「____別に、部室だけが、活動場所ってわけじゃないしね」
今日の響は、なんだか楽しそうだった。
職員室に鍵を返してすぐ、おすすめスポットまでダッシュで向かう。
響が、「狭いけど、見晴らしがいいところだよ」って教えてくれた。
「わぁぁぁ‥‥‥!!」響より先に、目的地に辿り着く。黄色に染まる視界に、思わず「きれい」が溢れる。
こんなに開けた場所に来たことなかったから、すごく新鮮。
「ぜぇ、はぁ‥‥‥っ、かは」写真を撮っていると、後ろから肩で息をしながら彼が追いかけてきた。
「ちょっと寝かして‥‥‥」顔が青くて、東屋のベンチにごろんと寝転ぶ。少しして、心地良さそうな寝息が聞こえてきて、安心する。
「私の、せいだよね‥‥‥‥?」楽しみで、はしゃぎ過ぎちゃったな。
____だめだな、こういうの。
どれだけ直そうって思ってても、肝心なところでこうやって、他の人を置いてけぼりにしちゃうんだ。バカいるかは。
近くにあった水道でハンカチを濡らす。
じゃぁぁ、と吸い込まれていく水の音が、泣いてるみたいに聞こえた。
そうやって置いてけぼりにして、ひとりになっちゃったんだもん。
小学校のときも、中学校のときも。私ひとりだけ、浮いてた。
私がどれだけ気にしてなくたって、分かるものはある。
高校まで続けてたチアリーディングも、衣装の意見とフォーメーションで揉めて、ついていけないって言われた。コーチに少し気を遣ってもらってたのもあったのかもしれない。
私は嫌だけど、学校には伝えてるから、どうしても『特別扱い』みたいになってしまう。
「いるかのことばっかり見てる」って言われたのもしんどかった。
_____いいよね、いるかは。
そうやっていつも言われて。ひとりになって。
私だって、絶対できないことだってある。
夜に変わる時間は、いちばん安心する。
この時間は、だれも私を置いていかない。
____私がいちばん、私でいられる時間だから。
だから、響のことは、大事にしなきゃいけないんだ。
私のことを、初めて、驚かないで受け入れてくれたんだから。
____。
響の長い前髪を、指で分ける。
目を閉じた顔、初めて見る。寝顔、女の子みたい。
どうしてもうずうずしてしまって、何枚かいたずらした写真を撮っておく。
「うひひひぃ‥‥‥‥はっ!?」
いけないいけない。起こしちゃうよこれは。
近くで見ると、思っていたよりも鼻が高くて、きれい。
肌ももちもちだった。むかつくから、もにもにしておく。
「____ん」ぴと、とハンカチが触れる。さっきより、辛そうな感じはなくなったみたい。
彼が起きたのは、その10分くらいあとだった。
「ありがとう、看病してくれて」なんて、私のせいなのに。
いつもの響で、なんだか安心する。
____よかったぁ。
良くなったことも、怒ってなかったことも。
「いるかに似てるね、白くて綺麗だし」私のハンカチにある刺繍を見て、彼が言う。
白くて綺麗‥‥‥って、私のこと??
なんだかむずむずして。恥ずかしくて、うれしい。
そんなふうに思っててくれてるのかな。
この髪も、この肌も。
ずっと、幽霊みたいって言われてたのに。
うれしい。
「‥‥‥あっ、流れ星」
「えっ!?どこ!!どこ!!」
「‥‥‥‥嘘ー」
私が怒ると、響が楽しそうに笑う。
からかわれてるんだって分かるけど。それが嫌なものでないことも、よく分かる。
夕方だとまだ太陽が出てるから望遠鏡では観れないって言われてたから、アプリを入れてみる。
「うわー!!すごいすごい!!いっぱいあるよー!!」上も下も全部星空で、わくわくする。
「ちょっといるか、倒れるって‥‥‥」ぐるぐる回る視界で、響が心配そうに近づいてくるのが見える。
「そんなことないっっ!!____わぁ!!」とんっ、と後ろにぶつかる。
「____あっぶな」その暖かくて柔らかいのが響だったことに、声で気がつく。
胸に着地した一瞬、女の子みたいなフローラルの香りがする。
いいにおい‥‥‥って、男の子にこれは、変かなぁ?
「んへへぇ‥‥‥‥ごめんね?ありがと!!」ちょっとどきどきした、とは、恥ずかしくて言えなかった。
「僕がやろうか?」見かねた彼が、手を伸ばしてくる。
「私が背伸びしても見えなくなっちゃう‥‥‥」まだどきどきが収まらなくて、身長差を理由にしておいた。
響がスマホを持ったら、私から星図が遠くなっちゃうし。
「____座ればいいんでしょ」
仕方ないな、としゃがむ彼に合わせて、私も足元へ。
____響のこういうところ、好きだな。
自然に、私に合わせてくれる。
だから私も、私が好きな私のこと、隠さないでいられるんだ。
そんなことを言ったら、どんな表情をするんだろう。
彼を見ながら、今日も。その碧にわくわくする。



