「へー、涼太じゃん」
次の部屋に進むと、すでにテーブルに腰を掛けた玲美が待ち構えていた。玲美は部屋に入ってきた僕を見て意外そうな顔をすると、ぴょんとテーブルを飛び降りて僕の方に歩いてくる。
「虫も殺せそうな顔してんのに意外。ってか、頬腫れてない?」
「ついさっき健介にやられたんだ」
僕の言葉に玲美の目が小さく見開かれて、それからどこかすっきりとした苦笑がその顔に浮かぶ。
「あー。健介ならやりそう」
「……怒らないんだ?」
健介に殴られて、それでも僕がこの部屋に来たということは、健介が僕に負けて――死んでしまったことになる。
シンプルな話、僕は玲美の彼氏を殺した相手のはずなのに、玲美の表情はあっけらかんとしている。
「健介と勝負した時に気づかなかった? あーし、クラスでいい感じの位置にいたくて、健介と付き合ってたんだ」
玲美は悪びれる様子もなく、さばさばと説明する。僕はそんな玲美にちょっとオーバーなくらいに肩をすくめて見せる。
「『俺の半分以下かよ』って健介は言ってたよ。健介、自信満々で玲美のカードを出すから、僕も強いカードを使っちゃった。先にそれ知ってたら、カードを温存できたのに」
玲美の目がキュッと細められて、手元のカードをさっと見渡したように見えた。それから再び僕の方を見てニカッと笑う。僕たちは今死んでいて、生き返りを賭けた勝負をしている最中のはずなのに、そんなことを感じさせない明るい顔。
「運悪かったね。まー、ドンマイってことで!」
「だからさ、相談があるんだ」
パンと手を合わせて玲美を拝む。僕の願いを聞き届けてくれるよう、思いを込めて。
「寿命をさ、平等に分けられるように願って見てくれないかな? ここに来るまでに強いカードを使っちゃったから、それくらいしか生き残れそうにないんだ」
玲美に向かって手を合わせたまま頭を下げる。
玲美はそんな僕を一度ポカンと見つめてから、ニシシと笑った。
「残念ー。今八人で寿命を分け合ったら十年そこらじゃん。あーし、彼氏ともっと一緒に過ごしたいから」
「でも健介は……」
「あんなのが本命なわけないじゃん。あーし、他に付き合ってる人がいるんだ。その人とあと十年くらいしか一緒にいれないのは、いや」
玲美は後ろ手を組んでフンフンと鼻歌を歌うようにしながら、テーブルの方へと向かう。
「さ、勝負しよ。こんな陰気なところさっさとサヨナラしたいし」
一応、寿命を分け合うことを願ってみるが、もちろん何の変化もない。目の前の玲美が断っているから当然ではあるのだけど、もしかしたら他にも「ここまで来たなら」と思い始めた人もいるかもしれない。
重々しい感じで息をついてから、テーブルに向かい玲美と対峙する。玲美は迷いなくカードを選ぶとテーブルに伏せた。僕も慎重にカードを一枚選び場に伏せる。
「そういえば最後まで勝ち残ったら願いが叶うんだっけ。願い事、どうしよっかなー」
玲美の底抜けに明るい声が合図になったように、光を纏ったカードがひっくり返る。
玲美が伏せていたのは健介が描かれたカードだった。玲美から健介への想いの強さを示す数字は30%。健介との勝負のときに見た数字の通りだ。
対して、僕が伏せていたカードは小学校の頃の親友だった。小学校の頃は毎日のように遊んでいた。中学に上がるときに引っ越していってしまったけど、今もSNSのやり取りは続いている。
カードに書かれている数字は60%。その下には同じく60%の数字が浮かぶ。残された不安要素だったけど、互いの想いがすれ違っていなくてよかった。
「え、は。なんで……」
さっきまで明るく笑っていた玲美の声のトーンが何段階も落ちる。健介のカードに追加された数字は50%。こちらもさっきの健介の勝負のときと同じだった。玲美の目が大きく見開かれて、瞬きもせずに二枚のカードを見比べている。
そして、その目がキツく僕を睨んだ。
「最っ低! 嘘つき!」
