碧と春    【ボカデュオ2025『 Azulight 』  原案・原作】





「‥‥‥‥‥なに、これ」



____放課後。いつもの部屋の前。
クラスの質問攻めで疲弊した僕は、いつもより早くここに来ていた。

階段を上がり、鍵を開けようとポケットからそれを取り出した先で待っていたのは、A4サイズのルーズリーフに大きく書かれた『天文部』の文字。その周りにはきらきらの装飾まで。

丸い文字。もちろん僕のじゃない。
というか、その証拠に、ここには今までなにも張り紙はしていない。



カチャン、とドアを開けかけたところで、後ろから「あー!!!!如月くんっ!!」と声がかかる。


「‥‥‥‥なに」そんなに大声出さなくても聞こえてるって、と振り返った先には、あの夜と、昼休みの____白い髪の彼女が。




「みたっ!?」


「なにを」


「看板!!作ってみましたぁー!!かわいいでしょーっ!!」


「要らないよそんなの。あとで剥がすよ」部室じゃないし、と中に入る。


「ぶぇー、なんでぇー!!」


「先生に部活の許可もらってないし、そもそも僕1人なんだから、許可どころか部活申請通らないし」言いながら、中に入る。


「んぇ、でも、鍵」


「先生権限でどうにかしてくれただけ」


「えっ、如月くんて、そんな頭いいのっ!?」


「そんなわけないでしょ」


「もしかして、先生とヒミツの関係‥‥‥とか?」


「なにもないよ。授業で星の話を聞いたとき、説明がやけに詳しかったから、勉強ついでに聞きに行っただけ。話の流れでそうなったの」ヒミツの関係ってなんだろう。


「先生に話聞きに行くとか、優等生すぎー!!」


「いや、ただの興味本位‥‥‥‥」やけに声が遠いなと思ったら、ドアを開けたまま立っていた。


「‥‥‥‥?どしたの?」


「なんでそんなとこいるの。入っていいよ」


「えっ、いいんだっ!?」やったー!!と飛び跳ねてから、丁寧に靴を脱いで隣に駆け寄ってくる。




「ねっ、ねっ、なにするのっ!?」


「なにもしないよ」


「なにもしないの!?」しおしお、と白が寂しそうに揺れる。


「だってまだ明るいから。星が出るには早いし」少なくとも、あと1時間はかかる。


「そっかぁ、そうだよねぇ‥‥‥」


「なんでついてきたの」


「やりたかったから!!一緒に!!部活!!」そういえば、渡すものがあったんだっけ‥‥‥とリュックの中を(まさぐ)っている。なんだか嫌な予感がする。




「はい!!これっ!!」笑顔と一緒に出てきたのは、部員申請用紙だった。ご丁寧にフリーコメントまで。


「夕凪、いるか‥‥‥‥」



確かそんな名前だったな、と思い出す。今まで忘れてただなんて、口が裂けても言えない。

視線を感じて見てみると、きらきらの視線が突き刺さる。



「はいっ!!夕凪いるかです!!部員にして下さい!!」


「なんか、すごく‥‥‥‥芸能人みたいな名前だね」どっかで聞いたことあるような気もするけど。


「本名だよ?‥‥‥あっ、信じてないでしょー!!学生証あるよ!!」どこからともなく、生徒手帳を出してくる。


「ほら!!」と見せられたカードには、写真と『夕凪いるか』の文字。


「ねっ、本名でしょ?」


「‥‥‥そうだね」


「そこはもっと驚いてよー!!」


「驚くっていうか‥‥‥‥音の響きがいいなぁって思った」


「えっ‥‥‥‥そっ、そぉかなぁーっ!!」分かりやすく照れている。



フリーコメントには、『一緒に星が見たいです、遠征にも行きたいです』と書いてある。
遠征って‥‥‥‥まぁ、山とか、キャンプみたいなものだろうけど。部活でもないし、難しいだろうな。

