「……ねえ、台本、書かれてることが増えてる」
「え……?」
春斗の死体を見たくなかったのであろう秋来は、僕たちより早く周囲の確認に移っていた。
気付くと先程の台本に変化があったようで、僕たちは彼の手元を覗き込む。
繊細な冬理はショックが強かったのか、ふらふらと夏弥に寄りかかるようにしていた。
『春斗脱落。次のゲームは投票です』
その文字を見て、僕はぞっとする。仲間の死すら『脱落』という言葉で片付けられてしまうのだ。
「脱落って……これ、リアルタイムで追記されたってことですか……?」
「それより、投票ってなぁに……?」
「あ、僕これ知ってる。デスゲームによくあるやつだよ。殺したい相手を選んで投票する、みたいな……? たぶん多数決とかで決まるやつ」
ぱらぱらと台本を捲ると、ルールの説明があった。僕の知識は大体合っていて、僕たちは自分の意思で仲間を殺さなくてはならなかった。
『得票数の多い者が処刑。投票箱に死ぬべき相手の名前を書き投票。白紙は無効票……』
「……マジで悪趣味じゃねぇか……もしかして、支配人に何かあったのか? じゃないとこんな……」
「ねえ、他の人に投票されたら、死んじゃうの……?」
「……いや、大丈夫だ、秋来。つうか、春斗がやられたんだ、こんなのに付き合う必要ねぇ。投票はなしだ」
「ですが……」
「俺は白紙で出す。無効票かもしれねぇけど、みんな白紙で出せば誰も死なねぇだろ」
「なるほど……確かに、それなら誰も犠牲を出さず切り抜けられます!」
「……」
そして投票の時間、夏弥が死んだ。こんなゲーム馬鹿馬鹿しいと早々に放棄して、残ったメンバーでどう生き残るか話し合いで解決をしようとした。口は悪くても、平和主義な夏弥らしい。
それでも、僕らは怖かった。無効票の白紙を入れると夏弥は言っていた。けれどそれに従ってみんなが無効票を出したとして、どうなるかわからなかったのだ。
あえて白紙に対しての記載があった以上、無効票を出したらその時点でルール違反として処刑されるかもしれない。
全員無効票だと信じ従って、言い出した夏弥が裏切って誰かの名前を書くかもしれない。そうなれば夏弥の指名のみ有効で多数決どころではない。
もし本当に全員無効票で切り抜けられたとしても、それを何度繰り返せば良いかもわからない。誰かの犠牲なくては投票が終わらない場合、そんな疑心暗鬼を永遠に繰り返さなくてはいけないのだ。
「夏弥、さん……そんな……」
「あ……あ……ボク……」
「……」
結果夏弥は、開票時に自分の名前を見つけて信じられないという顔をした後、彼の真上の照明が落ちてきて下敷きになり処刑された。
無効票がルール違反になったのか、夏弥の死体を見て青くなっている秋来の票が有効になったのかは、わからなかった。
『夏弥脱落。次のゲームは殺し合いです』
またしても台本に増えた文字。散らばっていた小道具は、本当の殺し合いの凶器へと変わった。先程集めた武器の山へと、僕は思わず視線を向ける。
「ねえ、やだ……ボク、死にたくなかっただけ……夏弥を殺したかった訳じゃない!」
疑心暗鬼、恐怖、秋来の気持ちはよくわかる。だから責める気にはなれなかった。僕だって、提案したのが夏弥でなければ疑って投票していたかもしれない。
何なら二回三回と続いた場合、僕も誰かの名前を書いていただろう。自ら手を下すことも、信じ続けることも出来なかった僕には、誰かを責める資格も仲間を悼む資格もない気がした。
自分の中のずるさを自覚した僕は俯き、秋来と冬理の声をどこか別世界のことのように聞く。
「秋来さん、落ち着いてください……ね? 大丈夫ですから」
「やだ、戦わなきゃ……殺される……次のゲームは殺し合い……ふたりしてボクを殺すんだ……」
