扉を抜けた先は、さっきまで直樹と対戦していたのと瓜二つの部屋だった。他には誰もいない。
もし勝ち残った人が集まるロビーみたいな場所になっていれば、寿命を分けるための説得をしようと思っていたのに、当てが外れた気分だった。
試しに「寿命をみんなと分け合いたい」と願ってみるけど、何も起きない。もし最後まで他の人と集まる機会がないのなら、寿命を分け合うための説得などできないことになる。
「へえ、涼太。お前みたいなのが残ったのか」
白いテーブルをはさんだ向かいから聞こえてきた声にぶわりと悪寒が走る。
いつの間にか僕の向かいには白い扉が浮かび上がっていて、そこから健介が出てきていた。
健介は僕の顔をじっと見てからニタリと笑う。
「悪いけど、ここも俺が勝たせてもらうぜ」
健介の様子から、何かよくない感じがした。正直、健介は一回戦で負けるのではないかと思っていた。健介はお世辞にも頭がいいタイプじゃないし、健介のことを本気で慕っている相手もそんなにいないと思う。カードに書かれた数字は絶対量じゃなくて割合だし、僕はできるだけ健介を避けるように生きてきたから、僕が知らないだけかもしれないけど。
「さあ、次に進む十六人が決まったようね」
死神の無機質な声が響く。その淡白さがかえって残らなかった十六人のことを際立たせる。もちろんそれは他人事ではない。その十六人には僕がさっき勝負した直樹も含まれている。
「アンタたちの気持ちも変わっていないようね」
それは、そうだ。僕の目の前には健介がい玲美
ちらりと様子をうかがうと、まるで獲物を狙う肉食獣のような瞳で僕を見ていた。
だけど、死神の言葉でわかるのは、寿命を分け合う可能性はまだ残っているということだ。
「じゃあ、二回戦を始めて頂戴」
今度はあっさりと死神の言葉が終わった。
すると、カードを取り出す間もなく、ガタンと音がしたかと思うと、テーブルの向こうにいたの健介が跳び箱のようにテーブルを跳び越えて僕の目の前に飛び込んできた。
次の瞬間、グイっと胸ぐらをつかまれた。身長差のおかげか足が床から離れることはなかったけど、息が詰まる。リアルな肉体じゃないはずなのに、息苦しさは本物だった。
「なんの、つもり……?」
「生き返るのは俺だ。こんなところで死ぬつもりはねえよ」
さっきまでニタニタと笑っていた健介の瞳がぎょろりと僕を見据えている。それはただの肉食獣ではなく、その全てを喰らいつくそうとする貪欲な獣のようだった。
胸ぐらをつかまれたままグイっと体を押し倒される。肺の中から息があふれて咳き込んだところに健介が馬乗りになり、僕の自由を奪う。
「そこまでして生き返って、なんになるのさ。一人で生き残ったたら、玲美はどうなっ……がはっ!?」
僕の言葉は健介の拳によって途中で遮られる。頬を殴られた衝撃は一拍遅れて襲ってきた。ガツンとした痛みに頭がくらくらとする。
「関係ねえよ。俺はお前らのために早死にしてやるつもりはねえし。その中に玲美が含まれてようが関係ねえ。だいたい、とっくに負けてるかもしれねえだろ。アイツ、バカだからな」
健介は一人で生き返ると言っているが、生き残ったその先に健介の彼女である玲美はいない。もしかしたら健介を説得できるかもしれないと思っていたけど、不敵に笑う健介の表情から無駄だったことを思い知らされる。
「だけど、一人生き残ったら、それは三十一人のクラスメイトを殺したってことに……」
再びガツンという衝撃。今度は逆の頬だった。
「バカだな。俺達はもう死んでるんだろ? じゃあ、殺しでもなんでもねえよ。それで最後まで勝てば願い事が一つ叶うんだろ。それじゃあ、勝つしかねえよ」
ニタリと笑った健介の腕がもう一度僕の喉元を締め上げる。
僕たちはもう死んでる。ああ、そうか。だから健介はためらいなく一人生き返ることを目指せるのか。だけど、それなら、あの死神の言葉の意味は――。
