悪役令嬢に転生してデスゲームへ参加するもSSレア『理解ある彼くん』をゲットして楽勝の模様!だが放っておくと二次元の嫁に萌える彼に悪戦苦闘中


 ドアの向こうから鈍い「ドン」「ドン」という音が聞こえる。
 ゾンビが部屋に入ろうとしているのだ。

 どうしようどうしよう。確かにデスゲームだけれど相手はモブ子達のはずなのに!

「いっそ撃っちゃえば良いかな!」と私はピストルをドアに向けて構える。

「ペイント弾が当たってもゾンビに彩りを添えるだけだが」と悟くんは言った。

 私は突然の事態に弱い。自覚はあるものの情け無い。

「さっきの鍵はあるか?」悟くんは冷静に訊いてきた。

「あ、あるけど」私はポケットから鍵を出して悟くんに渡す。

 悟くんはおもむろにその鍵を剥製の鹿の鼻に入れた。

「え?」

 そしてクルッと回す。
 すると部屋の本棚が横移動して通路が現れた。

「よく分かったね」

「入れてみたかっただけだ」と悟くんはイケボで言った。

 いや、どんな需要⁉︎
 というか、たまたまなのか。なんだかんだで悟くんは運が良い気がする。

 本棚の横を通過すると自動的に本棚はスライドして元に戻った。
 これでゾンビが侵入してくる事はない。

「って暗っ!」私は思わず叫んだ。

「ぼんやり見えないか」と悟くんの声がする。

「見えない‥‥怖い」私は弱音を漏らしてしまった。昔から暗いのは苦手だ。

「仕方ないな」そう言って悟くんの方から衣擦れの音がする。

 腕に感触がした。私は悟くんが腕を伸ばしたのだとわかってそれを握る。

「ついて来い」

 非常に困る。私にも乙女モードはある。この状況は長らく発動していない乙女モードが起動する予感がする。

 歩きつづけるとやがて明かりが漏れてきた。
 悟くんがそのドアを開けるとムワッと熱気と湿気が伝わってきた。
 そして周囲には沢山の花や木々があった。

「温室か」と悟くんは言った。そして極自然に私の手を離した。

 少し名残惜しいと思ってしまった気持ちを打ち消した。  
 いやいや、コイツが今まで何をしてきたか思い出せ!

「暑いな」そう言って悟くんは制服の上着を脱いだ。ワイシャツが汗で張り付き、背中の筋肉の輪郭が浮き出てきた。

 細マッチョ!

「どうした。息が荒いが」と悟くんは訊いてくる。

「何でもにゃい」と言う私の唇に液体が流れる感触がした。

「鼻血出てるぞ」と言ってコチラを向いた悟くんのワイシャツの向こうに先程のエロ本が浮き出ていた。

 鼻血は止まった。
 悟くんがハンカチを渡しくれたのはありがたいが血染めになってしまった。そして興奮はおさまった。
 ありがとう、エロ本。

 もう大丈夫、と言うと悟くんは再び歩き出した。

 ところで私ことブラックローズは日本の学園にいるのにフレアなスカートを履いて胸元の開いたドレスを着ている。製作者はきっとアホなのだろう。
 そのスカートが植物園の狭い通路ではとにかく邪魔だった。

