でもやりたいぃ‥‥‥‥!!」
「クラスの出し物もあるから、両立できる方がいいんじゃないかな。出店になるか教室になるかも、まだ分からないし」
「天文部は、ここでやるんだよね?」
「うん‥‥‥たぶん」そういえば、場所を確認してなかった。
「そっかぁー、んじゃ、あんまりおっきいのはできないねぇ」狭いし‥‥‥と室内を見渡している。
星を見るために消しているが、蛍光灯が古いので、点けてもそんなに明るくない。
教室より狭いのは確かだし、この場所で出し物をするなら規模は考えないといけないな。
____僕たち2人には、ちょうどいいけど。
「私、去年の文化祭出れなかったんだよねぇ」
「そうなんだ」こんなに賑やかで目立つ女の子、いたら絶対に気がつくはずだけど。確かに去年は見てなかった____そんな記憶だ。
「すんごい出たかったのにさぁ‥‥‥‥!!風邪引いちゃったの!!もぉ、おかげで部活もダンスも迷惑かけちゃうし‥‥‥‥!!」だから絶対!!今年は出るんだ!!と小さな拳を振り上げる。
「いるか、ダンス部だったの?」
「んーんっ!!チア部だよ!!
ダンスは、希望者のやつ出る予定だったの。3人だったから、大変だったろうなぁ‥‥‥‥」
「そうなんだ」なんとなく感じる動作の軽やかさは、そこから来るのかもしれない。
「今年は、絶対風邪引かない!!」
「だね」2人しかいないし、僕も気をつけないと。
「今日は、なに観るのっ?また流れ星っ!?」
「流れ星は、まだしばらく出ないかな。夏になれば流星群とかあるけど‥‥‥‥」
「流星群っ!?」きらきらきらきら、と瞳が反射する。
「わー!!観たい観たい!!流星群ー!!」
「ここからじゃ無理だよ、もっと開けた場所に行かなきゃ」そのときによって、観測できる場所も違うし。
「じゃ、遠征だね!!」
「遠征かー」そういえば、同好会でもそういうのは可能なんだろうか。一応、先生に聞いておこう。
「そういえば、いるかって何時に寝る?」
「え?ん〜、大体、21時半くらいかな??」
「早いね‥‥‥‥?」
「やめて!!小学生って言いたそうな目を!!」
「思ってたよりも早かったってだけ」
「なんもやることないから、寝ちゃおーってなるんだもん!!寝るの好きだし!!‥‥‥‥響は?」
「僕はまぁ‥‥‥‥日によるかな。観たい日は、午前3時とか」
「えっ‥‥‥‥!!」ありえないそんなの!!と表情が言っている。
「ひどいなぁ」
「思ってたよりも遅かったの!!」ちゃんと寝て!!と釘を刺される。
「いつも、23時くらいには寝るけどさ」
「そ、そぉなんだ‥‥‥‥」
「そんなにホッとしなくてもいいじゃんか」
「だって!!全然寝てないじゃんって思ったんだもん!!」
「そのときだけね。早めに寝て、アラームかけて起きたりとかして」それも、キャンプのときとかだけど。
「それなら、私にもできそうっ!!」
「いるかは、すぐ寝ちゃいそうだね」
「そんなことないよ!!‥‥‥‥もしかして、そんな時間まで学校にいるなんてことは」ぞぞぞぞ、と顔色が悪くなっていく。睡眠時間は譲れないらしい。髪も肌も白いのに、顔色は悪くなるんだな、とぼんやり考える。
「それはないよ。遅くても、20時には切り上げるから」それも、この部室での話だ。屋上だともう少し時間を早めないと、職員室が閉まってしまう。
「そっ、そっか。それなら、大丈夫!!部活のときもそのくらいだったし」
「あと、場所を変えることも考えてるんだ」
「学校じゃないってこと?」
「いくつか、星が見えるとこ知ってるから」
「えっ!!!!行きたい行きたい!!!!」きらきらが、また僕の眼前に迫ってくる。まぶしい。
「____そのときになったらね」
「やっっっったぁ〜〜!!!!」ぴょんぴょん、と髪が揺れる。
「そこで観れるの、楽しみにしてる!!」
「____うん」こんなに嬉しそうにされたら、すぐにでも行きたくなる。
「いるか」
「んっ?なに?」
「今日、夕焼けきれいだし、ここで解散にしようか」
「えっ!!やだやだ!!まだ一緒がいい!!」カシャン、と望遠鏡を片付け始めた僕の足元から、星空が見上げてくる。
「‥‥‥‥小学生」
「うるさい〜!!」
「別に、部室だけが、活動場所ってわけじゃないしね」