次の勝負の相手が玲美だとわかった時、ここが勝負どころだと思った。
さっきの勝負で健介の数字はわかっていたから、それを出させることだけを考えた。
玲美が健介のカードを持っていて、まだ使っていないということが前提で、なおかつ僕の出すカードが50%より大きいことが必要だったけど、賭けに勝った。
「騙すなんてマジ最低!」
健介のカードの話題を出したとき、玲美は手元のカードを見た。だから、玲美が健介のカードを出すように誘導した。
その時点で健介のカードが実際よりも強いって匂わせはしていたから、後は僕の手元に強いカードが残ってないと思うように、勝負をしたくない言動を繰り返した。
「ねえ、聞いてんの!」
「ごめん」
不思議と最初の勝負で直樹に勝った時より心は痛まなかった。むしろ、光の泡となって消えていくカードを見て、こうやって記憶から取り除かれるのかと寂しく思う方が強かった。
直樹と玲美を比べてどちらがどうというわけではなく、二回の勝負を経る中で僕の心の方が麻痺していってしまっているのかもしれない。
あるいは、「俺達はもう死んでる」という健介の言葉に毒されてしまったのか。
「でも、僕だって。勝負なんてしたくなかったのに」
玲美の顔が蒼くなって、白くなった。その場にぺたりとへたり込んだ玲美にそれ以上かける言葉は見つからない。
玲美をそんな状態にしてしまったのは他ならぬ僕自身だ。ほとんど罪悪感もなく嘘をつき、玲美を誘導し、生き返る権利を自らのものとした。
こんな僕にもう一度笑顔で夏帆と会う資格はあるんだろうか。
頭の中に浮かんできた鈍い思考を首を振って振り払って、僕は次の部屋へと進む部屋に手をかけた。
残るカードは100%、80%、30%の三枚。夏帆のカードを使わずに、あと二回勝つことはできるんだろうか。
ハッとする。違う。勝負しなくて済むなら、それが一番だ。
もう一度、首を左右に振って、すすり泣く声の響く部屋を後にする。
次の部屋に進むと、すでにテーブルに腰を掛けた玲美が待ち構えていた。玲美は部屋に入ってきた僕を見て意外そうな顔をすると、ぴょんとテーブルを飛び降りて僕の方に歩いてくる。
「虫も殺せそうな顔してんのに意外。ってか、頬腫れてない?」
「ついさっき健介にやられたんだ」
僕の言葉に玲美の目が小さく見開かれて、それからどこかすっきりとした苦笑がその顔に浮かぶ。
「あー。健介ならやりそう」
「……怒らないんだ?」
健介に殴られて、それでも僕がこの部屋に来たということは、健介が僕に負けて――死んでしまったことになる。
シンプルな話、僕は玲美の彼氏を殺した相手のはずなのに、玲美の表情はあっけらかんとしている。
「健介と勝負した時に気づかなかった? あーし、クラスでいい感じの位置にいたくて、健介と付き合ってたんだ」
玲美は悪びれる様子もなく、さばさばと説明する。僕はそんな玲美にちょっとオーバーなくらいに肩をすくめて見せる。
「『俺の半分以下かよ』って健介は言ってたよ。健介、自信満々で玲美のカードを出すから、僕も強いカードを使っちゃった。先にそれ知ってたら、カードを温存できたのに」
玲美の目がキュッと細められて、手元のカードをさっと見渡したように見えた。それから再び僕の方を見てニカッと笑う。僕たちは今死んでいて、生き返りを賭けた勝負をしている最中のはずなのに、そんなことを感じさせない明るい顔。
「運悪かったね。まー、ドンマイってことで!」
「だからさ、相談があるんだ」
パンと手を合わせて玲美を拝む。僕の願いを聞き届けてくれるよう、思いを込めて。
「寿命をさ、平等に分けられるように願って見てくれないかな? ここに来るまでに強いカードを使っちゃったから、それくらいしか生き残れそうにないんだ」
玲美に向かって手を合わせたまま頭を下げる。
玲美はそんな僕を一度ポカンと見つめてから、ニシシと笑った。
