「____この辺にしよっか!!」
ショッピングモールから離れたところにあるカフェスペースに、2人で腰掛ける。
「ごめんね、響‥‥‥‥」
席について彼女から出たのは、そんな言葉だった。
こんなに改まって「ごめん」と言われるのも、声が消え入りそうになっているのも初めてで。
それらは申し訳なさよりも、哀しさを映しているように、僕には見えた。
「僕こそ、気付いてあげられなくて‥‥‥ごめん」
「響が謝る必要ないよ。私が____ずっと、響に言わなきゃ言わなきゃって思ってて。言えなかっただけ」
「____」
「そんな表情‥‥‥‥しないで、欲しかった‥‥‥なぁ」
いつもより元気がない笑顔。
僕も、同じ気持ちだ。
「____そんでね、響がたぶん、今1番気になってること、なんだけどね」
「たぶん、私が今、話そうとしてるのと、合ってると、思うんだけど」
____ふう。
ひと呼吸置いて、まっすぐ僕を見た。
「私、生まれつき、赤が見えないんだ」
「だから、ちょっとだけ響やみんなと____違う景色を、見てる」
やっぱり、なのか、間違っていてほしかったのかは、よく分からなかった。
「‥‥‥‥どういう、こと?」
【赤が見えない】がいまいちピンと来ない。
____ただ、今まで一緒に過ごした中でなんとなく、青色は見えるらしい、というのはぼんやりと分かる。
僕の家の壁の色だったり、空の色は「青くてきれい」とよく言っているし。
今日の僕の服も、「水色」って。分かっていたみたいだったから。
「んーっと‥‥‥、ちょっと分かりにくいかもしれないんだけど、」と前置きして、
「青と黄色と、モノクロしか見えない____って言えば、分かりやすいかなぁ?」あと、黄土色も分かる!!と付け足した。
「そう、なんだ」
それはなんだかずいぶん、色の数が制限されているような。
「専用の眼鏡____っていうか、サングラスをかけると、色が見えるようになるの。
もしかしたら、響とか、みんなが見てるのとは少し違うかもだけど‥‥‥‥。でも、赤と緑がちゃんと、全然違う色だって分かるし、ピンクとか水色とか黄緑も、分かるようになるんだ」
「サングラス、ないと大変なんじゃ____」今日、忘れたって言ってたけど。まぁいいか、でもないような気がする。
「うーん、でも、もう慣れちゃったからなぁ‥‥‥」
「信号機、見えないんじゃない?」
「分かるよっ!!サングラスないと、白と黄色しか見えないけどっ!!」
「白と黄色‥‥‥‥」僕の見てるのとは、だいぶ違う。
「ちゃんと、電気ついてるかも分かるから。それで判断してる」
「生まれつき、だもんね」僕の、碧眼と同じ。
「うん。赤と緑の見分けがつかなくて____響、あれ何色に見える?」と近くの観葉植物を指す。
「緑色‥‥‥‥‥」
「だよねぇ。私は黄色‥‥‥‥とか、黄土色とか、そんな感じ」
「今日の響のズボンは、何色?」
「ラベンダー色?かな」紫だと、濃すぎるし。
「私は、水色に見える」
「____そんなに、違うんだ」
「だから、秋になると紅葉してる〜ってみんな言うけど。私にはずっと木の葉っぱは黄色か黄土色っぽく見えてるから、1年中紅葉して‥‥‥‥る」
「どうしたの?」
「____って、ごめんね。こんなに一気に話しても、分かんないよ‥‥‥‥ね」
「‥‥‥‥ごめんね。私のこと、変な子って、思ったでしょ?やっぱり変な子でしたぁ〜!!なんっつってぇ‥‥‥‥」
いるかが、足元に目線を向けていることに、今更に気がついた。
何度も「ごめんね」と言うことも。
声に覇気がないことも。
____いつもなら、ないことだった。
「____ありがとう、話してくれて」
「なんて言ったらいいのか、分からなくて。それしか、言えないんだけど」
「変、なんて言ったら。それこそ、僕だってそうだよ。色素薄いし、見た目日本人ぽくないし‥‥‥」
「色の話、だけど。ずっと、僕に合わせてくれてた‥‥‥‥?」
「そんなこと____ないって、はっきりは言えないけど。‥‥‥‥‥‥でも、空の色は分かるんだよ。