「歩きにくいな」

「少し切るか」と何処からかハサミを持ち出して悟くんは言った。おそらく園芸用の物だろう。

 そうだ、こういう奴だった。
 しかしこの先ゾンビに襲われた時の事を思うと確かに動きやすいに越した事はない。

「せめて膝下くらいに」

「ナノハちゃんくらいのミニにすると足の可動域は広がると思うぞ」と悟くんはナチュラルに気持ち悪い事を言った。

「やめて! だったら自分で切る!」
 
 膝下くらいに切ったら流石に歩きやすく、そして涼しくなった。
「快適」

 そんなやりとりをしていると木々の向こうから音がした。
 物音のする方へ歩いていくと水車小屋があった。そして小川が流れていた。

「え、建物の中に川が流れているの?」
 何処かの地方にそんな旅館があったと思うが少し不思議な光景だった。

「水車小屋か」と腕を組んで悟くんは考え込んでいる。

 せせらぎ以外の音が確かに水車小屋の中から聴こえてくる。

「入ってみるか」
 
「え、何で?」

 私の疑問を無視して悟くんは水車小屋に入った。
 後について中に入ると音は止んでいた。そして悟くんは屈んで道具場の中から何かを拾い上げた。

「銃?」と私は訊いた。

「散弾銃だな。何であるのかは分からないが」
 
 という悟くんの発言と同時に何かが部屋の中央に落ちてきた。人間よりも巨大な蜘蛛だった。天井から落ちてきたのだ。

「ええ! 嘘でしょ!」と私が叫ぶと同時に蜘蛛はガサガサっと音を立てて動いた。

「ボウッ」と凄い音がした。
 悟くんが散弾銃を蜘蛛に向けて撃ったのだ。
 蜘蛛の体は弾け飛んだ。
「物音の正体はこいつか」

「イヤイヤイヤ、撃つなら一言言ってよ! 耳キーンてしてるわ!」私は叫んだ。

「咄嗟の事態だからな。ともあれ散弾銃か。使える」そう言って悟くんは道具箱の中から実弾もいくつかゲットした。

 コイツ全然謝らないな。そして文句を言えば良いだけの姫の立場が恋しい。

 水車小屋を出て温室を歩いていくとやがてドアが見えた。
 悟くんがドアを開けると再び建物の廊下が始まる。
 散弾銃があるので少し心強いものの、狭い廊下からゾンビが現れるのを思うと生きた心地がしない。

「モブ子達がゾンビになっていたらどうしよう」と私はポロッと漏らした。

「弾が当たりやすいからむしろ好都合だろう」と悟くんは言った。

「いや、そういう事ではなくて」

「貴様、悪役の癖に優しいな」と悟くんは流し目でこちらを見た。「良い嫁になりそうだ」

 え! どういう意味?

 そして廊下の突き当たりにまたドアがある。
 開けるとそこは玄関ホールだった。
 そしてそこにモブ子とモブ夫もいた。

 事前に打ち合わせたのだろう、モブ子とモブ夫はペイント弾を二人同時にこちらに構えた。

「よし分かった。貴様達、この女の命が惜しかったら銃口を下ろせ。銃を捨てる必要はない。ちなみにこの散弾銃は本物だ。ペイント弾ではない」
 そう言って悟くんは私に銃口を向けた。

「え」

 とモブ子とモブ夫、そして私は同時に言った。

「状況が分かっていないようだな。女の方、ペイント弾を床に置いてこっちに来い。説明してやる」と悟くんは言った。

 モブ子は震えながらペイント弾を床に置くとモブ夫に目を合わせた。モブ夫は頷き、モブ子はこちらに歩いてきた。完全に怯えている。

「耳を寄せろ」と悟くんは指示してモブ子はその通りにした。「戻れ」

 モブ夫の隣に戻ったモブ子は床のペイント弾を拾ってモタモタしている。

「互いに銃口を向けろ。当たると意外に痛いからな。女はスカートの裾を広げろ。男はそこに当てるんだ。女は何処でも良いから当てろ。男は我慢しろ」悟くんはナチュラルに女尊男卑した。「ペイントは洗濯すれば取れる。安心しろ」

 言われた通りモブ子はスカートの裾を持って広げた。そしてモブ夫がそこにペイント弾を発射すると同時にモブ子はモブ夫の足にペイント弾を撃った。
「痛っ」とモブ夫は言った。