____星が好きなのは、どうやら本当らしかった。
そのことが知れただけで、いくらか頬がゆるむ。



「あっ、あと、これも渡すんだった!!」彼女のリュックから、もう一枚紙が出てくる。

『部活動申請用紙』と書かれたそれには、夕凪いるかの名前と、僕の苗字だけが載っていた。



「生徒会に行ったんだけど、3人以上じゃないと部活申請できないって言われたから‥‥‥」


「まぁ、そうだね?」


「でも、屋上使いたいし‥‥‥今、ダンス部が申請してて、聞いたら、部活だったら屋上の使用許可出るって言われて‥‥‥‥」


「屋上か‥‥‥‥」たしかに、ここじゃ角度的に見られるものが限られるし、屋外のほうがいいかもしれない。


「誰か声かけて、名前だけ書いてもらえば‥‥‥って思ったんだぁ、だめかな?」


「幽霊部員がすごいって、この間文芸部が潰されたしな‥‥‥」そもそも、部活の人数は生徒会が把握しているから、最初から嘘を吐くのはどうなんだろうか。


「やっぱ、そうだよねぇ‥‥‥‥」ぱん、と手を叩いて、「まぁともかく!!」と続ける。


「如月くんも、ここに名前書いて!!」


「‥‥‥‥えぇー。でも僕、ここの方が」しかもちゃっかり部長の欄にされてるし。


「屋上使えるよ?もっと広いよ?いっぱい見えるよぉー??」


「‥‥‥‥ぅ」そんな甘い言葉に誘われるわけ____。





「はいっ!!お名前いただきましたっ!!」


「‥‥‥‥負けた」誘惑に。


「まぁまぁまぁまぁ!!そんな悲しくなんないで?これで星がいっぱい見れるんだからー!!」


「夕凪さんの方がノリノリじゃん‥‥‥‥でも、まだ人数揃わないから部活申請できないし、1回先生に確認しとかないと」



天文部なら屋上を使う時間が遅くてもいいし、もしかしたら‥‥‥‥という期待は、持っていてもいいかもしれない。

そもそも、鍵と部室の件だけでもかなり優遇されている方だし、これ以上は難しい‥‥‥‥という可能性の方が高いけど。



「そうだね、部長!!お願いしますっ!!」


「いやだから、僕は部長じゃないって‥‥‥」


「んじゃ、これからよろしくねっ、ひびき!!」


「え?」


「‥‥‥‥えっ?」


「ひびきって誰?」


「えっ、ひびきでしょ?如月くんの名前!!」そう言って、部長の欄に書かれた『如月 響(僕の名前)』を指す。


「うん、まぁ、そうだけどさ‥‥‥‥」漢字は。


「ほら!!ひびき!!」


「だから違うって」


「えぇ~、じゃぁなに?なんて読むの?」


「なんでしょう」


「うーん、‥‥‥ふぬぬぬ〜!!」ぐるぐると表情が変わっていくのがおもしろい。


「当てたら部員にしてあげよう」


「えっ!!ずるい!!」


「勝手に張り紙したんだから、相応の報いだと思う」


「そっ、そんな‥‥‥‥漢字苦手なのにぃ!!」私、現国の成績が1番下なのにー!!と悶えている。やっぱり面白い。





そのうち暗くなってきて、青く染まった空に星が浮かんでくる。

今日は久しぶりに月でも見てみるかな、と思いながら、レンズと望遠鏡の角度を調整する。

横では、彼女が白い髪を左右になびかせながら「ひびき!!‥‥‥‥いや違う、でもひびき!!」と僕の名前と格闘していた。



「ねぇ、ひびきー」


「ひびきじゃありません」


「んぇぇ‥‥‥‥教えてよー」


「もーちょっと考えたらね」


「うーん、響っていう漢字、他にあったかなー‥‥‥‥『キョウ』とか?でも、それだとしっくりこないー!!ひびき、いやだめ、でも、やっぱりひびきー!!」


「がんばれがんばれ」


「いじわる!!もー考えんの疲れてきたー‥‥‥‥漫画読みたいー!!」


「漫画?なに読むの」


「決まってるじゃん!!少女漫画だよ!!」決まってるじゃん、なんて言うから、有名なタイトルが来るのかと思ったけど。彼女の回答は僕の斜め上を飛んでいく。


「少女漫画‥‥‥‥」全然分からない。


「あー!!今、少女漫画読むとか子供だって思ったでしょー!!」


「思ってないよ。僕も少年漫画読んでるし」


「えっ、そーなの?」


「そうだよ。好きだから読んでるんだし」   


「そっかぁ。うーん‥‥‥‥おすすめなのは、玉響(たまゆら)の騎士とかかなー、あっ!!玉響!!『ゆら』とか!?」


「惜しいね」近いけど。


「ゆらじゃないのー? ゆら、かわいいと思うなー? 如月 (ゆら)‥‥‥‥どうだ!!」


「改名禁止」


「だめかぁ~!!」


「あはは、ありがとう」


「如月くん、おもしろがってるでしょー!!」


「うん、おもしろいもん」


「ちょっとー!!」




「こっちもおもしろいから、よかったら見てみて」望遠鏡から身体を遠ざける。


「えっ、使っていいの?」


「角度は調整してあるから、そのままにしといて」


覗き込んだ彼女が、「うわぁっ!!」と声を上げる。髪の毛まで跳ねてる。


「めっちゃくちゃ綺麗〜!!‥‥‥‥見てていいの?」


「いいよ」


「やったー!!うわぁ、こんなに大きいの、テレビでしか見たことないよ‥‥‥‥!!」すごぉい、光ってるぅ‥‥‥!!と熱心に覗き込んでいる。


「この時間だと、まだ星観るには早いから」


「望遠鏡いいなぁ、私も買おうかなぁ‥‥‥‥!!」


「‥‥‥‥高いよ?」


「ぅ゙‥‥‥‥やっぱ、ヤメトコッカナー」


「諦めんの早すぎ‥‥‥」棒読みだし。


「笑わないでよー!!」


「あは、ごめん、おもしろくて‥‥‥‥」


「んも〜‥‥‥」結局、名前教えてくんないじゃん、とひとりごちる。




「僕の名前、女の子みたいだから、あんまり言いたくないんだけどさ‥‥‥」


「ひびきじゃないもんね?」




「うん。____『響』って書いて、『おと』って読む」




「____えっ!?キラキラネーム!?」


「夕凪さんに言われたくない」


(おと)ってことは、音楽好きなの?」


「うーん、どうだろう。あんまり聞いたことないや」両親も、音楽やってるわけじゃないし。


「『おと』って、いい名前だねぇ。ずっと呼びたくなる」


「‥‥‥‥‥っ」さっき、夕凪さんのことを分かりやすく照れてるなんて言ったけど。確かにこれは、照れる‥‥‥かも。