「はぁ……はぁ……」

 いつぶりか分からない全力疾走をして、海へとたどり着いた。確かウミガメは言っていた。タマゴを海に帰せと。しかしここからどうしたらいい?海にタマゴを流せばいいのだろうか。でもまだ生まれていないのに。確か、ウミガメはタマゴを陸に上がって穴を掘って生んで、それから――

「あー疲れた!!……やぁやぁ。えーっと、上野くーん」
「は、長谷川さん……」

 暗くなった海を見渡し、息を整えている間に長谷川さんが追いついてきていた。長谷川さんも走ってきたのか、足取りは重そうだった。

「後は君だけだよー……ザコの上野くん」
「な、なんで。僕まで殺す必要ないじゃないですか……もう、このまま帰りましょうよ」
「あのさぁ、なんでお前、すぐに誰からも殺されなかったと思う?会社で何の役にも立たなかったお前がさぁ」
「……分からないです」
「お前が死んだら皆困るんだよ」
「え?」
「だってお前みたいな圧倒的に最下位の、底辺の人間がいたら楽だろ?お前だけ虐めればいいんだからな!!殺すならザコなお前しかいないって全員が思ってんだよ!!」

 長谷川さんは腹を抱えて笑い出していた。長谷川さんの口ぶりから、やはり沢井さんはもう......別に、コイツが言う通り、僕は社会に必要とされなくて、会社でも無能扱いされて、コイツらに虐められながらも生きるためのお金を稼ぐために従うしかなくて......でも、本当はこの場所で、この浦々島で僕を含め全員死ぬべきなんじゃないかって思う。それでも、あのウミガメが僕に「最後の挽回の場」をくれたのなら。それならば、生き残ることができたなら、もう一度だけ――

「あん?お前、後ろに何かくしてやがる」

 長谷川さんが徐々に近づいてくるから、少しずつ後ろを気にしながら後ずさりをしていたら、長谷川さんが何かに気が付いたようだった。まずい……。

「そこをどけ!!」

 長谷川さんが僕を突き飛ばした。足元の悪い砂浜のせいで僕は呆気なく転んでしまった。そして長谷川さんは僕の背後にあったモノに気付き、口角を上げ、僕を見下ろした。

「お前、そういやぁタマゴ、持ってねぇな……」

 長谷川さんが見つけたモノは、ウミガメの卵だった。この島にたどり着き、産卵されたたくさんの卵がそこにはあった。

「ここに混ぜたのか?おい」
「ち、違う……」
「まぁ全部壊しちまえばいいか」
「や、やめろって!!それはただのウミガメの卵なんだから!!」
「あぁ?……お前……まさか、あいつらとグルか?」
「え?」

 長谷川さんは僕の前で屈むと顎を強く掴んだ。長谷川さんの手によって、強引に上を向かされ目を合わされる。長谷川さんの目は据わっていて、僕への明らかな殺意を含んでいた。

「あの気持ちわりぃカメ、助けてやるのもお前のおかげ、みたいなこと言ってやがったもんなぁ……それに、お前が俺らのことを恨む理由も十分だ。何故か旅館の人間も宴会で変な状況になってからいなくなっちまったみたいだしな……旅館の奴らもお前のグルか?」
「そ、そんな手の込んだことできるわけ……」
「……それもそうだな。まぁいい、それで?どれがお前のタマゴだ?」

 長谷川さんは僕の顎から手を離し胸倉を掴むと、空いた手で横にあった穴から一つずつウミガメの卵を僕の眼の前に差し出した。

「これか?」
「ち、違う……」
「じゃあこれか?」
「だから、全部違う!!もうやめてください!!」
「嘘を付くなよ……じゃあお前、本物どこに置いたんだよ!あぁ⁉言えや!!」

 長谷川さんが次の卵を掴む前に、身を挺してウミガメの卵を庇うように覆いかぶさった。長谷川さんは僕の背中を蹴り、怒声を浴びせ続ける。僕は蹴られながら何とか言葉を返した。

「も、もう、海に、流した……」
「あぁ?……あぁ、そういやなんか海に運べみたいなこと言ってたな……忘れるとこだった。使えるじゃねぇか」

 長谷川さんは僕の胸倉から手を離すと、軽く蹴りを入れて離れていった。そして波打ち際に向かい、海に向かって自身のタマゴを放り投げたのだった。

「おい、これで良いんだな?で?これで、な、に……が……あぁ?」

 長谷川さんは苦しみだし、そして今まで死んでいった人たちと同じように血を吐き、倒れた。

「な、なんで……」 
「タマゴのまま、海には帰らないんだよ。ウミガメは……」

 僕は息絶えた長谷川さんの遺体をウミガメの卵たちから離すように引きずって移動させた。そうして夜明けが近づくまでずっと、ウミガメの卵の傍に居続けた。