目が覚めると、白い部屋にいた。
 ちょうど学校の教室くらいの広さで、部屋の真ん中にこれまた白いテーブルが置かれている。窓や出口は見当たらない。
 そして、テーブルをはさんだ向かい側では直樹が横たわっていて、ちょうど目を覚ますところだった。

「ってて、ここは……」

 直樹がポケットを探ってから、小さく息をついて辺りを見渡す。そこで初めて目が合った。一応スマホを取り出してみるけど、表示はさっきと変わらず時間も場所もバグったままだった。

「ったく、俺達は一体何をやらされるんだ?」
「気を失う直前、死神はゲームがどうって言ってたと思うけど」
「じゃあ、俺の対戦相手は涼太ってことか」

 直樹は落ち着いた様子で頷くと、冷静にテーブルや部屋の壁を調べる。僕もそれに倣って部屋を調べてみるけどなにも見つかることはなかった。ただただ白に囲まれた部屋だ。死神の手違いか何かで、このままゲームが始まらなければいいのになんて思ってしまう。

「命を平等に分ける可能性って、もうないのかな」
「さあな。少なくとも、健介をつぶさない事にはダメなんだろ」

 直樹はテーブルの裏などを確認しながら、あっさりと言い切った。
 だけど、確かに死神は「今は条件に当てはまらない」と言っていた。例えば、健介がゲームに負けた時点であの寿命を分けるという選択もできるのだろうか。
 わからないことが多すぎる。改めて部屋を見渡してみたときに、ガガガと校内放送のスピーカーのような音が響いてきた。室内にはスピーカーなどないけど、直樹の方を見ると直樹にも音が聞こえているようで天井の方を見上げていた。

「さて、全員お目覚めのようね。それじゃあ、ルールを説明するわ。カードゲームで一対一で勝負して、勝ったほうが次に進むトーナメント形式ね」

 そんな死神の声とともに目の前にカードが浮かび上がる。それは昔遊んだトレーディングカードに似ていて、全部で六枚あった。その絵柄を見て、ひうっと変な息が口から漏れた。
 カードに描かれているのはどれも僕の知り合いだった。夏帆や陸上部の先輩、中学時代からの後輩の顔が大きく載っていて、右上には数字が書かれている。夏帆なら100%、部活の先輩は50%というように。カードに描かれているのは知り合いの顔とパーセンテージだけ。パーセンテージは全部別の数字で大きい方から100%、80%、60%、50%、30%、10%となっている。

「そこに描かれている数字は貴方がカードに描かれた相手への想いの大きさを示すパーセンテージよ。一番想いの強い相手を100%の基準としてるわ」

 死神の言葉とカードに書かれた数字は納得がいくものだった。それだけに死神の力が本物で、ここが普通の世界ではないことを改めて思い知らされる。気を失う前の感覚は、もしかして記憶を覗かれていたのか。

「ルールは簡単。お互いカードを出し合って、数字の大きさを比べてもらうわ。一度使ったカードは使えなくなるから、慎重に選ぶことね」

 僕のクラスは三十二人。トーナメント形式なら最大で五回勝負をすることになる。どこまで勝ち進んでも負けてしまえば結果は同じなのだから、どのタイミングで数字の大きな札を使うかの読みあいとなる。
 ただ、それならなぜカードが六枚あるのだろう。一番数字が小さいカードは使う場面がない。僕の手札の場合はそれが一学年下の乃利子だった。

「それと気を付けて。比べる数値は相手への想いではなく、相手からの想い。カードに書かれていない数字だから」
「……つまり、想いの強さがすれ違ってると、カードの数字通りの強さとはならないのか」

 テーブルの向かいに座る直樹の眉がぴくりと上がる。
 直樹の言葉の通り、自分からの想いと相手からの想いが等しいとは限らない。僕から夏帆への想いは100%になっているけど、夏帆から僕への想いがそうじゃなかったら。そんなことはないと信じたいけど、相手との読み合いに加えて、カードに描かれた相手の感情を慮る必要がある。
 どのカードを出すべきか悩んでいると、「それから」と気軽な調子で死神が付け加える。

