「みんなー。こっちに集合してくれー」
部活顧問の東松先生が、駅舎の中から私たちを呼んだ。
「いよいよ、始まるな。おい、みんな、先生が呼んでるぞー」
部長の小林拓磨さんは、駅前にいる部員たちに呼びかける。
拓磨先輩は、……今日もカッコいい。背が高くてアウトドアブランドのアウターがいつにも増して、似合ってる。まるでモデルみたいだ。責任も強くて、高校の女子の中でも人気がある。
「はーい」と私は大きく返事をして、先生がいる駅舎へと向かった。
「真帆ちゃんってさ、分かりやすいくらい拓磨には何でも従順だね?」
先輩の和南春奈さんが冷やかしてくる。
和南先輩の登山用ハット、ピンクでかわいい。いつも元気で笑顔の和南先輩は、ハイキング部のムードメーカーだ。
「何ですか? 部長の言うことに従うのは、部員として当然ですよね?」
「やだ、真帆ちゃん。ムキになっちゃって。かわいい」
「ムキになっていません!」
すると、拓磨先輩が近付いてきた。
「あれ? 春奈と真帆さんしかいない? ほかのみんなは?」
「あっちのコンビニでドリンク買ってると思うよ」
「そうか。ありがとう」
そう言うと、拓磨先輩はコンビニに向かった。
やっぱり拓磨先輩は、春奈先輩だけに心を開いていた。そりゃそうか。私のことなんか、目に入ってないよね。
拓磨先輩と春奈先輩はお互いを「拓磨」「春奈」と呼び捨てで呼び合う。それが羨ましい。
二人は同じ中学出身で、クラスもずっと一緒だったらしい。
また、嫉妬してしまう。
連休が始まる今日から、一泊二日の山辺キャンプ体験が始まる。このキャンプは私立忌部高校ハイキング部の秋の恒例行事だ。
今年のキャンプ地は、2年生の先輩たちが相談し、鈴鹿山脈の北側、三重県いなべ市にある藤原岳が選ばれた。
私鉄の桟木線の始点である富田駅に私たちは集合し、電車に乗って1時間ほどで着く終点の藤原登山口駅を目指す。この駅から藤原岳登山口までは歩いてすぐらしい。
「点呼するぞー」
東松先生は部員名簿を確認しながら、名前を呼び上げる。先生は家庭に居場所がないのか、こういう野外活動がある日は、いつもイキイキしていた。
部員は1年が2人、2年生が4人の総勢6人。3年生はこの夏で引退してしまっている。
「よーし、全員揃ったな。じゃあ、電車に乗るぞ。ICカードがない人は切符を買うように」
東松先生の指示に従って、ホームに停車していた電車に全員が乗り込んだ。
この寂れたローカル鉄道は、わずか二両だけの編成になっていて、1時間に2本くらいしか電車が来ない。乗客も少なく、電車内には私たちのほか、数人しかいなかった。
私たちは前後二両ある車両のうち、前の車両に集まって、対面式のシートに座る。
「もう、あれから3か月か……。奥岡……、元気かな」
電車が出発する直前に、先輩の伊東真也さんはふと、つぶやいた。
そして、みんなの表情が暗くなる。
伊東先輩は、奥岡先輩と仲が良かったから、誰よりもあのことを悔やんでいるのだろう。
「伊東先輩。『3か月』って、何すか? 奥岡って誰っすか?」
先週入部したばかりの同級生の建松くんは、何も事情を知らないから、のん気に聞いてしまっている。
「あ、いや。何でもないよ」
伊東先輩は、俯いて答えた。
「え? いやでも、きっと何かあったんですよね? だって急にみんなしんみりとなったから……」
建松くんは、知りたくて仕方がないみたいだ。
(建松くん。やめようよ。ね?)
