碧と春    【ボカデュオ2025『 Azulight 』  原案・原作】






____8月9日。

お祖母ちゃんの快気祝い、ということだったけど、5月ではなかったからか、前よりも親戚の人数が多い気がした。



僕は2年ぶりくらいだったから、「(おと)ちゃん大きくなったねぇ」と言われて、少しくすぐったかった。

お祖母ちゃんが僕の親と話し込んでいる間に、「彩葉さん」を探してみる。
____とはいえ、別に大きいお屋敷でもないので、平屋の家を散策してそれとなりにすれ違う親戚たちを見ていれば、恐らく会えるだろうと思っていたんだけど。



____全然わからない。

小さい人、と聞いていたけど、なかなか見つからないどころか、僕の背が高いせいでみんな「小さい人」なのだった。

「背が高くなったね」と通りかかる親戚の皆さんに言われたくらいだ。



そのまま「彩葉さん」は見つからず、すぐに昼食の時間になった。
夏休み真っ只中ということもあって小さい子もたくさんいて、親が「どれがどの子なのか」と言っているのが分かるくらいに人があふれかえっていた。

「辰実ちゃんお久しぶり」と親戚の勧めるお酒を丁寧に断り、麦茶を飲んでいる親を横目に座る。







「あら、見つからなかったの?」


「うん」



少し離れたところで、お祖母ちゃんが「そこんところでねぇ、スッテーン!!と行っちゃったのよぉ」と豪快に笑いながら話しているのを聞いていると、
「あっ、いたわよあそこに!!」と肩を叩かれる。



「‥‥‥‥どこ?」人が多くてよくわからない。


「ほら、姉さんの隣に____」



叔母さんの顔はわかったのに、わざわざ横で「姉さ〜ん!!」と呼んでくれる。

そんなことしなくても、と目で訴えながら行こうとすると、すでに向こうから来てくれていた。



(おと)くん、お久しぶり」


「あっ、お久しぶり、です‥‥‥‥」ぺこ、と頭を下げる。


(おと)、人が多くてびっくりしちゃったみたいで」と、親が勝手に話し始める。
余計なことを言わないでほしい。


「____あ、よかったら、ここに座ったら?彩葉もいるし」





「‥‥‥‥‥」


「‥‥‥‥‥」




年齢近いんだから、と隣に座らされたはいいけど。

____なにを、話したらいいんだろうか。



わいわいと、お酒の匂いと笑い声と赤ちゃんの泣き声が入り混じるなかで、とにかく手をつけられるだけの食べ物を胃の中に詰め込んでいく。

隣を見るけど、彼女も食べるのに精一杯みたいだった。

もちもちと、小さい口の中いっぱいに詰め込んでいるのを見て、いるかみたいだな、と思ってしまう。







「‥‥‥‥ふぅ」


(おと)、食べられた?」


「‥‥‥なんとか」 



人数が人数だから、またたく間に料理が減っていって、まさに争奪戦だった。

食べ物よりも、この空気でお腹いっぱいになってしまって、早々に食事の席から離脱することにした。

兄弟姉妹がいると、こんな感じなんだろうかと思ってしまう。僕はひとりっ子だから、こういう場にはあまり慣れていない。

隣にいたはずの彩葉さんは、いつの間にかどこかに行ってしまった。






ちょっと外の空気を吸いたくて、縁側に出る。

きらきらと、外の日差しが柔らかく照らしていた。




「横、いいですか?」


「あっ、はい、どうぞ‥‥‥‥」





座って本を読んでいたその人に会釈をしながら座り、しばらくのほほんとしていた。

隣に座る彼女の髪が、着ているブラウスのオレンジ色を反射して綺麗だな、とぼんやり思った。


____5分くらい、経っただろうか。





「あ、あの‥‥‥‥」おずおず、と僕に話しかけてくる。


「?」


(おと)くん____ですよね、はじめまして」軽く会釈をしてくる。


「東雲彩葉‥‥‥‥‥です」


「‥‥‥‥‥あ」




言われて初めて、気がついた。

まさか、さっき隣りに座っていた本人だったなんて思わなかった。

食事のときは食べることに精一杯で、よく見れていなかったのもあるんだけど。




____髪の色が薄くって、小さくて、姉さんに似てる。

たしか、うちの親はそう言っていたけど。



 


