「おい待て、お前、何してる」

 大崎さんの声に皆の視線が田浦さんに集まった。僕には田浦さんが恐怖で震える圭子さんに寄り添っているように見えたけれど、大崎さんにとってそれは、それだけを意味するものではなかったようだ。

「な、何って、社長と凱亜くんがこんなことになったから……」
「しらばっくれるな!それだけじゃねぇだろ!!圭子!!てめぇまた若い奴に乗り換えたのか⁉」
「ひっ!!」

 茫然自失としていた圭子さんは大崎さんに怒鳴られて、小さな悲鳴を上げながらさらに細い体を縮めていた。大崎さんの言葉に田浦さんの顔が訝し気な表情に変わる。

「……また?……まさか、圭子さん、嘘でしょ?」
「その顔、やっぱりお前ら、不倫してやがったな!!圭子、おめぇ俺だけじゃ飽き足らず田浦にまで腰振ってやがったか!!」

 大きな足音を立てながら大崎さんは圭子さんへと距離を詰めていく。圭子さんが逃げようとしたところを駿河さんが捕まえ投げ飛ばした。圭子さんの手から転がったタマゴを、駿河さんは追いかけ思い切り踏みつけた。

「す、駿河さん、何して」
「あ、あが、ぁ……」

 沢井さんが駿河さんの行動に唖然としている間に圭子さんはうめき声を上げると血を吐いて倒れた。

「これで争い事はなくなっただろ。訳わかんねぇがコレ、海まで持って行きゃあいいんだろ?さっさと終わらすぞ」

 駿河さんの手にあるコレこと、ウミガメから授けられたタマゴはいつの間にか背後にいた沢井さんの手元へと収まった。何が起きたか分からず口をポカンと開け、間抜け面を晒している駿河さんをあざ笑うかのように、沢井さんは駿河さんのタマゴを床に打ち付け砕いた。

「お前、何……して……」

 力が抜け千鳥足で沢井さんの元へと近づく駿河さんの体を、止めを刺すように沢井さんは蹴り飛ばした。駿河さんが血を吐き動かなくなった後もずっと、沢井さんは駿河さんを罵倒しながら蹴り続けていた。

「何が争い事はなくなった、だ!!品川がいなくなって会社を乗っ取るつもりなんだろ⁉品川に代わって偉そうに指示するだけで楽しようと思ってることなんて筒抜けなんだよ!!ゴミが!!クズが!!人がニコニコしてりゃ付け上がりやがって!!死ね!!死ね!!」

 金魚のフンのように社長と駿河さんにくっついていた沢井さんが、これ程までに彼らに対して憎しみを溜め込んでいたなんて……呆気にとられる僕の視界の端で、長谷川さんがこっそりと身をかがめ宴会会場から出ようとしている姿を捉えた。

「長谷川ぁ!!抜け駆けはさせねぇぞ⁉」

 沢井さんは駿河さんを殺したことで何かが吹っ切れたのか、目は血走り興奮しきっていた。宴会でお酒をたらふく飲んで気が大きくなっていたのかもしれない。顔を真っ赤にし陽気で不気味な笑顔を浮かべ、這うようにして逃げようとしていた長谷川さんの方へと向かっていく。

「何しやがる!!」
「沢井さん落ち着いてください!社長も駿河さんもいないんですから!!」

 このまま沢井さんが暴れていたら全員殺されてしまうかもしれない。大崎さんと田浦さんも命の危機を感じたのだろう、さっきまで圭子さんを取り合い争っていた二人はお互いのタマゴを宴会会場の端に寄せると力を合わせ沢井さんを押さえようとした。体の大きな沢井さんは自身のタマゴを持ちながらも大きく腕を振って抵抗する。長谷川さんは三人が取っ組み合う間に何を思ったか、宴会会場の端にあった大崎さんと田浦さんのタマゴまで駆け寄った。