その封筒は教卓の上に、これみよがしに置かれていました。
 クラフト封筒とでも呼ぶのでしょうか、シンプルな形状だったと思います。どこの百均でも売っていそうな普通の茶封筒。それは天板の中央、神経質なくらいぴったり真ん中に置かれていました。
 わたしはその日、誰よりも早く登校していました。
 いえ、実際には野球部やバレー部の生徒のほうがわたしよりも早くに来ていたとは思いますが、朝練などの特別な用事のない生徒の中ではわたしが一番早かったと思います。だからわたしが最初にその封筒に気づいたのです。時間に余裕があったわけですから。わたしは窓際の自分の席に向かおうとして、最短ルートである教壇を通り抜ける——その過程で、封筒の存在に気づきました。
 でも、わたしは特になにかしようとは思いませんでした。
 きっと誰かの忘れ物だろう。わたしには関係ない。そのうち誰かが回収するはずだ……そんな、普通のことを考えていたと思います。ほかの人が見たって同じことを思ったでしょう。ほとんど無意識のまま、わたしはそこを通り過ぎようとしました。
 ただ、ふと目に入った宛先の部分に、〈誰でもいいので開けてください〉と書いてあったから。
 わたしはつい立ち止まり、封筒に触れました。
 そしてそれを持ち上げ、意外と重いことに気づきました。触り心地からして中に固形物が入っている様子はないのですが、折りたたんだ紙がパンパンに詰まっている……そんなイメージでした。朝の七時五十五分、変わり映えのない日常の中に現れた非日常に、わたしはふと興味をそそられ封筒を開けました。
 中には予想通り、いくつかの紙が三つ折りにされて入っていました。
 その内容は、結論から言うと、ある人物の評価を著しく損なわせようとする文章でした。
 具体的には、中には四つの資料が入っていました。そのすべてが、ある人物の異常性を示す意図でまとめられていたのです。
 ひとつは、ごく短い手紙。
 ひとつは、誰かの日記と思われるノートのコピー。
 ひとつは、あるウェブサイトのキャプチャー画面を印刷したもの。
 ひとつは、学校の生徒へのインタビューの書き起こし。
 わたしは教卓の前でそれらをすべて読み、呆然としました。なんでこんなものが教室に置いてあるんだろう。この手紙を書いた人はどうしてこんな資料を集めたのだろう。考えれば考えるほど奇妙で、気持ちが悪く、なんだか苦しくなる……そんな内容でした。
 ひとまずわたしは、資料を封筒の中に入れ、それを教卓の上に戻し自席につきました。
 そんなことをしたら、わたしが封筒を開けた犯人——いえ、封筒を作成した犯人だと思われるかもしれません。でも一方で、前者はともかく、後者に関しては疑われる恐れはないと確信を持っていました。それはほかでもない、封筒の中身が補完してくれていることでした。
 わたしは鞄を胸に抱いたまま、席から動かず、しばらくの間荒んだ呼吸を整えていました。その間にも頭の中では、封筒の中で見た言葉がくるくると回り続けていました。
 封筒を開けて、一番最初に目にした手紙。それを手紙と呼ぶのが適切なのかはわかりませんが、ルーズリーフに二行、ごく短い文章が書かれていました。その言葉が、シャツの上に跳ね返った真っ赤なスープのように、染みとなって身体中に広がっていくのです。
 それはこんな言葉でした。


〈クスモトさんは呪われています
 近づかないでください〉