____8月9日。
お祖母ちゃんの快気祝い、ということだったけど、5月ではなかったからか、前よりも親戚の人数が多い気がした。
僕は2年ぶりくらいだったから、「響ちゃん大きくなったねぇ」と言われて、少しくすぐったかった。
お祖母ちゃんが僕の親と話し込んでいる間に、「彩葉さん」を探してみる。
____とはいえ、別に大きいお屋敷でもないので、平屋の家を散策してそれとなりにすれ違う親戚たちを見ていれば、恐らく会えるだろうと思っていたんだけど。
____全然わからない。
小さい人、と聞いていたけど、なかなか見つからないどころか、僕の背が高いせいでみんな「小さい人」なのだった。
「背が高くなったね」と通りかかる親戚の皆さんに言われたくらいだ。
そのまま「彩葉さん」は見つからず、すぐに昼食の時間になった。
夏休み真っ只中ということもあって小さい子もたくさんいて、親が「どれがどの子なのか」と言っているのが分かるくらいに人があふれかえっていた。
「辰実ちゃんお久しぶり」と親戚の勧めるお酒を丁寧に断り、麦茶を飲んでいる親を横目に座る。
「あら、見つからなかったの?」
「うん」
少し離れたところで、お祖母ちゃんが「そこんところでねぇ、スッテーン!!と行っちゃったのよぉ」と豪快に笑いながら話しているのを聞いていると、
「あっ、いたわよあそこに!!」と肩を叩かれる。
「‥‥‥‥どこ?」人が多くてよくわからない。
「ほら、姉さんの隣に____」
叔母さんの顔はわかったのに、わざわざ横で「姉さ〜ん!!」と呼んでくれる。
そんなことしなくても、と目で訴えながら行こうとすると、すでに向こうから来てくれていた。
「響くん、お久しぶり」
「あっ、お久しぶり、です‥‥‥‥」ぺこ、と頭を下げる。
「響、人が多くてびっくりしちゃったみたいで」と、親が勝手に話し始める。
余計なことを言わないでほしい。
「____あ、よかったら、ここに座ったら?彩葉もいるし」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
年齢近いんだから、と隣に座らされたはいいけど。
____なにを、話したらいいんだろうか。
わいわいと、お酒の匂いと笑い声と赤ちゃんの泣き声が入り混じるなかで、とにかく手をつけられるだけの食べ物を胃の中に詰め込んでいく。
隣を見るけど、彼女も食べるのに精一杯みたいだった。
もちもちと、小さい口の中いっぱいに詰め込んでいるのを見て、いるかみたいだな、と思ってしまう。
「‥‥‥‥ふぅ」
「響、食べられた?」
「‥‥‥なんとか」
人数が人数だから、またたく間に料理が減っていって、まさに争奪戦だった。
食べ物よりも、この空気でお腹いっぱいになってしまって、早々に食事の席から離脱することにした。
兄弟姉妹がいると、こんな感じなんだろうかと思ってしまう。僕はひとりっ子だから、こういう場にはあまり慣れていない。
隣にいたはずの彩葉さんは、いつの間にかどこかに行ってしまった。
ちょっと外の空気を吸いたくて、縁側に出る。
きらきらと、外の日差しが柔らかく照らしていた。
「横、いいですか?」
「あっ、はい、どうぞ‥‥‥‥」
座って本を読んでいたその人に会釈をしながら座り、しばらくのほほんとしていた。
隣に座る彼女の髪が、着ているブラウスのオレンジ色を反射して綺麗だな、とぼんやり思った。
____5分くらい、経っただろうか。
「あ、あの‥‥‥‥」おずおず、と僕に話しかけてくる。
「?」
「響くん____ですよね、はじめまして」軽く会釈をしてくる。
「東雲彩葉‥‥‥‥‥です」
「‥‥‥‥‥あ」
言われて初めて、気がついた。
まさか、さっき隣りに座っていた本人だったなんて思わなかった。
食事のときは食べることに精一杯で、よく見れていなかったのもあるんだけど。
____髪の色が薄くって、小さくて、姉さんに似てる。
たしか、うちの親はそう言っていたけど。
「____全然似てない」
「?‥‥‥‥‥なにがですか?」
「あっ、す、すみません‥‥‥‥‥如月響、です」
はじめまして。と会釈をすると、彼女も返してくれる。
開いていたはずの本をいつの間にか閉じて、横に座っているのに、身体ごとこちらを向いてくれる。
さらっと、掻き分けられた髪から、耳が覗く。
「さっき隣にいたのに、すみませんでした」と言われてしまう。
へにゃっとした笑顔が癒やされる。
____彩葉さんはふんわりとしたショートカットに、丸い眼鏡をかけた、落ち着いた雰囲気の人だった。
背の高さは____たぶん、いるかと同じくらいだと思う。もしかしたら、もう少し小さいかも。
オレンジ色のブラウスに、アイボリーのサロペットを合わせている。
僕と1つしか違わないのに、大学生ってだけで、なんだか大人びて見えた。
叔母さんはうちの親と同じ顔をしているから、そんな感じを想像していたけど。全然違った。
僕より少し青い瞳の色が、僕を映す。
「あの‥‥‥‥‥?」
「あっ、すみません。なんか、緊張しちゃって」‥‥‥‥さっきから謝ってばっかりだな、僕。