「____全然似てない」



「?‥‥‥‥‥なにがですか?」



「あっ、す、すみません‥‥‥‥‥如月響(おと)、です」




はじめまして。と会釈をすると、彼女も返してくれる。

開いていたはずの本をいつの間にか閉じて、横に座っているのに、身体ごとこちらを向いてくれる。

さらっと、掻き分けられた髪から、耳が覗く。


  
「さっき隣にいたのに、すみませんでした」と言われてしまう。

へにゃっとした笑顔が癒やされる。





____彩葉さんはふんわりとしたショートカットに、丸い眼鏡をかけた、落ち着いた雰囲気の人だった。

背の高さは____たぶん、いるかと同じくらいだと思う。もしかしたら、もう少し小さいかも。



オレンジ色のブラウスに、アイボリーのサロペットを合わせている。

僕と1つしか違わないのに、大学生ってだけで、なんだか大人びて見えた。



叔母さんはうちの親と同じ顔をしているから、そんな感じを想像していたけど。全然違った。

僕より少し青い瞳の色が、僕を映す。






「あの‥‥‥‥‥?」


「あっ、すみません。なんか、緊張しちゃって」‥‥‥‥さっきから謝ってばっかりだな、僕。


「‥‥‥‥ふふ、私もです」彩葉さんの笑顔で、僕の緊張が少しずつ溶けてくる。




「あの、(おと)くんの連絡先‥‥‥‥うちのお母さん、登録しちゃって」


「僕も、姉さんがいいからって、勝手に」


「辰実さん、お母さんと似てるからなぁ‥‥‥‥」と苦笑する。


「よかったです、会えて。ずっともやもやしてたので」


「‥‥‥‥私も、言わなきゃ〜って、思ってました。(おと)くん、私のこと分からないだろうから、申し訳なくて」


「ですね」


「私も、あんまり来ないから。(おと)くんのこと、顔もよく分からなくて。‥‥‥‥会ってないのにメッセージするのも、違うかなって思ってたんです」



ふにゃふにゃした笑顔に癒されて、なんとなくいつもの調子に戻りつつあった。

なんだか安心できる、そういう雰囲気の人だ。

話しやすい。



「彩葉さん、は‥‥‥‥音に色が見えるんですよね」ちょっと迷ったけど、聞いてみる。


「そう‥‥‥‥です、ね」


「あっ、すみません、いきなりこんな質問で」


「‥‥‥いえ、大丈夫です」彩葉さんは足元に視線を彷徨わせてから、‎「変な人って、思いますよね‥‥‥」と口にする。


「なんだか不思議だな、とは‥‥‥‥思いました」うちの親も、ロマンチックだとか言っていた。


「ふふ、お母さん、おしゃべりすぎ‥‥‥」


「すみません」


「ううん。____多分、みんな知ってると思うので。平気です」私が言わなくてもお母さんがしゃべっちゃうから‥‥‥と呆れた表情をする。




「‥‥‥耳で聞こえたのって、どうやって色がわかるんですか?」


「‥‥‥え」


「あ、‥‥‥‥実は、友達が、生まれつき黄色と青しか見えない人で。‥‥‥参考に、なればって」


「あ、それで、連絡先‥‥‥‥」と納得した表情をする。




「僕、なんて答えたらいいのか、分からなくて。____すごく、大事なことを話してくれたのに」


「そうですか‥‥‥‥」彼女は少し考えて、
「見えるというより、感じるような‥‥‥‥そんな感じです。周りの色に、薄いフィルターがかかったみたいな。____私の場合は、ですけど」



彩葉さんのそれと、いるかの『赤が見えない』はだいぶ違うことだとは思うけど。

きっと2人とも、それぞれに僕の知らない世界を見て生きてるんだな、と思う。



「____あっ、でも、色は普通に見えるから‥‥‥ちょっと、違うかも」


「大丈夫です。参考にしたいので」


「‥‥‥‥」


「‥‥‥‥どうか、しましたか?」


「あ、ごめんね。黙っちゃった。____ちょっと、懐かしくなっちゃって」


「‥‥‥‥?」


「色、どんなふうに見えるのか聞いてきてくれたの、(おと)くんで4人目です」


「4人目」


「嬉しくて、つい数えちゃうんです‥‥‥。言われたことなくて」





(おと)くんの____大事な人、なんですか?」


「‥‥‥え」


「なんか、まっすぐで。すごく真剣だなって____」


「大事な、人‥‥‥‥‥」



僕といるかの関係を、なにかに当てはめたことはなかったかもしれない。

ただ空が好きで。星を見るのが好きで。一緒にいると楽しい____それだけだ。



「もっと一緒にいたいな、とは‥‥‥‥思います」


「そういうことを、いうんですけどね」と笑われてしまった。




「あの、他にも質問してもいいですか?」


「はい、どうぞ」


「彩葉さん‥‥‥は、音に色が見えることで、されたくないことはありますか」ちょっと失礼な質問だったかもしれない。




「今は、あまりないですけど」と前置きして、

「変な人だなって____離れて行ったり、いじめられたり、そういうのが怖いなって思ってました。
‥‥‥今は、もう大丈夫です。私を、《そのままでいいんだ》って思わせてくれる大事な人たちと、出会えたので」

 

「色のことは、大事な人にしか話してないんです」とも教えてくれる。

それだけ、信頼してるってことなんだと思う。








「‥‥‥‥優しいですね、(おと)くんは」


「え」


「傷つけないように、私に聞いてくれてるんですよね、きっと」


「‥‥‥‥」


「そういうの、すごく、嬉しいと思いますよ‥‥‥‥私はそういうの、嬉しかったので」


「私は(おと)くんのお友達のこと、知らないですけど。きっと、こうやって真剣に考えてくれるって‥‥‥‥信じたいんだと思います」





いるかはたまに、よくわからないことがある。

僕が聞くと「なんでもなーいっ!!」って、笑顔で返されることは、きっとそういうことなんだろうと思っていた。

隠して、話してくれないことなんだろうなって。____だから。




____ずっと、話そうって思ってたの。


____私、赤が見えないんだ。


____(おと)がだめってなったら、天文部やめる。(おと)の好き、取りたくないから。




だから。

なんだか、嬉しかった。

話してくれたことも、知れたことも。


____そうか。

そういうのを、言えばいいのか。





「彩葉さん、ありがとうございます」


____この答えは、僕がずっと前から知っていたことだったみたいだ。