そこで健介の腕の力が強くなり、ぐえっと声があふれた。
「さあ、涼太。勝負の時間だ。お前の持ってる中で一番弱いカードを出しな」
「誰が、そんな……」
「それとも、このまま締め落とされてえか?」
健介の腕の力が一段と強くなり、意識がくらりと遠くなりかける。
それでも何も起きないところを見ると、死神が言っていた「話し合い」には健介の行為も容認されているようだ。ルールがきっちりしていると思ったら、死神が言ったこと以外は何でもありなのかもしれない。
「わかった。わかったから……」
意識が飛んでしまう前に声を絞り出し、カードを取りだす。
それは乃利子が描かれたカードで、僕から乃利子への想いを示すパーセンテージは10%、一番弱いカードだ。
健介の口元がにたりと笑う。おそらく、一回戦でも同じように一番弱いカードを出させて勝ってきたのだろう。ふと、その相手が波奈だったら嫌だなと思った。これまでほとんど話したことはなかったけど、行きがけのバスで同じ苦行を味わってきた仲間意識みたいなものかもしれない。
「そのカードをテーブルに伏せな」
僕の首には健介の手がかかったままだ。僕は震えるように頷くと、立ち上がってそのまま乃利子のカードをテーブルに伏せる。
その僕の背中をバンバン叩いて、ゲラゲラと笑いながら健介はテーブルの向かいに回ると、迷いなくカードをセットした。
「悪ぃな、涼太。生き返ったら墓参りくらいには行ってやるから、祟ってくれんなよ」
さっきと同じようにカードがぽうっと光り、浮かび上がって裏返る。
健介が伏せていたカードに描かれていたのは玲美だった。元々書かれている数字は50%。彼女だってのに低すぎないか。いや、だからこそ、玲美がどうなっても構わないなんて言えるのか。
「ちっ、半分かよ。あいつ、やっぱり俺のことなんて何とも思ってねえじゃねえか」
玲美のカードに追加で浮かび上がった数字は30%だった。
「まあ、いいか。危ないカードを先に使えたんだからな。いくらなんでも、10%に負けることは――」
ガハハと笑ながら語っていた健介の声が止まる。勝気だった目が今は震えながら乃利子のカードを見ている。
そこに加わった数字は、100%だった。
僕の勝ちだった。バカな、と声が聞こえた。健介が頭を抱えながら、うわごとのように「バカな」を繰り返している。
「こんな僕のことを、好きだなんて言ってくれる人もいるんだよ。まあ、それが問題なんだけど」
一つ後輩の乃利子は、なぜかわからないけど僕のことをどこかで僕に一目惚れとやらをしたらしい。問題は、僕はすでに夏帆と付き合っていて、それを伝えても乃利子が諦めないことだった。結果、夏帆とデートしているときに現れて邪魔されることもあった。
乃利子のカードを見たとき、想いの強さが双方向じゃないことには気づいていたし、これは使えるかもしれないと思った。まさか、その想いの強さが100%までだとは思わなかったけど。
「認めねえ……っ! こんなとこで死ぬなんて認めねえぞ! 嫌だっ! 死にたくねえ!」
健介が再びテーブルを超えて僕に殴りかかってくる。だけど、直樹の時と同じようにその拳は僕に当たることなくすり抜けていく。
健介に口をパクパクとさせながら自分の拳を見ると、震える顔で白い室内を見渡した。
次に進むための扉が部屋の一角に浮かび上がっている。
「まだだ! まだっ!」
僕が扉に向かうより先に、健介が扉へと駆け出していった。
だけど、その手はドアノブに触れることはできず、開くことのない扉の向こうに健介の体が消えていった。
無音。
部屋が完全に静まり返る。健介がどうなったのかはわからないし、考えたくもなかった。
手元のカードは残り四枚。その中の夏帆のカードを見る。
「……まさか、そんなはずないよな」