朝の空が水色で。夕暮れになると黄色と青になって。夜は暗い青色。
____ちょっと違うかもしれないけど。私は、響と同じ色見てるって、思ってる」
「‥‥‥‥うん」
「‥‥‥‥響」
「ん?」
「私っ____、」そこまで言って、唇を閉じる。
ぎゅっと、なにかを閉じ込めるようにして、
「聴いてくれてありがとう。ずっと、話せなかったから」と、大きな瞳を向けてくる。
「ちょっと、すっきりした」
「‥‥‥‥うん。話してくれてありがとう」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥いるか?」
「私、初めて、こんなに話したの。____響には、絶対話しておきたかったから」
「赤、見えないって言ったけど。____私のこと、今までと同じように、してほしい」
「私、こんな視界だけどさ、嬉しいんだ。青が、すごくきれいに見えるの。私は、私が好き。私の見る青も大好き」
「だから、響も。これが夕凪いるかなんだって____思って、欲しくて」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥可哀想って、思った?私のこと」
「____え」
「色の数、みんなと違うから。赤と緑が分からなくて、変な色使ったりしちゃうから‥‥‥‥さ」
「チア部もね、練習のとき、床に貼ってあるテープの色が分からなくて。そんで、1人だけフォーメーションぐちゃぐちゃになったりして____。
衣装も、分かりやすいから青っぽいのが良かったんだけど。いるかの意見でしょって言われちゃったりとか____してて、さ。
私、みんなのこと、結構振り回してきて、迷惑、いっぱいかけてた、と思う」
「‥‥‥‥そっか」
「響は、どう、思った‥‥‥‥?」
「僕、は‥‥‥‥‥」なんて、言ったらいいんだろう。
「だいぶ、衝撃が強くて____ちょっとまだ、整理がついてない。考える時間が、欲しい」
「私、響と天文部続けたい。‥‥‥‥‥けど、響が無理だってなったら、私は辞める」
「____え」
「響の好き、取りたくないから。あの場所も」
「そこまで、しなくても____」
「ううん、私が、響に嫌われちゃうのが、嫌なだけだから」
____そう言われて、僕はなにも答えられなかった。
ただ、とても重要なことなのは、理解できた。
「____僕、ちゃんと、考えたくて」
「‥‥‥‥‥ん、分かった」
「ごめんね、急に重い感じになっちゃって‥‥‥‥」苦笑いするのが視界の端で見える。
「大事なことだもんね」
「‥‥‥‥うん。ありがとう」
その日の会話は、そこで終わってしまった。
帰りはいるかの最寄り駅まで送って、家まで帰った。
「____はぁ」ぼす、とソファーに身を投げて、クッションを身体に押し付ける。
まさか、いるかにとってのサングラスが、そういう意味だったなんて、思わなかったし。
あんなに悩んでたのも、知らなかった。
「____バカいるか」
部活辞めた理由、「もういいかなって思った」って、言ってたけど。
____実際はそんな言葉で片付けられるようなものでは、ないような気がした。
緑と赤が____黄色か黄土色。
そうだとしたら、この部屋の景色も、壁の色以外は全部黄土色っぽく見えるんじゃないか。
うちのリビングは、色がごちゃごちゃしているけど。赤と緑が多いから。
全然、気が付かなかった。
____けど。
____これが夕凪いるかなんだって。今までと同じように、してほしい。
今までと、同じように‥‥‥‥‥できるだろうか。僕が。
ただ、これだけは確かだ。
《 天文部は、続けるから 》
そう、いるかのトークに打ち込んで____既読はつかなかったけど。
あの場所は、そのままにしておきたい。
できれば、いるかと2人がいい。
僕が大丈夫でも____怖いのは、いるかの方だと思うから。
____ただ。
どうしたらいいんだろう、だけが、ぐるぐると重くなって溜まっていた。