私は、建松くんに自制するよう耳元で囁く。
正直、私も奥岡先輩のことについて詳しくは知らない。春に入部した当時、何度か喋ったことはあるけど、その程度だ。ただ、奥岡さんは部活内で自分がいじめられていた、と訴えていて、3か月前に退部したということを芝田先輩が私に教えてくれていた。
「えぇ〜。知りたいよ〜。だって僕も部員だもん」
「うるさい! 黙りなさいよ」
大人っぽい美人の芝田先輩が、詮索する建松を叱りつけた。
やっぱり。
芝田先輩は、伊東先輩と付き合っているっていう噂だから、こうなっちゃうよね。
「間もなく冨田駅発、藤原登山口駅行き列車が発車します」
車内にアナウンスが流れ、プルルル、と発車ベルが鳴り響いた瞬間、恐ろしいことが起こった。
部活顧問の東松先生が、駅舎の中から私たちを呼んだ。
「いよいよ、始まるな。おい、みんな、先生が呼んでるぞー」
部長の小林拓磨さんは、駅前にいる部員たちに呼びかける。
拓磨先輩は、……今日もカッコいい。背が高くてアウトドアブランドのアウターがいつにも増して、似合ってる。まるでモデルみたいだ。責任も強くて、高校の女子の中でも人気がある。
「はーい」と私は大きく返事をして、先生がいる駅舎へと向かった。
「真帆ちゃんってさ、分かりやすいくらい拓磨には何でも従順だね?」
先輩の和南春奈さんが冷やかしてくる。
和南先輩の登山用ハット、ピンクでかわいい。いつも元気で笑顔の和南先輩は、ハイキング部のムードメーカーだ。
「何ですか? 部長の言うことに従うのは、部員として当然ですよね?」
「やだ、真帆ちゃん。ムキになっちゃって。かわいい」
「ムキになっていません!」
すると、拓磨先輩が近付いてきた。
「あれ? 春奈と真帆さんしかいない? ほかのみんなは?」
「あっちのコンビニでドリンク買ってると思うよ」
「そうか。ありがとう」
そう言うと、拓磨先輩はコンビニに向かった。
やっぱり拓磨先輩は、春奈先輩だけに心を開いていた。そりゃそうか。私のことなんか、目に入ってないよね。
拓磨先輩と春奈先輩はお互いを「拓磨」「春奈」と呼び捨てで呼び合う。それが羨ましい。
二人は同じ中学出身で、クラスもずっと一緒だったらしい。
また、嫉妬してしまう。
連休が始まる今日から、一泊二日の山辺キャンプ体験が始まる。このキャンプは私立忌部高校ハイキング部の秋の恒例行事だ。
今年のキャンプ地は、2年生の先輩たちが相談し、鈴鹿山脈の北側、三重県いなべ市にある藤原岳が選ばれた。
私鉄の桟木線の始点である富田駅に私たちは集合し、電車に乗って1時間ほどで着く終点の藤原登山口駅を目指す。この駅から藤原岳登山口までは歩いてすぐらしい。
「点呼するぞー」
東松先生は部員名簿を確認しながら、名前を呼び上げる。先生は家庭に居場所がないのか、こういう野外活動がある日は、いつもイキイキしていた。
部員は1年が2人、2年生が4人の総勢6人。3年生はこの夏で引退してしまっている。
「よーし、全員揃ったな。じゃあ、電車に乗るぞ。ICカードがない人は切符を買うように」
東松先生の指示に従って、ホームに停車していた電車に全員が乗り込んだ。
この寂れたローカル鉄道は、わずか二両だけの編成になっていて、1時間に2本くらいしか電車が来ない。乗客も少なく、電車内には私たちのほか、数人しかいなかった。
私たちは前後二両ある車両のうち、前の車両に集まって、対面式のシートに座る。
「もう、あれから3か月か……。奥岡……、元気かな」
電車が出発する直前に、先輩の伊東真也さんはふと、つぶやいた。
そして、みんなの表情が暗くなる。
伊東先輩は、奥岡先輩と仲が良かったから、誰よりもあのことを悔やんでいるのだろう。
「伊東先輩。『3か月』って、何すか? 奥岡って誰っすか?」
先週入部したばかりの同級生の建松くんは、何も事情を知らないから、のん気に聞いてしまっている。
「あ、いや。何でもないよ」
伊東先輩は、俯いて答えた。
「え? いやでも、きっと何かあったんですよね? だって急にみんなしんみりとなったから……」
建松くんは、知りたくて仕方がないみたいだ。
(建松くん。やめようよ。ね?)
私は、建松くんに自制するよう耳元で囁く。
正直、私も奥岡先輩のことについて詳しくは知らない。春に入部した当時、何度か喋ったことはあるけど、その程度だ。ただ、奥岡さんは部活内で自分がいじめられていた、と訴えていて、3か月前に退部したということを芝田先輩が私に教えてくれていた。
「えぇ〜。知りたいよ〜。だって僕も部員だもん」
「うるさい! 黙りなさいよ」
大人っぽい美人の芝田先輩が、詮索する建松を叱りつけた。
やっぱり。
芝田先輩は、伊東先輩と付き合っているっていう噂だから、こうなっちゃうよね。
「間もなく冨田駅発、藤原登山口駅行き列車が発車します」
車内にアナウンスが流れ、プルルル、と発車ベルが鳴り響いた瞬間、恐ろしいことが起こった。