side.優月


 双子の母である笑美さんが死んだ。
 母が死んだ子供は、どんな気持ちなのだろうか。
 俺は、まだ生き残っている母、坂井絵里子を見て思った。
 一番最初、父が死んだとき、ショックだった気持ちもあるけど正直なにも感じなかった。
 父には、なにかをしてもらった思い出がないからだろう。
『ソレデハ、7回戦目ヲ開始シマス』
 キボウの声でゲームが始まる。
 最初に声を上げたのは、最年少である秀だった。
「とりあえず、仮投票をしよう」
 俺は、リーダーとか仕切る立場にはなれない。人の前に立つとオドオドしてしまう。
 だから、僕より年下の秀が場を仕切る人になることはすごいと感じた。
 僕はいつも通りスマホ型投票機を取り出し【坂井秀】を選択した。
 僕は人を殺してしまうのが怖かった。
 だから仮投票だけ、秀に投票していた。
 仮投票の結果がテレビ画面に表示された。

仮投票の結果
  坂井秀…1

 俺の一票しか仮投票は投票されていなかった。
 今までは、ほかの人に目が行って、秀の票に注目されることがなかった。
 匿名とはいえ、人数が少ない今、バレる確率は高い。
 でも、動機がない。だから、バレても、きっと大丈夫だ。
 心の中でそう言い聞かせ自分を落ち着かせる。
 チラッと秀の方を見ると目が合った。
 慌てて目を逸らすけど、秀が僕に近づいてきた。
 バレてない、バレてない、大丈夫。
 言い聞かせて自分を保つ。
 でも、でも、
「仮投票で俺に毎回投票してるの優月でしょ」
 バレてしまった。
 冷静さを保って、返事をする。
「僕が秀に投票する理由がないよ」
 うまく言えた。
 緊張で心臓がドクドク言う。
 目立ってしまったら、死ぬ。
 今までのを見て学習したはずなのに、秀に声をかけられて目立ってしまった。
 僕は生きたいわけじゃない、死にたくないわけじゃない。ただ、死ぬのが怖いんだ。
 今まで自殺を考えたこともある。
 でも、死ぬのが怖くて死ねなかった。
「理由となる証拠は掴んでいる。正直に話せ」
 嘘、証拠があるわけがない。
 多分、きっとカマをかけられているんだ。
 そう思うけど、もし、もし本当だったら…?
 秀の鋭い目つきにはそう思わせる力があった。
「秀、ごめん。投票したの、俺なんだ」
「なんで、」
 なんとなく、声色が冷たくなったように感じた。
 僕はビクビクしながら、怯えながら声を出す。
「ずっと秀が羨ましかったんだ。頭が良くて、」
「それだけか?」
「うん、」
 突き放したような冷たい声、怖かった。
 僕と秀は仲が良くて、秀の優しさに触れているから、怖かった。
「どうせ誰かが死ぬんだから、言いたいことを言えばいい」
 確かにそうだ。でも、でも、やっぱり怖い。
「死ぬ直前でも、優月は何も変わらないのか」
 その一言が、僕の勇気に火を付いた。
 僕は変わりたい。
「僕、優月といつも比べられてたんだ」

 中学受験のために小学一年生から通っていた塾。
 小学校時代すべてをかけて挑んだ中学受験。
 僕はそれに失敗した。
 高校受験は失敗できない、と中学校では部活にも入らず勉強をした。
 それでも、高校受験では志望校に受からなかった。
 秀は、小学校5年生から中学受験の勉強をし始めたのに、県内トップの中学校に首席で受かった。
 それを聞いた僕の両親は秀と比べるようになった。
「お前は、小学校1年生からお金をかけて塾に行ったのに、秀は5年生から塾に行って首席で受かったんだぞ。お前にかけた時間と金を返せ。お前は、本当に出来損ないだ」
 父の言葉に僕は何度も傷つたけど必死に勉強してきた。努力してきたのに...。
 秀はあたかも簡単に僕の志望校に合格した。
 本当に羨ましかった。

「ごめん、秀。僕の努力不足なのに、勝手に恨んで」
「違う!」
 秀が唐突に大きな声を出した。
 秀が大きな声を出すのは珍しいからビックリした。
「優月はちゃんと努力してるよ。でも、優月はその中学校、高校に行って何がしたかったの?それって親のエゴじゃないの?
 したくもない勉強を小学校1年生のときから無理やり、やらされたんじゃないの?」
「違うよ、違うよ秀。お母さんもお父さんも、僕のことを思って、言ってくれてたんだよ」
「それって、本当に秀のためになったの?必要以上の勉強に追い込まれて、秀のためになるの?辛くて苦しいだけじゃないの?」
 違う、違う。全部全部僕のために、お母さんとお父さんは...。
「優月、ごめんね」
「お母さん、」
 お母さんが泣いている。何か言わなきゃ、何か言わなきゃなのに、何も出てこない。
「ごめんね、優月。優月のためじゃなかった。お父さんに、清明さんに説得されたの。優月のためだ、って。
 でも、そんな魔法の言葉に騙されなきゃよかった。勉強に追い込まれてるときに、助けられなくてごめんね。追い込んでごめんね。勉強は絶対に将来、優月のためになるって思い込んでた。でも、今の優月が苦しいなら意味ないよね。
 優月の意思で勉強してないなら、優月のためにならないよね。ごめんね」
「違う、違うよ、お母さん。お母さんは悪くないから。だから、謝らないで」
 僕の目から、自然と涙が零れ落ちる。お母さんを苦しめてしまった罪悪感だ。
 勉強を強制してたのも、勉強のことで追い込んでたのも、お母さんじゃない、お父さんなのに。
「今回は、私に投票して、」
 お母さんが泣きながら皆に言う。
『ソレデハ、投票ヲ開始シマス』
 俺は死ぬのが怖かった。僕の手で誰かが死ぬのも怖かった。
 今までは、みんながいたから、で投票できていたけど、人数が少なくて一票の責任が重くなっている。
 なにより、僕の1票で大切な人を殺せなかった。
 だから僕は【無投票】を選択した。
 投票の結果は神様に、みんなに、委ねることにした。
『ソレデハ、投票ノ結果ヲ発表シマス』

本投票の結果
  坂井絵里子…6
 死亡者
  坂井絵里子