「____おと、おとぉ」
「____ん」ぐわんとした視界に、蒼い月の光が揺れる。
「起きたっ?」ふわ、とシャンプーの爽やかな香りがする。
「近いって‥‥‥」鼻くっつくよ、そんな距離でいたら。
「だって響、全然起きないんだもんー!!」僕が起き上がると、いるかも退いてくれる。
「ごめん、もしかして、結構寝てたみたい?」いつのまにか、赤く染まっていた地平線が藍色になっていた。
「ねてたよぉ!!2時間くらい!!気持ちよさそーに!!」
「いるか、ずっと起きてたの?」
「寝てたよ?あっちで」と、僕と反対側のベンチを映す。スマホを見ると、もう19時半を過ぎていた。
「ごめん、もう帰ろう?」さすがにこの時間に女の子1人は危ない。
「やだ!!一緒に星観るの!!」
「えぇ‥‥‥」
「‥‥‥‥ほんとに、帰っちゃう?」
「‥‥‥‥ぅ゙」捨てられた動物のような瞳が、僕を捕らえている。
「_____30分、だけだから」
「やったぁぁ!!_____あっ、」あんまり大きい声出したら怒られちゃうね?と嬉しそうに顔を近づけてくる。
「ここからでも見えるよ、オリオン座」
「ほんとっ!?どこどこ!?」
「んー、ちょっと待って」鞄から、クリアファイルに入れた星座盤を取り出す。
「わぁ‥‥‥‥!!それなに?」きれいな色!!と跳ねている。
「星座盤だよ、知らない?」
「小学校のときに見たことあるけど、こんな綺麗なのじゃなかったよ?」
「これは別で買ったやつ‥‥‥文字が白い方が見やすかったから」
「へぇぇ‥‥‥‥」と言いながら、目線は僕の星座盤から動かない。
「これ、どうやって使うの??」
「えっと、‥‥‥外枠のところを、今日の日付と今の時間に合わせると、どこの空で、どの星が見えるのか分かる」星座盤の使い方を他人に教える日が来るなんて思っていなくて、少し緊張する。
「ほぇえ‥‥‥‥!?そういう使い方なんだ!?」
「使ってみる?」
「うんっ!!」わぁあ、きれいな色ー!!と言いつつ、僕が教えた通りに目盛りを合わせていく。
「____できたっ!!」きらきらの瞳が、僕を映す。
「で、これ、どうやるの??」ふわっ、とシャンプーの、匂いが鼻をかすめる。
「ここのラインが30度、45度、60度ってなってて。角度をそれに合わせると、大体この位置で観測できる」
「おおおお✨️画期的ー!!」
いるかの口から【画期的】だなんて単語が出るとは____と思っていると、「私、なんか変なこと言った?」と顔を寄せてくる。
「画期的____」
「難しい言葉くらい知ってるもん!!」
「‥‥‥難しい言葉」
「繰り返さなくたっていーじゃんっ!!‥‥‥響、もしかして、私のこと、おバカだと思ってるでしょ!!」
「うーん、おバカというか、おっちょこちょいというか、先走りというか」
「んむぅ‥‥‥‥!!」この表情は、図星らしい。
「‥‥‥っふふ」
「絶対楽しんでるでしょ」
「うん」と言ったら、また不機嫌な表情になる。
「ごめんって‥‥‥‥」だめだ。やっぱりおもしろくて、笑ってしまう。
「____オリオン座、ちょうど見えるよ」スコープに、きらきらと星が瞬いている。
「えっ!?どこっ!?」横で背伸びをするいるか。
「普通に見たらあんまり分かんないかも‥‥‥」と望遠鏡を渡す。
「えっ‥‥‥‥それ、使っていいの?」
「いいよ」落とさないでね、とその小さい手に乗せる。
「重っ!?」
「そう?」
「響‥‥‥こんなに重いの、軽々と持ってたの‥‥‥!?」その瞳が「おじいちゃんなのに!!」と訴えてくる。
「うーん、小さい頃からこれだからなぁ」重さは、考えてみれば重いかなって感じだ。昔のだし、今のものよりは重いのかもしれない。
家にあるのはもっと大きいやつだし、他のを持ったことがないから、分からないけど。
「持てる‥‥‥‥?」
「わ、私だって望遠鏡で星観れるもん!!」と頑張っている小さい身体を見て、いるかと一緒のときは三脚に乗せようかな、と思う。
「わぁ‥‥‥!!きれい!!響!!星がきれい!!」ぴょんぴょんと飛び跳ねているのを見ると、やっぱりうさぎみたいだ。
「観れた?オリオン座」ありがとう!!と渡されたので聞いてみる。
「分かんなかった!!」と笑顔が返ってくる。
「分かんなかったんだ?」嬉しそうだけど。
「うん!!でもいいの!!星がたくさん観れたし!!」ちょっと涼しくなってきたねぇ、と言われて時間を見ると、もう20時をとっくに回っていた。
「いるか、もう時間だよ」
「んぇぇ〜‥‥‥」まだ観たいのにー!!と言ってくる。
「また明日来よう?」
「ほんとっ!?じゃ、また明日、特訓しよ!!!!」
「‥‥‥‥ぅ゙っ」これが狙いだったのかもしれない。特訓のためにここに走ってきていたのを、今さらに思い出した。
「そっ、それは勘弁して‥‥‥‥」またこの距離を走ると思うと、キリキリと胃が痛くなる。
「んぇえー!!」いいって言ったじゃん!!とリスみたいな口になる。
「それに、晴れてないと、星観れないし‥‥‥‥」
「____あっ、それは大丈夫みたい!!」ほらぁ!!と見せてきた液晶画画面には、びっしりと晴れと星のマークが並んでいた。
「ぅ゙‥‥‥‥」夜まで晴れる予報らしい。
「楽しみだなぁー、天体観測!!」るんるんと跳ねている白。
____嵌められた。完全に。