「そんなことしません! 夏弥さんの遺志を継ぎましょう、大丈夫です、三人で協力して……」
三人で。そうだ、僕も彼らの仲間だ。生き残ったからには、協力して最善の道を探そう。それが春斗と夏弥への餞だ。
僕が顔を上げると同時、近くに落ちていた短剣を拾った秋来は、そのまま冬理へと勢いよく向かっていった。
「……そんな綺麗事、通じる訳ない……っ!」
「あ……!」
そして、一瞬の静寂の後、胸元を刺された秋来が死んだ。
冬理の必死の説得も空しく、半狂乱になり近くにいた彼を勢いで殺そうとした秋来は、反射に身を守ろうとした冬理と揉み合い、返り討ちにされたのだ。
「あきら、さん……? ああ、そんな……っ」
「冬理……今のは、冬理は悪くない……秋来が錯乱したから……正当防衛だよ」
「それでも、それを止められるのは、おれだけでした……昔のようにおれがその痛みを全て受け入れて、秋来を抑えておければ……。彼は……怖がりなだけなんです……」
誰よりも仲間の死を悼んでいた冬理は、自らの手で仲間を手にかけたショックでその場に崩れ落ちる。震えるその掌には、赤い血がべっとりと付着していた。
「秋来は理不尽に対して、混乱の中で急に攻撃的になったりするけど……だからってそれを全部受け入れて、冬理ばっかり傷つく必要はないよ……」
今はもう、僕と冬理の二人しかいない。彼と協力してこの状況を切り抜けなくてはいけないのだ。
狙われたのが僕じゃなくてよかったという安堵と、正当防衛だとしても仲間を手にかけたその証の赤に、わずかに慰める声が震える。
それに気付いたのか、冬理はいつものように少し寂しげに微笑んで、言葉を紡ぐ。
「……、春斗さんは、皆のお兄さんのような存在でしたね……率先して動けて、誰よりも包容力があって、傍に居て安心できました」
「え……? あ、うん……」
「夏弥さんは、平和主義のとても公正な方でした。偽善だと言われても、自分の芯を貫けるまっすぐな人……」
「そうだね……」
「秋来さんはあなたの言う通り少し危うくて、けれど立ち向かう強さを秘めていました……」
「普段大人しいのに、衝動的すぎて見ててハラハラしたけどね」
仲間たちのことを思い出し、僕らは懐かしむように言葉を交わす。もう彼らは居ないのだと、涙が滲んだ。
「……おれは、彼らの痛みや傷に寄り添うだけの、弱虫でした……」
「そんなことない。みんな冬理に救われてた……」
俯き袖口で目元を拭い、顔を上げると、冬理の手には僕が最初に見つけた銃が握られていた。
「冬理!?」
「おれではダメでした。行動力も正義感も立ち向かう強さも……どれかだけでもダメ。だからと言っておれのようになにもせず、痛みばかり抱えていても、結局はダメなんです」
「冬理……ちょっと待って」
「この心の痛みは、すべておれが持っていきます。だから……残りはあなたが頑張ってください。おれたちのことを理解して、そのすべてをバランス良く兼ね備えてくれるあなたなら、きっと……」
「待……っ!」
「あとは頼みましたよ……『四季』……」
「……え……?」
冬理が死んだ。拳銃でこめかみを撃ち抜き、自害した。
そして生き残ったのは僕一人。最初から僕しか居なかったかのように静まり返った舞台の真ん中で、僕だけが生き残ってしまった。
春斗のように最初に動く行動力は持たず、何も出来ずに立ち竦むしかなかった僕が。
夏弥のように平和主義な思考に憧れながらも、誰かが死んでくれれば生き残れると願ってしまった僕が。
秋来のように衝動的にでも戦う度胸もなく、早く終われと息を潜め安全圏に居た僕が。
冬理のように自責の念に駆られることもなく、静寂に包まれたこの舞台の上で寂しさと同時に生き残れた安堵に震える僕が。
誰よりも劣る、何の取り柄もない僕が、生き残ってしまった。