「あともう一つ。使ったカードの相手との記憶は、最後までゲームが終わった後になくなるから。そこまで考えて使うカードを選ぶことね」

 一番強烈なルールだった。もし生き返ることができたとしても、それが最後まで勝ち残った結果なら、カードに描かれた六人のうち、五人の記憶は失うことになる。
 そうか。だから、カードが六枚あるのか。もし夏帆の記憶を残したければ、僕の手持ちの中で一番強いであろう夏帆のカードを残したままで最後まで勝ち残る必要がある。
 だけど、他のカードに描かれた人たちだって、その記憶を失いたいわけじゃない。やっぱり、少しでも早く寿命を分け合うという結論に導いてゲームを終わらせるべきだ。

「さあ、それじゃあゲームスタート。お互いにカードを選んでテーブルの中央に伏せなさい。もちろん、自由に話し合ってくれて構わないわ」

 その言葉を最後にブツリという音が鳴り、死神の声が途絶えた。
 向かいの直樹が大きく息を吐く。勝負が始まってしまった以上、勝つしかないのか。それも、できる限りカードを温存した状態で。
 自然とそんなことを考えていた自分に体が震える。負ければ僕は死ぬし、勝ったら直樹が死ぬ。これは普通の勝ち負けを争うゲームじゃない。

「話し合え、って言われてもな。まさか自分が出すカードを教えるわけにもいかないだろうし」

 直樹はじっと自分のカードを見ている。その瞳にはどのカードを選ぶ迷いはあっても、ゲームに臨む葛藤はないように見えた。
 もう、勝負するしかないのか。
 一つ、今朝から気になっていたことを聞いてみることにする。

「あのさ、直樹。今朝、ホテルでスマホを落とさなかった?」

 僕の言葉に直樹はカードを見ていた視線を少し上げてちらりと僕を見る。

「朝、ホテルを出るときスマホを拾ってロビーに届けたんだけど。さっきから時々スマホを探してるようだったから、もしかして直樹のだったのかなって」

 直樹の瞳が小さく見開かれて、それから小さく笑みを浮かべた。

「ああ、涼太が拾ってくれたのか。よかった、どこで落としたのか気になって仕方なかったんだ」
「そのスマホさ、わざと落としたんじゃないの?」

 僕の言葉に直樹の目が今度は大きく見開かれた。

「こっちに来てから何度もスマホを気にしてたみたいだから。それなのに、スマホを落としたことに気づかなかったのは不自然だし、気づいた時点で探してたんじゃないかなって」

 僕の言葉に直樹は見開いていた目を閉じると、大きく息を吐いてカードをテーブルの上に置いた。
 
「ああ、そうだよ。部屋に財布忘れてたことに気づいて、取りに戻るときにスマホを落としていったんだ」
「なんで、そんなこと……」 
「最後にバスに乗ることになったら、健介の前しか余ってないのは目に見えてたからな。ロビーの手前に落とせばフロントに届けられるだろうし、どうせホテルに戻るまでほとんどスマホは使えないから、健介の前の席で一日移動させられるよりマシだと思ったんだ」

 部の悪い賭けだと思う。拾ったのが波奈だったからもたついたけど、他の人だったらとっととフロントに預けて終わりだったかもしれないし、盗まれていた可能性だってあった。
 それでも健介の前の席で一日無駄にしたくないという気持ちはわからなくもない。実際、僕は今日をやり過ごすことだけ考えていた。
 突き詰めれば、僕と波奈がそんな時間を過ごすことになったのは直樹のせいであり、一方の直樹は賭けに勝ったといえるのかもしれないけど。

