その封筒は予鈴が鳴る少し前に男子生徒のひとりが気づいて、騒ぎになりました。
 彼は中身を取り出すと、ひと通り読んだところで仲のいい生徒を呼び寄せ、気づけば多くの生徒が教卓に集まる事態になっていました。
 わたしは静かに席に座っていました。クラスの子たちはわたしが朝早くに登校していることに気づいているだろうから、わたしがその封筒を開けたと思っているかもしれません。ただ、手紙の中身があまりにも気持ち悪い、悪意に満ちたものだったため、誰が最初に開けたといった議論は生まれもしませんでした。怖い。なにこれ。誰がこんなの書いたの。しばらくすると犯人探しがはじまりました。人の悪意を糾弾するのは気持ちがいいことです。そのことをみんな無意識に知っているから、ここぞとばかりに自らの善性を披露しようと声を荒げていました。
 そのうち、先生がやってきました。
 先生は教室に入るなり、まるで事前にそのことが取り決められていたかのように、例の封筒を生徒から受け取りました。その流れが妙にスムーズであった理由は、ほかのクラスからも同じ封筒が見つかったからのようでした。朝から職員室にその封筒を持ち込んできた生徒が複数名いたというのです。先生たちはもしや全クラスで同じ現象が起きてるのではないかと、自分の受け持ちの教室に入るなり封筒の有無を確認していたようでした。
 先生は封筒の中を見やるとすぐに顔を上げ、これはどこにあったのかと質問しました。わたしの次に封筒を見つけた男子生徒が興奮気味に説明しました。おそらく封筒の第一発見者として手柄をたてたかったのでしょう、わたしが最初に封を開けたという事実はそこで消え去りました。先生はそのまま頷くと、ひとまずこちらで対応を決めるからと言い、いつも通りのSHRがはじまりました。わたしはそこで少し気持ちが落ち着きましたが、それでも、もやもやとした気持ちは続いていました。
 誰があんなものを。誰がわざわざ全クラスに。
 気づくとわたしも、無意識のうちに犯人を捜していました。
 もしかしたらわたしも、正義の名のもとに悪を成敗したかったのでしょうか。いえ、それとは異なる感情がわたしの中にはあったように思います。それを言葉化にすることはとても難しい心境ではありましたが。
 とにかくわたしは、封筒にまつわるすべてのことを知りたくてたまりませんでした。
 SHRが終わり、先生が職員室に戻っていくと、わたしもあとに続きました。この小さな田舎町、先生ですら向上心のない底辺の高校でも、こんな封筒が学校中にばら撒かれたらなんらかの対策がなされるのは必然でした。わたしは職員室を覗き、腕を伸ばして壁際にポーチを立てかけると、すぐに教室へと戻りました。

 ——どうしてこんな……。
 ——心当たりは……。
 ——筆跡が……。

 一時間目を終えポーチを回収すると、中に仕込んでいたスマホはうまいこと職員会議の音声を録音してくれていました。
 一時間目は通常通り行われていましたが、おそらく学年主任などの一部の先生が集まって話し合いをしたのだと思います。わたしはスマホを確認すると、できるだけ人のいない廊下の端に寄り、頭から音声を再生していきました。
 しかし、スマホはポーチに隠していたため、完璧には音を拾えていませんでした。
 声の大きい、あるいはスマホから距離が近い先生の声はよく聞こえるのですが、それ以外の声は断片的に聞こえるのみでした。伝わってくるのは動揺、混乱、そういった空気感ばかりで、やきもきしながらわたしはスマホに耳を押し当てました。
 果たして、この一連の騒動はなんなのでしょうか。
 封筒に入っていた日記。あそこに出てきた怪談を、わたしは聞いたことがありました。旧校舎の理科準備室へ指定の時間に行くと、自殺しようとしている女子生徒に出会って気を狂わせられる。日記を読む限り、日記の書き手はたしかに精神が狂ったようにも見えました。
 この書き手は、うちの高校の生徒なのでしょうか。そして、誰なのでしょうか。わたしは他クラスとの交流がないため、クスモトさんという人もこの資料を用意した人も察しがつきません。ただひとつ言えるのは、これらの資料は日記以外、明確な悪意を示していて——つまりこれは——いじめ、である、ということだけでした。
 録音を聞いていると、やがて、先生たちが人名と思われる単語を発していることに気づきました。

 ——ギ……、イ……。
 ——……ギタ……リ。

 よく聞き取れません。それでも、何度も言い合っているその名前は、流れからしてこの資料を作成した犯人であることは間違いなさそうでした。
 聞き取ろうと、さらに耳を澄ませます。
 その瞬間、すぐ耳元で怒鳴られたかのような大声がしました。
 それは単に声の大きな先生の発言だったようなのですが、あまりにも突然のことに、わたしは自分自身に向かって叫ばれたのかと思いました。


 ——だとしても、ですよ。ここに書いてあるクスモトさんって、いったい誰なんですか?