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 足のケガは軽い捻挫(ねんざ)のようだった。
 犬神様曰く、慣れない子どもの体で転倒した際に、足首を捻ってしまったらしい。

 猫神様は先斗町にある例の狭間の場所へ帰り着くなり、テキパキと応急処置をした。
 赤く腫れた右足首を氷嚢(ひょうのう)で冷やし、テーピングを施した後、犬神様を布団の上に横たえて、患部を心臓よりも高い位置で固定する。

「これでよし、と。後で湿布も貼りましょう。しばらくはこのまま安静にしといてくださいね」

 そう言ってにこりとする猫神様とは対照的に、犬神様は未だ不機嫌な顔をしていた。

「……これしきの傷、本来の俺ならどうということもないのに。……くそっ」

 悔しげに唇を噛む彼を見下ろして、猫神様は「そうですねえ」と肩をすくめる。

「残念ながら、私には治癒の術は使えませんから……。その代わり、あなたを幽世へ送り届けることはできますよ。よければ、お仲間のもとへ案内しましょか?」

「いや。幽世にはまだ帰らない。俺は一刻も早く、あの男を捕まえねばならんのだ」

 あの男。
 一瞬誰のことだろうと考えて、ああそうか、と私は思い出す。

「もしかして、犬神様に術をかけたあやかしを追うつもりですか?」

「無論だ。あの男はまだ半人前にもかかわらず、こちらの世界へ忍び込んだ。それも初犯じゃない。奴は何度も何度も、我々の目を掻い潜って幽世を抜け出している」

「おや、常習犯ですか。まだ半人前やのに強い妖力を持ったはるようですし、なかなか手強そうですねえ」

 どこか感心するように言った猫神様を、犬神様は忌々しげに睨む。

「奴は貴様とも面識があったはずだぞ。初犯のときは、貴様が案内人として幽世に送り帰したはずだ」

「おや、そうでしたか。その方のお名前は?」

銀弥(ぎんや)だ。ぬらりひょんの銀弥。覚えがあるだろう」

「銀弥。……ああ、なるほど。あの子ですか」

 懐かしいですねぇ、と微笑む猫神様。

 一体どんな人なんだろうと私が考えていると、彼はまたこちらに説明するようにして言った。
 
「銀弥さんは、けっして悪い子ではありませんよ。ちょっとやんちゃなところはありますけど」

「貴様の記憶は古すぎる。奴はもう子どもじゃないんだぞ。それに、まだ半人前とはいえ、ぬらりひょんは妖力が高い。そのうえ周りのあやかしを巻き込む影響力を持っている。あれを野放しにしていれば、そのうち何をしでかすかわからん」

 義憤に駆られ、今にも布団を抜け出してしまいそうな彼を、猫神様はどうどうと宥める。

「さすがにその状態で捜すのは無理やと思いますよ。術も使えない上、足もまだ満足には動かせないようですし。今回はここで大人しくして、他の方々に任せといた方がええんやないですか?」

「この一大事に、俺だけが大人しくしていられるか。それにどちらにしろ、俺にかけられた術を解けるのは本人だけだ。とにかく一刻も早くあいつを——」

 ぐううぅぅー……と、またもや犬神様のお腹が盛大に鳴った。
 たちまち顔面が茹で蛸のようになる彼を見て、猫神様はくすりと笑う。

「とりあえず、ご飯にしましょか。奥で用意してきますんで、ゆっくりしといてくださいね」