季節にかかわらず長袖のジャージを着るのはもはや癖だ。日に焼けたらいけないから。体に傷を付けたらいけないから。
 もうそんな必要もないのに、どうしようもなく染みついてしまった習性というものがある。これは以前、子役七松旭(ななまつあさひ)として活躍していた僕の習性のひとつ。過去の栄光だけどね。
「おい七松(ななまつ)! 今日も見学か!?」
 こいつは担任の行平(ゆきひら)。語尾にエクスクラメーションマーク《!》を付けないと死ぬ習性でもあるんだろうか。僕はこいつが嫌いだ。頭の中で「筋肉馬鹿」と呼んでいる。筋肉がついた馬鹿。
「どうした!? 体調不良か?」
「生理痛です」
 面倒くさくて、とにかく関わりたくない。僕は体育会系のことが好きじゃない。根性論と精神論でなんとかなるのは緊張だけだ。演技の前の、無機質なカメラと冷たい監督の瞳の前の、僕の体を動かすのに必要なもの。人間に根性と精神が必要なことは重々分かっているけど、すべてに根性と精神を適用しようとするのは間違っているし、端的にアホだ。
「生理痛は女子にしかこないぞ七松!」
 うぜえー。ジョークだよジョーク。
「知ってます。体調不良です。倒れそうなんで、見てます」
「そうか! 体調の良いときに参加してくれよな」

 演技をする必要がなくなってしまってから、僕はすっからかんの空っぽになってしまった。子役として求められていないと分かった瞬間に、僕――僕らは、子役・七松旭という商品を売ることを諦めた。残されたのは、こうして長年染みついた習性を引きずったままの僕と、退屈で何の刺激もない毎日と、楽しくも好きでもない高校生活と鬱憤だけだ。

「クソみたい。吐き気がする」
 つぶやくと、誰にも聞きとがめられなかったそれが夏の風に流れて飛んで行く。こんな日は、「あれ」をするしかない。
 決行は今夜。もう決めた。