「ごめん、痛かった?」とモブ子が労うと「平気だよ」とモブ夫は答えた。

「終了〜、だぜ」と何処からか現れた海賊ウサギは言った。

「どうやら無事に済んだな」と悟くんは銃口を下ろして言った。

「無事なわけあるか!」と私は悟くんのお尻を蹴った。

 前のめりになって四つん這いになった悟くんは冷静に言った。
「何をする」

「殺す気か!」

「殺さない」と言って悟くんは立ち上がる。「巨大蜘蛛を撃った時点で銃は空だった。予備は拾ったが装填していない。見てただろう?」

「だったら事前にそう説明しろや! 銃の仕組みなんて知らんがな!」

「ふむ。忘れていた」悟くんは人差し指を立てて上を向いて言った。

 殺したい。

「ご褒美タイムだぜ」とそこで海賊ウサギは言った。

①相棒のスパダリからハグされる
②相手のスパダリをフラグごと手に入れる
③相手も相手のスパダリもNPCにする

 ③だけ急に異質になった。これがこのゲームの本質である。   
 NPC、つまりモブ子もモブ夫も名前すらない背景のような人物になるという事だ。

「さあ選べ、だぜ」海賊ウサギは言った。

「③で」と私は間髪入れずに言った。

「じゃあこれからモブ子とモブ夫は名前のないキャラだぜ!」と海賊ウサギは言った。

 二人は一種戸惑いつつもやがて頭を下げて立ち去った。

「これで良いのか」と悟くんは訊いた。

「ええ」と私は答えた。
 実はこの後に控えるイベントで名前のある役はほとんど死ぬ。ルートによっては無事だが、少なくともモブ子とモブ夫はそれでも高確率で無事にすまない。
 つまり名前が無くなれば過酷な運命にあわずに済む。

「良かった。二人を救えた」私はヘナヘナと床にへたり込んだ。「アンタ、私を人質にした時モブ子になんて言ったの?」

「ここで負けてもブラックローズはお前達の無事を一番に考えているから安心しろ、と」悟くんは言った。

 まあ、その通りだけれど。
「それにしてもあの無茶苦茶なやり方が通用しなかったらどうする気だったのよ?」

「あんな善良な奴らが従わないわけがない」メガネをクイっと上げながら悟くんは言った。

 一応人を見る目はあるのか、と思った。

「第四ステージだぜ!」と海賊ウサギは叫んだ。


 第四ステージは学園だった。
 なんとなくそうなるような気がしていた。

「次の対戦相手はコイツらだ!」海賊ウサギは叫んだ。

 そこにはこのゲームで名前のあるキャラクターが勢揃いしていた。 
 そしてそこにモブ子とモブ夫の姿は無かった。

「良かった」と呟くもキャラクター全員が相手という意味を掴みかねた。

「次は集団戦だぜ」と言いつつ海賊ウサギは教室の窓に掛かるカーテンを開けた。「今から隣国の王子であるミカエルを人質にしようとテロリストが乱入してくる。そいつらを撃退した奴が勝利者だぜ! 勝った奴が真のスパダリだぜ!」

 ルールがテキトーになってきた。
 そして学園の門の近くに軍用車がいくつも停まる。そこから銃を構えた男達が何人も出てきた。

 やはりこのルートになったか。ミニゲームとしてのデスゲームとは別に本ルートでも一種のデスゲームが存在する。
 ここのバッドエンドでは名前のあるキャラは全員死ぬ。
 グッドエンドですらもエリアナともう一人のスパダリが生き残り後悔の果てに人生を終えるという鬱エンドに近い筋書きだ。 

 これ、乙女ゲームか?

「まさかここで役に立とうとはな」と悟くんは前のステージで手にした散弾銃を見て言った。

「イヤイヤイヤ、あの数見たでしょ? 無理でしょ」
 私は悟くんの真顔に恐怖すら覚えて言った。

「確かに直ぐには使えない。隠しておこう」
 そう言って悟くんは掃除用具入れに散弾銃を隠した。

「ミカエル王子とやらは何処にいる?」と悟くんはミカエル王子を呼んだ。「来てくれ」

 いや、最初のステージでグーパンチした相手を忘れているの?

