「おい!動くな!!」
「長谷川⁉何してんだ!!」
長谷川さんが自身のタマゴを大事そうに抱えつつ、大崎さんと田浦さんのタマゴに足をかけていた。大声を上げた長谷川さんの行動に気付いた大崎さんと田浦さんは動きが止まり、暴れていた沢井さんの腕によって振り払われ、体を突き飛ばされてしまった。
「動いたら壊すぞ!!」
「長谷川ぁ!!助けてやったのに!!」
大崎さんの叫ぶ声を無視して、長谷川さんは沢井さんに声をかけた。先ほどから何度も一人だけ逃げようとしたり、沢井さんに襲われかけたところ助けてもらったのに裏切ったり。悪徳企業なのにまるで健全な会社であることを装い広告を出す仕事をしているだけあって、長谷川さんは卑怯だった。
「よくやった長谷川!!付いていくべき人間がよくわかってるじゃねぇか!!さぁ壊せ!!」
「よくきけ大崎、田浦!!お前らが沢井を殺したら返してやるよ!!」
沢井さんの言葉を無視して長谷川さんは叫んでいた。沢井さんは長谷川さんの言葉に真っ赤な顔をさらに赤くしていた。もうそろそろ血管が切れてしまうんじゃないかってくらい、顔に青筋を立てていた。
「ふざけんなぁ!!」
「ぶっ殺してやる!!」
「長谷川ぁ!!」
三者三様に叫び声を上げながら、宴会会場はプロレス会場のように、大の大人三人が暴れまわっていた。いくら誰よりも体が大きい沢井さんでも、タマゴを持ちながら大崎さんと田浦さんを相手にするのは厳しかった。暴れて酔いも回ったのだろう、真っ赤だった顔は青ざめ始め、田浦さんのタックルが決まると沢井さんは宴会で食べたものを吐き出しながら倒れ、うずくまっていた。タマゴは沢井さんの手元から落ち、床を転がっていく。
「ほら、もういいだろ……長谷川、そこどけ……」
息も絶え絶えな大崎さんは長谷川さんに声をかけた。長谷川さんの口角が上がったのが見え、僕は体が勝手に動いていた。
「何すんだ上野!!」
長谷川さんは沢井さんが大崎さんたちのおかげで動けなくなったにも関わらず、二人のタマゴを割ろうと足を振り上げていた。僕はそれに気付いて咄嗟にその場に自分のタマゴを置き、長谷川さんに突撃した。長谷川さんが卑怯な手を使って僕を含めた皆を殺したいのだと直感的に思ったからだった。
「も、もう、やめましょうよ!!」
「クソッ……なんだてめぇ……」
僕に思いっきり突き飛ばされた長谷川さんはバツの悪そうな顔をすると、再び自分だけタマゴを抱えて逃げ出そうとした。すると山崎さんと田浦さんは長谷川さんの目の前に立ち塞がった。
「おい、ただで逃げられると思ってんのか?」
長谷川さんはあとずさり、僕の方へ近づいていく。チラリと後ろを見て僕と目が合うと、また何か醜悪なことを思いついたように口角が上がった。僕は悪い予感がして身構えたけれど、構わず長谷川さんは僕に突進してきた。突き飛ばされた僕は尻もちをつき、背中を打った。背中に痛みと、そして、何かが潰れる感覚がして、その正体にすぐに気が付いて血の気が引いた。
「ははっ!!ざまぁみろ!!」
僕が体を起こした時にはもう、僕の背中にタマゴを壊されてしまった山崎さんと田浦さんは血を吐いて倒れていた。そして彼らを見下ろし、全身を揺らして笑い声を上げる長谷川さんの姿があった。悪い人たちだと分かっていても、目の前で無残に殺されていくのは気が引けて、でも、助けようと思っても結局助けられなかった……僕はやっぱり無能で、何もできないんだ……。
「さーわーいーさーーん?」
長谷川さんは上機嫌でお腹を抱えながら気分が悪そうにうずくまる沢井さんの方へと歩みを進めていた。沢井さんも駿河さんを殺してる、そしてこれからきっと長谷川さんに殺される。次に殺されるのは……僕しかいない。
「うわぁあああ!!」
「あぁ?うるせぇなぁ……」
僕は情けない叫び声を上げながら、宴会会場から逃げ出した。長谷川さんの機嫌の悪い声が聞こえたのを聞こえなかったことにした。旅館の中は不気味なくらい静かで、この訳の分からない状況に陥る前にいた従業員の姿は一人も見当たらなかった。まるで最初からそこには何もなかったかのように、幻のように。旅館を出ても誰も見当たらず、僕はただ微かな電灯を辿りながら波の音がする方へ、タマゴを抱え走った。