少しだけ引っかかる気持ちに声を出して目を背けながら、次の部屋へと続く扉に手をかけた。
もし勝ち残った人が集まるロビーみたいな場所になっていれば、寿命を分けるための説得をしようと思っていたのに、当てが外れた気分だった。
試しに「寿命をみんなと分け合いたい」と願ってみるけど、何も起きない。もし最後まで他の人と集まる機会がないのなら、寿命を分け合うための説得などできないことになる。
「へえ、涼太。お前みたいなのが残ったのか」
白いテーブルをはさんだ向かいから聞こえてきた声にぶわりと悪寒が走る。
いつの間にか僕の向かいには白い扉が浮かび上がっていて、そこから健介が出てきていた。
健介は僕の顔をじっと見てからニタリと笑う。
「悪いけど、ここも俺が勝たせてもらうぜ」
健介の様子から、何かよくない感じがした。正直、健介は一回戦で負けるのではないかと思っていた。健介はお世辞にも頭がいいタイプじゃないし、健介のことを本気で慕っている相手もそんなにいないと思う。カードに書かれた数字は絶対量じゃなくて割合だし、僕はできるだけ健介を避けるように生きてきたから、僕が知らないだけかもしれないけど。
「さあ、次に進む十六人が決まったようね」
死神の無機質な声が響く。その淡白さがかえって残らなかった十六人のことを際立たせる。もちろんそれは他人事ではない。その十六人には僕がさっき勝負した直樹も含まれている。
「アンタたちの気持ちも変わっていないようね」
それは、そうだ。僕の目の前には健介がい玲美
ちらりと様子をうかがうと、まるで獲物を狙う肉食獣のような瞳で僕を見ていた。
だけど、死神の言葉でわかるのは、寿命を分け合う可能性はまだ残っているということだ。
「じゃあ、二回戦を始めて頂戴」
今度はあっさりと死神の言葉が終わった。
すると、カードを取り出す間もなく、ガタンと音がしたかと思うと、テーブルの向こうにいたの健介が跳び箱のようにテーブルを跳び越えて僕の目の前に飛び込んできた。
次の瞬間、グイっと胸ぐらをつかまれた。身長差のおかげか足が床から離れることはなかったけど、息が詰まる。リアルな肉体じゃないはずなのに、息苦しさは本物だった。
「なんの、つもり……?」
「生き返るのは俺だ。こんなところで死ぬつもりはねえよ」
さっきまでニタニタと笑っていた健介の瞳がぎょろりと僕を見据えている。それはただの肉食獣ではなく、その全てを喰らいつくそうとする貪欲な獣のようだった。
胸ぐらをつかまれたままグイっと体を押し倒される。肺の中から息があふれて咳き込んだところに健介が馬乗りになり、僕の自由を奪う。
「そこまでして生き返って、なんになるのさ。一人で生き残ったたら、玲美はどうなっ……がはっ!?」
僕の言葉は健介の拳によって途中で遮られる。頬を殴られた衝撃は一拍遅れて襲ってきた。ガツンとした痛みに頭がくらくらとする。
「関係ねえよ。俺はお前らのために早死にしてやるつもりはねえし。その中に玲美が含まれてようが関係ねえ。だいたい、とっくに負けてるかもしれねえだろ。アイツ、バカだからな」
健介は一人で生き返ると言っているが、生き残ったその先に健介の彼女である玲美はいない。もしかしたら健介を説得できるかもしれないと思っていたけど、不敵に笑う健介の表情から無駄だったことを思い知らされる。
「だけど、一人生き残ったら、それは三十一人のクラスメイトを殺したってことに……」
再びガツンという衝撃。今度は逆の頬だった。
「バカだな。俺達はもう死んでるんだろ? じゃあ、殺しでもなんでもねえよ。それで最後まで勝てば願い事が一つ叶うんだろ。それじゃあ、勝つしかねえよ」
ニタリと笑った健介の腕がもう一度僕の喉元を締め上げる。
僕たちはもう死んでる。ああ、そうか。だから健介はためらいなく一人生き返ることを目指せるのか。だけど、それなら、あの死神の言葉の意味は――。