 案の定、ミカエル王子は怯えながら近づいてきた。
「僕のせいですまない」と悟くんと顔合わせする前に皆に頭を下げた。

「気にするな。それよりこっちだ」悟くんはミカエルを連れて教室を出て行った。

 責任の所在を追求しないのは流石だと悟くんの言動を少し見直した。
 やがて二人は帰ってくると意外な事にそのまま待機していた。てっきりミカエル王子を何処ぞに逃すかと思っていた。

「さあ、第四ステージ開始だぜ!」と海賊ウサギは叫んだ。

 待機していた我々のもとに軍服を着て目出し帽を被ったテロリストが続々と教室に入ってきた。

「ミカエル王子はいるか」

 日本語堪能ですね。
 ミカエル君は留学している設定だから当たり前だけれどテロリストが日本語ペラペラなのは少し驚く。
 そうだ、製作者はアホだった。

「そこの金髪、前に出ろ」とテロリストは言った。

「コイツは頑張ってブリーチしたものの生徒指導の先生に呼び出され、明日ヅラみたいに髪を黒くする予定のヤンキーだ。名を佐橋君という」悟くんは苦しい言い訳をした。

「いや、顔知ってるし」とテロリストは顔写真を掲げて言った。

「ふむ」と悟くんは腕を組んで言った。「佐橋ミカエル君、呼んでいるぞ」

 悟くん、もう喋るな!

「すまないな。君に恨みはない。一緒に来てくれたらそれでクラスメイトは皆笑顔で家に帰れる」とテロリストはミカエル君に言った。「ちなみにこの様子は隣国に向けてリアルタイムで放送している」

 そう話しているテロリストの後ろでスマホを構えた別のテロリストがいた。
「騒がなければ命の保障はする」

「写真を持っているという事はそもそも顔は知らなかった、と」悟くんは言った。「貴様ら、さては傭兵だな」

「それがどうした? 武器を持参で日本に来られるわけがなかろう」

「つまり貴様らは日本人だ。何故なら日本語がペラペラだからっ」と名探偵の孫のような口調でドヤりながら悟くんは言った。

 日本語がペラペラなのは製作者がアホだからだよー

「お前、さっきからうるさいな」テロリストは銃口を悟くんへむける。

「やめてくれ! 皆に危害は加えないでくれ。そうしたら僕はそちらに行く」とミカエル君は言った。

 やっぱりスパダリは違うなあ、と感心していると何やら背後でロッカーを開ける音がした。

「動くな」と悟くんは散弾銃を構えて言った。

「おいおい、この数を相手にそれか」とテロリストは馬鹿にして笑った。

「勘違いするな、俺が『動くな』と言ったのは貴様だ」
 そう言って悟くんはミカエル君に銃口を向けた。ほぼゼロ距離だ、ミカエル君のお腹に付くくらい。

「何故だ? 僕は大人しく投降する、だから」
 とミカエル君が悟くんの方へ向き直り、言ったと同時だった。

「ボゥ」という発射音がした。

 ミカエル君は倒れ、腹を押さえた。そして血染めのハンカチを落とした。

 アレ?

 教室内がパニックになる。凶弾に倒れたミカエル君を心配してエリアナも駆け寄った。

「人質がいなければここにいる理由はない」と悟くんはテロリストに言った。「今なら逃げ切れると思うぞ。ちなみに我々日本人では人質としての価値はなかろう。隣国の王室への交渉材料としてのミカエルだからな」

