扉が開くと、大きなテーブルの上にたくさんのおしゃれな料理が並んでいる。そして既に椅子には、イザベラの父で厳粛な面持ちの公爵家当主オーウェン、母グレース、2つ上の兄ジョシュアが座っている。イザベラの家族はこれで全員のはず。急いで頑張って覚えたし。しかしもう1人、可愛らしくニコニコした女の子がいる。

(うげ、なんでここにいんの?!)

表向きにはヒロイン、だが実はイザベラを貶める黒幕であるシャーロット・キャンベルがなぜか当然のように食卓を囲んでいる。

「イザベラ嬢、なぜ座らないのですか?」

「えと…シャーロット…さん?なんでここにいるんですか?」

「朝からジョシュア様にお会いしたくて来てしまいましたのっ///
あと、なぜ急に敬語なんです??」

みんな困惑しているようだ。デレデレしている様子のシャーロットの恋人、ジョシュアを除いて。令嬢の言葉遣いとか所作とかよくわかんないんだよな…。だって読んでないから…。

適当に笑って誤魔化し、その後は美味しい朝食を1人黙って爆速で食べた。

「私っ、やることがあるので…!お先に失礼させていただきます!!」

そう言って食べ終わった食器を持って片付けようとくるりと背を向ける。

「イザベラ…?なんで食器なんて持って行くの…?」

母(グレース)が心配そうにこっちを見ている。またしてもみんなを困惑させてしまった。ああそっか。公爵令嬢だからそんなことしないよね。20年の庶民の癖が思わず出てしまったぜ全く。

ビュンッ!と食堂を出て、さっき歩いてきた廊下を歩く。窓から外を眺めると、美しい庭の向こうに中世ヨーロッパのような街並みが広がっている。

(本当に転生したんだな…。天気良いし、ちょっと庭を散策してみよ。)

外に出て庭に咲いている花の間の小道を歩いてみる。すると目の前を、一匹の美しい毛並みをした猫が通った。首輪をしてないから、きっと野良猫なんだろう。猫について行こうとすると、パッと猫が振り返って私を見るなり走り去って行ってしまった。

猫が走って行った方向に向かってみると、小さめの建物の裏手に出た。建物の周りは草木が茂っていてなんだか少し暗い。猫は見失ったが、代わりに別の人物を見つけた。中からシャーロットとジョシュアの声がする。2人で仲良く談笑しながらお茶を飲んでいるようだ。なんだか気まずいので、見つからないようにその場を急いで離れる。

ゼエゼエしながら部屋に戻ってから、これから何をやるべきか考えた。まずはきっちりこの物語を理解すること。そして1年半後の断罪イベントに向けて情報を集めること。いろいろなことを考えているうちに、なんか眠くなってきた──。


「ごきげんよう。令嬢初心者のお間抜けさん。」

美しい声でハッとする。目の前には優雅な佇まいの綺麗な女性がいる。見るからに貴族だ。年はだいたい20歳くらい?

「授業は今夜からの予定だけれど、今の時間は入塾テストのために特別にとらせていただくわ。というか、もう入塾テストは終わってる。結果を伝えるのみよ。」

「入塾テストなんてした覚えはないのですが…。」

「ふふ、朝から今までのあなたの記憶を少し覗かせていただいたの。それで素質を見るのよ。さて…あなたの入塾テストの結果は…。」

女性の笑顔が、消えた。

「不合格!!!!!素質がなさすぎる!!!こんな実力では一人前の悪役令嬢になれないわ!!!!」

「えっ、えっ、待ってください!!!」

ハァー…と女性がため息をつく。

「なによ?もし復讐をしたくないというつもりなら、やめとくべきね。ずっと『いじめられて、処刑されて、回帰して、またいじめられて』のループよ」

「私は!…そもそも処刑されたくないんです…!!」

「はあ?そしたらいろいろと始まらないでしょう?処刑は免れないわよ。それこそ処刑の前に復讐を終わらせない限り……ん?まさかあなた…」

「そうです。私は断罪イベントの場で、逆にやり返してやりたいのです。」

女性が一瞬目を見開き驚いた表情になったが、すぐニヤリと口角があがる。

「オーホッホッホッ!!!あなた、その根性はなかなか良いじゃない!!!なら…このまま週3コースだと1年半じゃ足らないから、週5コースに変更よ!!」

「あ、ありがとうございます!!」

これが悪役令嬢の笑い方かと思いながら精一杯のお辞儀をする。

「面を上げなさい。悪役令嬢たるもの、簡単に頭を下げてはいけないわ。それと…自己紹介がまだだったわね。私はカミラ・クレイヴン。月の第1週目の担当よ。」

クレイヴン先生、少し厳しそうだがなんだかんだ生徒をすごく大切にしてくれそうだ。

「よろしくお願いします!あの…ところで急に週5コースに切り替わったわけですけれども…料金はどのように…?」

「うーん、あなたの前世のお金に換算すると…だいたい月額1000万円から1億円に跳ね上がった感じね。高位貴族に5連勤はキツイもの。」

「…1億…??」

もしかして差額の分を私が出すことになるんじゃないかと声が震える。

「ああ、心配しないで。全部あの失礼な神に請求しとくから。あいつ、自分の失敗なのに塾代を天界の国庫から抜き出そうとしたの。ふふ、今あの人懲戒免職寸前よ?少しは痛い目見せてやりたいと思ってたの。」

おお…!なんか「悪役令嬢」って感じでかっこいい…!!てかまじであいつクソだな。

「さて…お昼寝から起きないと。授業がある日は早く寝なさいよ。今夜の授業内容は『入塾テスト反省会』!どこがダメだったのかしっかり教えるから遅刻しないように。じゃあ解散!」


パチリと目が開いた。外はもう夕方のようだ。夕食に呼ばれるまで、今日の行動でなにかやらかしたことはないか頑張って考えたが、そんなに思い当たらない。強いて言えば朝食の場で敬語を発したり、食器を片付けそうになったことくらい??

(うーん…。私ってそこまで素質ないのかなぁ…。)

さっそく将来が少し不安になってきてしまったが、まあ何とかなるだろう。だって私には、月額1億円の塾がバックについているのだから。