side.誠


 こう表現するのは非常に不服だが、僕の不倫相手、である帆乃さんは死んだ。
 善意を好意と勘違いさせたのは申し訳ないと思っているが、妻が居る身でそんなことを勘違いする方が迷惑だ。
 しかしながら、僕は罪を償うべきだ。
『ソレデハ、4回戦ヲ開始シマス』
 機械音が流れ出してすぐ、僕は告げる。
「僕が死にます。僕が、不倫したのは事実だから」
「何言ってんの。全部、帆乃さんが悪いんでしょ。誠が死ぬのはおかしいよ」
 笑美は俺のことを庇ってくれる。
「大丈夫だよ、笑美。結局は誰かが死なないといけないんだから」
 僕は笑美だけにそう言うと、帆乃さんと旦那さんである智文さんのもとへ行き、向かい合った。
 智文さんは、帆乃さんが浮気したことが非常にショックであったらしい。3回戦目は最初に浮気を告げられて以降、ずっと放心状態だ。
 智文さんは僕に気づき、苛立った声で
「なんだよ」
 と言った。
 最愛の妻の不倫相手、なんて見たくもないだろう。
「帆乃さんと浮気してしまって申し訳ありませんでした」
「謝るくらいなら、最初からすんなよ」
「そうですよね、すみません。でも、智文さんにも非はあります」
「俺がなにしたって言うんだよ!」
 怒ったように声を荒げる、智文さん。
 僕は正直怖かった。足が震えそうだ。
 でも、それを隠してでも、智文さんに伝えなきゃ。帆乃さんへの罪は償えない。帆乃さんを救えない。
「だって、帆乃さんは、智文さんや恋乃ちゃんの八つ当たりや暴言によって苦しんでいたから」
「はぁ?」
「最初に帆乃さんに声をかけたのは、3年前。恋乃ちゃんが反抗期な上、智文さんの八つ当たりに耐えられなくなり、逃げだしたときでした」

 僕は新人のミスをフォローしていたので帰りが遅く、11時ごろだった。
 僕は最寄り駅周辺で泣いている帆乃さんを見つけた。
 なんとなく、ほっとけなくて帆乃さんに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
 すると帆乃さんは、慌てて涙をぬぐい、作ったような明るい声と笑顔で
「大丈夫ですよ」
 と答えた。
 でも、全然大丈夫に思えなくて、
「絶対に誰にも言いませんから、悩み、言ってください。僕が適切なアドバイスができるかはわかんないですけど、」
 ポカン、とした帆乃さんの顔を見て、僕は慌てて次の言葉を付け足した。
「もちろん、無理に、とは言いませんけど」
 しばらく帆乃さんは無反応だった。
 でも、意を決したように
「じゃあ、」
 と口を開いた。
 帆乃さんから聞いたことは、聞いているだけで苦しかった。
 坂井家は、亭主関白。帆乃さんは専業主婦だとは知っていた。
 でも、ご飯は一汁三菜にこだわり、家事を完璧にこなさないといけない。
 シャツはしわ一つあってはいけないし、埃だって一つ見つかればアウト。
 それでも、総菜や冷凍食品は手抜きだし、スーツなど以外はクリーニングには出せない、掃除ロボットはサボりだという。
 それに加えて、反抗期である恋乃さんと智文さんの八つ当たりを受けている、なんて帆乃さんにとって家は安らぐ場所なんかじゃない、地獄だ。
 相談を受けているうちに、帆乃さんが僕に好意を持ってしまったことは申し訳ない。でも帆乃さんを雑に扱ったのは許せなかった。

 僕は、帆乃さんの代わりに、智文さんに帆乃さんから聞いた不満をぶちまけた。
 それを聞いて、智文さんは少し反省していた、と思っていた。
「確かに、帆乃に対してきつく言い過ぎたこともあった。八つ当たりだってしてしまった。しかし、専業主婦なんだから、そのくらいできて当たり前だ。できないから、といって帆乃は甘えていた」
「何言って、」
 僕は智文さんの発言にキレそうになった。思わず殴り掛かりたくなった。
 それを聞いて、僕は決意した。
「僕は、智文さんと死ぬ。本投票では僕と智文さんに投票してくれ」
「誠は優しすぎるよ、誠が死ぬ必要はない」
 笑美は俺のことをよく「優しすぎる」という。
 帆乃さんのことも、僕が優しすぎるからだと。
 でも、僕は優しさを持って生きることを意識していた。
 優しさだけが僕の取柄で、優しさを失った僕は僕じゃない。
 僕の優しさが人を傷つけるなら、僕はいない方がきっといい。
『ソレデハ、本投票ヲ開始シマス』
 僕は迷わず【竹内誠】と【坂井智文】を選択した。
『ソレデハ、投票ノ結果ヲ発表シマス』
 結果を見た僕は、スマホ型投票機を手放した。

本投票
  坂井智文…10
  竹内誠……2
 死亡者
  坂井智文・竹内誠