 多少穴のある交渉だったがテロリストには効いたようだった。
「引き上げるぞ」という合図と共にテロリスト達は教室から、そして学園から出て行った。

 そしてその後をパトカーやら特殊部隊やらの車が追っていった。生放送していたらそりゃ通報されるよね。

「このひとでなし!」と悟くんへの罵詈雑言が口々に始まる。勿論その中心はユダ子だ。

「ネダバラシしないの?」と私は横目で悟くんに訊いた。

「それくらい、自分で出来るだろう」悟くんはメガネをクイっと上げつつミカエル君を見て言った。

「痛たた。流石に衝撃はすごいね」とミカエル君は起き上がって言った。そして制服の下から辞書くらいの厚さのエロ本を出した。

「やっぱりそれか」そしてあの血染めのハンカチには私の鼻血がたんまり付いている。だいぶチープな仕掛けだ。

「流石に分厚いエロ本でも貫通する恐れがある。ミカエル」悟くんはミカエル君からエロ本を譲り受ける。
 エロ本の中身をくり抜いて出来た空洞には鉄板でできた箱があり、さらにその中にピストルが入っていた。

「ピストルは無傷だ。もし、ミカエルの死体を確認されそうになったらミカエルに使ってもらう予定だった」

「テロリストを逆に人質にしろと言われたけれど、流石にそれは無理だよ」とミカエル君は謙遜した。

「終了〜、だぜ!」と海賊ウサギは宣言した。「勝者は悟とミカエルだぜ。二人の連携だからな」

 まさかこのルートでトゥルーエンドが見られるとは思わなかった。
 ネットでは「トゥルーエンドの無いクソゲー」と揶揄されていたからだ。

「良い物を見せてもらったぜ。ご褒美は選択形式ではなく、事前に訊いた望みのルートを辿ってもらうぜ」と海賊ウサギは言った。
「神様からのご加護だ」

 神様からのご加護? 事前に訊いた望みのルート?
 なんだろう。聞いていない。となると訊かれたのは私ではなく悟くんの方か。

「僕の望みは皆と平和に卒業することだよ」とミカエル君は言って女性陣から黄色い声援をうけていた。「じゃあね、二人とも! 僕らは卒業式までのルートを辿るよ」

 そう言ってミカエル君とクラスメイト達は教室を出て行った。

「行っちゃった」と私は手を振りつつ呟いた。「アンタ、何かリクエストしたの?」

「最終、第五ステージだぜ!」と海賊ウサギは叫んだ。「頑張れよ」

 海賊ウサギは何故かしんみりとした様子だった。
 逆に悟くんは緊張まじりの真剣な顔つきになる。初めてみる表情だった。
 今まではどこか鼻歌混じりの態度だったからだ。

 え、悟くんが望んだルートなのに?
 という疑問を残しつつ最終第五ステージが始まる。

 あれ?
 何か重要なことを忘れている気がする。
 まあいいか。
 私は今から日曜朝のアニメ「魔法使いシニカルなのは」見なければならんのだ。ナノハは困っている人を助ける私のヒーローなのだ。

「おい、ナノハ見るなら起こしてくれ」と兄の悟くんは言った。「楓の方が早起きなんだからさ」
 それから私と兄は一緒にアニメを見た。

 兄は少し前にお母さんが再婚した相手の連れ子だった。

「俺の方が三ヶ月早く産まれたから兄貴だな」と言ってメガネをクイっと上げた。

 兄はお兄ちゃん振るのが好きだった。
 ただ、時々無茶な事をしでかすのでそれを嗜めるのが私の役割になりつつも、それでも兄に頼っている自覚はあった。

 ある日ナノハを見てからラーメン屋へ行こうという話になった。
 両親はたまには二人で出掛けたいという事で留守だった。

「店のラーメンは美味しいらしい」兄は力説する。

 確かに食べた事はない。

「実はすでにお小遣いを貯めている」

「でもお母さんがお昼を用意してくれたよ」

 母は冷蔵庫に「チンして食べてね」とミートソーススパゲティを用意してくれた。

「それなら大丈夫。俺がラーメンの後に二人前食う」

「いや、無理でしょ」

 そう否定しつつも結局我々はラーメン屋へ行くことになった。
 私も食べてみたかったからだ。


 信号は青だった。
 よそ見運転のトラックが横断歩道をわたる私たちに突っ込んできた。

 兄はお兄ちゃん振るのが好きだから私を突き飛ばして自分だけ轢かれた。
 それからずっと昏睡状態にある。
 目覚めるように神棚にずっとお祈りしているのに。
 神棚の隣に置いた「海賊ウサギ」という名のぬいぐるみがそんな私を笑っているような気がした。