「それで、どうする? この場で謝れってんなら土下座でもなんでもしてやるよ」

 どうせもう死んでるんだ、と直樹は投げやりに言い放った。
 そんな直樹に僕はできる限りの笑みを浮かべて見せる。自分の胸に言い聞かせる。直樹は僕の中から一つ罪悪感を取り除いてくれたのだと。

「いや、そんな無駄なこと頼まないよ。ただ、交渉が通じる相手だと思ったんだ」
「交渉?」
「あのさ。ここではお互い一番弱いカードを出すことにしない?」
「はあ? なんでそんなこと……」
「ここで真面目に争って勝ったって、あと四回も勝負が待ってるんだからジリ貧だよ。だったら、ここで負けるリスクをとってもカードを温存した方がいい」

 直樹はテーブルの上に置いていたカードを拾う。その瞳が激しく動いていた。迷っている。

「別に普通に勝負してくれても構わない。だけど、他の対戦では僕以外にも同じ結論に至る人がいると思う。ここで強いカードを使って勝っても、そこで負ける。直樹ならわかるだろ?」

 直樹は自分のカードと僕の顔を交互に見る。
 やがて、背もたれに大きく体を預けると、天井を見ながら大きく息を吐きだした。
 手元のカードを一枚とると、裏側を向けたままテーブルの中央辺りに伏せる。

「わかったよ。一番弱いカードを出した。結果がどうなっても恨みっこなしだからな」
「ありがとう」

 僕も同じようにカードを一枚手に取り、テーブルに伏せる。
 するとテーブルがぽうっと光り、僕たちが伏せたカードが浮かび上がるようにして表にひっくり返る。
 直樹が伏せていたのは10%と書かれたカードだった。その数字の部分が光り、下に「20%」という文字が加わる。これが相手からの想いの強さの数字ということだろう。

「は、なんで……」

 直樹の驚きの声。僕が自分で伏せたカードを見ると、陸上部の佐藤先輩が描かれたカードには40%の数字が加わっていた。やはり、互いの想いの割合というのは一致するわけではないか。ただ、そこまで差があるわけじゃなさそうだし、ある程度参考とする分には問題なさそうだ。
 もちろん、例外だってあるんだろうけど。でも、佐藤先輩との関係を考えたときに、その数字は大体納得できるものだった。

「涼太、お前。お互い、一番弱いカードを出すって……」 

 テーブルの向かいで直樹の声が震えている。信じられないものを見るようにテーブルのカードを何度も見比べ、ぐわっとその瞳に怒りが宿った。
 もしかしたら直樹は僕に騙されたふりをしているのかもしれないと思ったけど、本当に信じていたらしい。今朝のスマホのことがあったから、思考の詰めが甘い可能性に賭けてみたわけだけど。

「騙しやがったな!」
 
 立ち上がった直樹が僕につかみかかってくる。だけど、直樹の腕は僕に触れることなくするりとすり抜けていった。
 既に、僕と直樹の運命は別れてしまったらしい。直樹の言う通り僕が騙した結果がもたらした事実に胸の奥がズンと重くなる。
 だけど、僕は生き返りたい。どれだけ寿命が削られたとしても、もう一度夏帆に会いたいんだ。

「ここで弱いカード出さなきゃ負けるってのは嘘だったのかよ!」
「……ごめん」

 最後まで勝ち抜くつもりなら、よほど運がよくなければカードを上手く温存しなければいけないだろう。だけど、健介が落ちた時点で寿命を分け合える可能性がまだ残っているし、僕はそうしたいと思っている。
 だから、とにかくそこまで夏帆のカードを使わずに生き残ることが最優先だった。テーブルの上を見ると、佐藤先輩の描かれたカードが光の泡となって消えていく。

「さあ、勝者は扉から次の部屋に進みなさい」

 ガガガという音とともに死神の声が響く。見ると、部屋の一角に白鳥が装飾された白い扉が出来上がっていた。
 ごめん。心の中でもう一度呟きつつ、僕は振り返ることのできないままその扉を潜り抜けた。