そこで健介の腕の力が強くなり、ぐえっと声があふれた。
「さあ、涼太。勝負の時間だ。お前の持ってる中で一番弱いカードを出しな」
「誰が、そんな……」
「それとも、このまま締め落とされてえか?」
健介の腕の力が一段と強くなり、意識がくらりと遠くなりかける。
それでも何も起きないところを見ると、死神が言っていた「話し合い」には健介の行為も容認されているようだ。ルールがきっちりしていると思ったら、死神が言ったこと以外は何でもありなのかもしれない。
「わかった。わかったから……」
意識が飛んでしまう前に声を絞り出し、カードを取りだす。
それは乃利子が描かれたカードで、僕から乃利子への想いを示すパーセンテージは10%、一番弱いカードだ。
健介の口元がにたりと笑う。おそらく、一回戦でも同じように一番弱いカードを出させて勝ってきたのだろう。ふと、その相手が波奈だったら嫌だなと思った。これまでほとんど話したことはなかったけど、行きがけのバスで同じ苦行を味わってきた仲間意識みたいなものかもしれない。
「そのカードをテーブルに伏せな」
僕の首には健介の手がかかったままだ。僕は震えるように頷くと、立ち上がってそのまま乃利子のカードをテーブルに伏せる。
その僕の背中をバンバン叩いて、ゲラゲラと笑いながら健介はテーブルの向かいに回ると、迷いなくカードをセットした。
「悪ぃな、涼太。生き返ったら墓参りくらいには行ってやるから、祟ってくれんなよ」
さっきと同じようにカードがぽうっと光り、浮かび上がって裏返る。
健介が伏せていたカードに描かれていたのは玲美だった。元々書かれている数字は50%。彼女だってのに低すぎないか。いや、だからこそ、玲美がどうなっても構わないなんて言えるのか。
「ちっ、半分かよ。あいつ、やっぱり俺のことなんて何とも思ってねえじゃねえか」
玲美のカードに追加で浮かび上がった数字は30%だった。
「まあ、いいか。危ないカードを先に使えたんだからな。いくらなんでも、10%に負けることは――」
ガハハと笑ながら語っていた健介の声が止まる。勝気だった目が今は震えながら乃利子のカードを見ている。
そこに加わった数字は、100%だった。
僕の勝ちだった。バカな、と声が聞こえた。健介が頭を抱えながら、うわごとのように「バカな」を繰り返している。
「こんな僕のことを、好きだなんて言ってくれる人もいるんだよ。まあ、それが問題なんだけど」
一つ後輩の乃利子は、なぜかわからないけど僕のことをどこかで僕に一目惚れとやらをしたらしい。問題は、僕はすでに夏帆と付き合っていて、それを伝えても乃利子が諦めないことだった。結果、夏帆とデートしているときに現れて邪魔されることもあった。
乃利子のカードを見たとき、想いの強さが双方向じゃないことには気づいていたし、これは使えるかもしれないと思った。まさか、その想いの強さが100%までだとは思わなかったけど。
「認めねえ……っ! こんなとこで死ぬなんて認めねえぞ! 嫌だっ! 死にたくねえ!」
健介が再びテーブルを超えて僕に殴りかかってくる。だけど、直樹の時と同じようにその拳は僕に当たることなくすり抜けていく。
健介に口をパクパクとさせながら自分の拳を見ると、震える顔で白い室内を見渡した。
次に進むための扉が部屋の一角に浮かび上がっている。
「まだだ! まだっ!」
僕が扉に向かうより先に、健介が扉へと駆け出していった。
だけど、その手はドアノブに触れることはできず、開くことのない扉の向こうに健介の体が消えていった。
無音。
部屋が完全に静まり返る。健介がどうなったのかはわからないし、考えたくもなかった。
手元のカードは残り四枚。その中の夏帆のカードを見る。
「……まさか、そんなはずないよな」
少しだけ引っかかる気持ちに声を出して目を背けながら、次の部屋へと続く扉に手をかけた。