 事故が原因かは分からない。両親は離婚した。

 私は中学生になった。
 急に発育した私は何故かクラスの中心的立場に仕立て上げられた。
 そして私がした訳でもないイジメの首謀者として私自身がイジメられるようになった。イジメがあった事すら知らなかった。

 孤立した私に唯一いつも通りに接してくれる女の子がいた。信子だ。
 信子は私と一緒に登下校してくれて一緒に好きなアニメの話をしてくれた。

 信子はある日突然校舎の上から飛び降りた。
 実は私を庇って信子も虐められていたと後に知った。

 それから私は不登校になる。


「第五ステージだぜ!」と海賊ウサギは再び言った。

 え!
 そこは横断歩道の途中だった。
 前には小学生の悟くんが歩いている。隣からはよそ見運転のトラックが来つつあった。
 悟くんはいち早くトラックに気づいて私を押した。

 だが私はその手を掴んだ。
「私だってナノハちゃんみたいになれるんだ!」
 体に衝撃が走る。だが兄はーー、悟くんは咄嗟に私の体を抱きしめた。

 私は奇跡的に軽傷で済んだ。
 悟くんは今も隣町の病院で眠っている。


「ご褒美タイムだぜ!」海賊ウサギは夢の中で叫んだ。

 目覚めた私はパソコン画面の前で「彼と私とデスゲーム」のエンディング画面を眺めている。

「え! クリアしたの?」
 伝説のクソゲーと称されるこのゲームをクリアしたのか。
 私は満足感を得ると同時にえも言われぬ焦燥感に駆られる。
 胸がドキドキする。背中に冷たい何かが流れた。

 行かなくちゃ

 どこに?

 隣町の病院だ。

 私は部屋を飛び出して階下にいるお母さんに向けて叫んだ。「ママ、お金貸して!」

 階段の下にいた母は私に運ぶ途中の紅茶を落として口を両手で押さえている。「楓が部屋から出た」
 
 それから母を説き伏せてタクシーに乗って隣町の病院へ行った。
 パジャマ姿でノーメイクの髪がボサボサの女子に看護師さん達は奇異な眼差しを向ける。

 でもそんな事はどうでも良かった。
 面会手続きを済ませ個室のドアを開ける。
「ねえ、起きているんでしょ。一緒にデスゲームをクリアしたじゃない。ミカエルくんにグーパンチしたり、テロリストに駆け引きしたり、相変わらず無茶苦茶だよ」私は悟くんの頬に触れた。「ラーメン屋、連れて行ってよ」

 私の頬に熱い液体が流れた。なぜこんな大事なことをずっと忘れていたのだろう。
「ねえ、起きてよ‥‥、また馬鹿な事をして私を怒らせてよ」
 ベッドに顔を埋めて私はみっともなく泣いた。きっと病室の外まで聞こえていた。

「ふむ。奢りなら考えなくもない」

 え‥‥。

 兄はーー、悟くんは目を覚まして、私の頭に手を置いた。
「俺が夢の中で神様に願ったのは楓が立ち直るキッカケだけだったのにな」

 なんで俺まで助けた?
 と、悟くんは苦笑いした。「目覚めなくてもいいからとせっかく『悟り』の能力まで前借りしたのに」

「ナノハちゃんならきっとそうしたからだよ、お兄ちゃん」私は言った。
 なるほど、と悟くんは心の底から納得したように言った。「理解した」

 そして信子もきっとそうする。ゲームの中のモブ子は何故か信子にそっくりだった。
 それから思い出し笑いをした。

「どうした?」と悟くんは言った。
「あのゲームに『海賊ウサギ』なんてキャラは出て来なかったなあって」

 ありがとう、神様。


 おしまい

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