「残念ー。今八人で寿命を分け合ったら十年そこらじゃん。あーし、彼氏ともっと一緒に過ごしたいから」
「でも健介は……」
「あんなのが本命なわけないじゃん。あーし、他に付き合ってる人がいるんだ。その人とあと十年くらいしか一緒にいれないのは、いや」
玲美は後ろ手を組んでフンフンと鼻歌を歌うようにしながら、テーブルの方へと向かう。
「さ、勝負しよ。こんな陰気なところさっさとサヨナラしたいし」
一応、寿命を分け合うことを願ってみるが、もちろん何の変化もない。目の前の玲美が断っているから当然ではあるのだけど、もしかしたら他にも「ここまで来たなら」と思い始めた人もいるかもしれない。
重々しい感じで息をついてから、テーブルに向かい玲美と対峙する。玲美は迷いなくカードを選ぶとテーブルに伏せた。僕も慎重にカードを一枚選び場に伏せる。
「そういえば最後まで勝ち残ったら願いが叶うんだっけ。願い事、どうしよっかなー」
玲美の底抜けに明るい声が合図になったように、光を纏ったカードがひっくり返る。
玲美が伏せていたのは健介が描かれたカードだった。玲美から健介への想いの強さを示す数字は30%。健介との勝負のときに見た数字の通りだ。
対して、僕が伏せていたカードは小学校の頃の親友だった。小学校の頃は毎日のように遊んでいた。中学に上がるときに引っ越していってしまったけど、今もSNSのやり取りは続いている。
カードに書かれている数字は60%。その下には同じく60%の数字が浮かぶ。残された不安要素だったけど、互いの想いがすれ違っていなくてよかった。
「え、は。なんで……」
さっきまで明るく笑っていた玲美の声のトーンが何段階も落ちる。健介のカードに追加された数字は50%。こちらもさっきの健介の勝負のときと同じだった。玲美の目が大きく見開かれて、瞬きもせずに二枚のカードを見比べている。
そして、その目がキツく僕を睨んだ。
「最っ低! 嘘つき!」
次の勝負の相手が玲美だとわかった時、ここが勝負どころだと思った。
さっきの勝負で健介の数字はわかっていたから、それを出させることだけを考えた。
玲美が健介のカードを持っていて、まだ使っていないということが前提で、なおかつ僕の出すカードが50%より大きいことが必要だったけど、賭けに勝った。
「騙すなんてマジ最低!」
健介のカードの話題を出したとき、玲美は手元のカードを見た。だから、玲美が健介のカードを出すように誘導した。
その時点で健介のカードが実際よりも強いって匂わせはしていたから、後は僕の手元に強いカードが残ってないと思うように、勝負をしたくない言動を繰り返した。
「ねえ、聞いてんの!」
「ごめん」
不思議と最初の勝負で直樹に勝った時より心は痛まなかった。むしろ、光の泡となって消えていくカードを見て、こうやって記憶から取り除かれるのかと寂しく思う方が強かった。
直樹と玲美を比べてどちらがどうというわけではなく、二回の勝負を経る中で僕の心の方が麻痺していってしまっているのかもしれない。
あるいは、「俺達はもう死んでる」という健介の言葉に毒されてしまったのか。
「でも、僕だって。勝負なんてしたくなかったのに」
玲美の顔が蒼くなって、白くなった。その場にぺたりとへたり込んだ玲美にそれ以上かける言葉は見つからない。
玲美をそんな状態にしてしまったのは他ならぬ僕自身だ。ほとんど罪悪感もなく嘘をつき、玲美を誘導し、生き返る権利を自らのものとした。
こんな僕にもう一度笑顔で夏帆と会う資格はあるんだろうか。
頭の中に浮かんできた鈍い思考を首を振って振り払って、僕は次の部屋へと進む部屋に手をかけた。
残るカードは100%、80%、30%の三枚。夏帆のカードを使わずに、あと二回勝つことはできるんだろうか。
ハッとする。違う。勝負しなくて済むなら、それが一番だ。
もう一度、首を左右に振って、すすり泣く声の響く部屋を後にする。