「10秒間目を瞑るだけで、3000円もらえるんだけど、やってみない?」


 そんな誘い文句に乗ったお馬鹿なクラスメイトを連れて、美術準備室にやってきた。

 隣にいる彼女は、クラスのグループワークで少し話したことがある、あまりパッとしない感じの女の子。最近メイクをするようになって、コスメを買うお金がない、と愚痴をこぼす彼女に、あたしはあまく囁いた。全然怪しくない、楽にお金をもらえる方法があるよ、と。


 美術準備室には、化け物がいる。

 女子高校生の毛穴に興奮して、金銭と引き換えに、いたいけな少女たちの肌を接写するおそろしい魔物が、白川先生だった。

 ブツブツと広がる毛穴。指にも、腕にも、太ももにも、ふくらはぎにも、小鼻の横にも、そして腋にも。毛穴が密集するところを見ると、ぞわぞわと性的な興奮を覚える。それが白川先生だ。


「安藤は、うしろから木原の両眼を隠すようにして。それで、10秒ね」


 連れてきた友人の後ろに立って、彼女の両目を両手で塞いだ。彼女の耳元で、「ゆっくり数えて」と言うと、彼女は数を数え始める。


「いーち、にーい、さーん、」


 あたしは目を瞑らずに、じっとりと先生を眺めていた。白川先生は怪訝そうにあたしの顔を一瞥してから、スマホを取り出す。何も知らずに数を数える彼女の、制服のスカートから伸びる白い腿にカメラを向けた。


「よーん、ごーお、ろーく、なーな、」


 彼女は何も知らずに、10を数えている。この子が先生の悪意に気づくのはいつになるだろう。

 先生。あなたはそうやって、次から次へと悪意の餌食を探していくんですね。

 ひっそりと、心を殺して彼女の眼を塞いだ。ごめんね。でも、危機感のないあなたが悪い。


「終わり。じゃあ、ふたりとも3000円な」


 本当はこんなお金、今すぐにでもゴミ箱に捨ててしまいたいのだけど、友人をだますために、うれしそうな顔をして受け取った。隣にいる彼女は、少しだけ訝しんでいたものの、結局そのお金を鞄に仕舞ってしまった。


「木曜日以外も、美術部って活動してないらしいから、暇なときにでも行くと良いよ」


 彼女にそう言うと、彼女は罪悪感と高揚を半分ずつかき回したような、そんな顔をして見せた。彼女はきっと、またここに来る。そういう、確信があった。

 あたしは、最低だ。クラスメイトを、こうやって先生に差し出したりして。だけどそうしないと、先生はあたしの下着の写真を消してくれない。

 なんだか一人で帰りたい気分になった。一緒に美術準備室に行った彼女とは別れて、すこし時間を潰してから一人で帰宅することにした。

 人気のない昇降口で、室内履きをローファーに履き替えたとき。廊下の向こうから、誰かが近づいてくる足音がした。


「安藤、ちょっと」


 見ると、白川先生があたしを見ていた。そのまま、彼はこちらに近づいてくる。あたしの肌をじっとりと眺めていた変態の顔はどこにもない。普通の教師のふりをした化け物が、まるでただの業務連絡をするかのように話しかけてきた。


「例の写真は、消しといたから。あと、これ。手切れ金」


 先生は、茶封筒をこちらに渡してきた。手に取ると、薄い。おそらく、イチマンエンが入ってる。


「これからはふつうに、教師と生徒ってことで」


 白川先生は含みを持たせたような顔で笑った。

 あたしは気づいてる。先生は、下着の写真を消したかもしれなくても、あたしの毛穴の接写は、消してないってこと。だから、例の写真"は"消しといた、なんて言うのだ。それ以外の写真は。先生にとっての本命は、消していないのだろう。

 毛穴を写した写真にはきっと、あたしの顔なんか写ってない。あたしがどんなに声をあげても、先生の持っている毛穴の接写が、あたしのものだという確証はどこにもない。だから先生があたしを食い物にした証拠なんてどこにもなくて、むしろ余計なことを騒ぎ立てれば、変な方法でお金を得ていたあたしの立場が悪くなる。だからあたしは泣き寝入りをして、先生に与えたあの10秒を後悔するしかないのだ。

 先生は薄く笑っていた。いつのまにか、普通のふりをした先生の顔が、変態の顔になっている。先生の視線は、あたしの腕に注がれていた。

 あたしは両腕で自分の腕を隠すように抱え込んで、急いで学校を出ていった。

 以前までの教師と生徒に、戻れるわけがない。先生はこれからもずっと、あたしの毛穴を見て興奮する。すれ違うたび、授業でプリントを受け渡しするたび、三者面談をするたびに、先生はあたしの肌を見て、毛穴を見て、気持ち悪い笑みを浮かべる。あたしはそれを知ってしまった。知ってしまったからには、もう戻れない。

 先生は、教室にいる限り、あたしの毛穴に欲情する。


 dot. 完