「‥‥‥‥ふふ、私もです」彩葉さんの笑顔で、僕の緊張が少しずつ溶けてくる。
「あの、響くんの連絡先‥‥‥‥うちのお母さん、登録しちゃって」
「僕も、姉さんがいいからって、勝手に」
「辰実さん、お母さんと似てるからなぁ‥‥‥‥」と苦笑する。
「よかったです、会えて。ずっともやもやしてたので」
「‥‥‥‥私も、言わなきゃ〜って、思ってました。響くん、私のこと分からないだろうから、申し訳なくて」
「ですね」
「私も、あんまり来ないから。響くんのこと、顔もよく分からなくて。‥‥‥‥会ってないのにメッセージするのも、違うかなって思ってたんです」
ふにゃふにゃした笑顔に癒されて、なんとなくいつもの調子に戻りつつあった。
なんだか安心できる、そういう雰囲気の人だ。
話しやすい。
「彩葉さん、は‥‥‥‥音に色が見えるんですよね」ちょっと迷ったけど、聞いてみる。
「そう‥‥‥‥です、ね」
「あっ、すみません、いきなりこんな質問で」
「‥‥‥いえ、大丈夫です」彩葉さんは足元に視線を彷徨わせてから、「変な人って、思いますよね‥‥‥」と口にする。
「なんだか不思議だな、とは‥‥‥‥思いました」うちの親も、ロマンチックだとか言っていた。
「ふふ、お母さん、おしゃべりすぎ‥‥‥」
「すみません」
「ううん。____多分、みんな知ってると思うので。平気です」私が言わなくてもお母さんがしゃべっちゃうから‥‥‥と呆れた表情をする。
「‥‥‥耳で聞こえたのって、どうやって色がわかるんですか?」
「‥‥‥え」
「あ、‥‥‥‥実は、友達が、生まれつき黄色と青しか見えない人で。‥‥‥参考に、なればって」
「あ、それで、連絡先‥‥‥‥」と納得した表情をする。
「僕、なんて答えたらいいのか、分からなくて。____すごく、大事なことを話してくれたのに」
「そうですか‥‥‥‥」彼女は少し考えて、
「見えるというより、感じるような‥‥‥‥そんな感じです。周りの色に、薄いフィルターがかかったみたいな。____私の場合は、ですけど」
彩葉さんのそれと、いるかの『赤が見えない』はだいぶ違うことだとは思うけど。
きっと2人とも、それぞれに僕の知らない世界を見て生きてるんだな、と思う。
「____あっ、でも、色は普通に見えるから‥‥‥ちょっと、違うかも」
「大丈夫です。参考にしたいので」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥どうか、しましたか?」
「あ、ごめんね。黙っちゃった。____ちょっと、懐かしくなっちゃって」
「‥‥‥‥?」
「色、どんなふうに見えるのか聞いてきてくれたの、響くんで4人目です」
「4人目」
「嬉しくて、つい数えちゃうんです‥‥‥。言われたことなくて」
「響くんの____大事な人、なんですか?」
「‥‥‥え」
「なんか、まっすぐで。すごく真剣だなって____」
「大事な、人‥‥‥‥‥」
僕といるかの関係を、なにかに当てはめたことはなかったかもしれない。
ただ空が好きで。星を見るのが好きで。一緒にいると楽しい____それだけだ。
「もっと一緒にいたいな、とは‥‥‥‥思います」
「そういうことを、いうんですけどね」と笑われてしまった。
「あの、他にも質問してもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「彩葉さん‥‥‥は、音に色が見えることで、されたくないことはありますか」ちょっと失礼な質問だったかもしれない。
「今は、あまりないですけど」と前置きして、
「変な人だなって____離れて行ったり、いじめられたり、そういうのが怖いなって思ってました。
‥‥‥今は、もう大丈夫です。私を、《そのままでいいんだ》って思わせてくれる大事な人たちと、出会えたので」
「色のことは、大事な人にしか話してないんです」とも教えてくれる。
それだけ、信頼してるってことなんだと思う。
「‥‥‥‥優しいですね、響くんは」
「え」
「傷つけないように、私に聞いてくれてるんですよね、きっと」
「‥‥‥‥」
「そういうの、すごく、嬉しいと思いますよ‥‥‥‥私はそういうの、嬉しかったので」
「私は響くんのお友達のこと、知らないですけど。きっと、こうやって真剣に考えてくれるって‥‥‥‥信じたいんだと思います」
いるかはたまに、よくわからないことがある。
僕が聞くと「なんでもなーいっ!!」って、笑顔で返されることは、きっとそういうことなんだろうと思っていた。
隠して、話してくれないことなんだろうなって。____だから。
____ずっと、話そうって思ってたの。
____私、赤が見えないんだ。
____響がだめってなったら、天文部やめる。響の好き、取りたくないから。
だから。
なんだか、嬉しかった。
話してくれたことも、知れたことも。
____そうか。
そういうのを、言えばいいのか。
「彩葉さん、ありがとうございます」
____この答えは、僕がずっと前から知っていたことだったみたいだ。



