田舎というほど田舎でもないけれど、都会というほど賑わってもいない。そんな平凡な街に私は住んでいる。
玄関で靴を履き替えていると、お母さんが台所から顔を出した。
「里枝香、遊びに行くの?」
「うん」
「今日も涼夏ちゃんたちと?」
私が頷くと、お母さんが「あんたたち五人は本当に仲が良いわね。私も幼馴染が欲しかったわ〜」と嬉しそうに笑っている。
「腐れ縁みたいなもんだけどね。同じ高校だし」
「何言ってんの。いつも皆んなにはお世話になってるくせに」
「はいはい」
「にしても、朝早いわね。夜には帰ってくるのよ」
お母さんが台所に戻っていく。私はそんなお母さんを振り返りもせずに「行ってきます」と言って、玄関の扉を開ける。しっかりと顔を見ることもしなかった。当たり前に帰って来れると思っていたから。
そのことをどれだけ後悔することになるかも知らずに。
今日の集合場所は、いつもの高校の図書室。
休日でも自習場所として自由開放しているその場所は、今まで他の生徒が使っていることを見たことはない。だから、私たちはいつもその場所に集まって好きに過ごしていた。休日は司書の先生もいないので、お喋りだって気にせずに出来るから。
五人全員が図書室に入った瞬間、その放送は流れ出した。どこか機械音のような不思議な音声だった。
『今から皆さんには命をかけたゲームを始めて頂きます』
『ルールは簡単。皆さんには匿名で自分以外で死んでほしくない人を一人選んで貰います。誰にも選ばれなかった人は死んで貰います。簡単でしょう?』
『誰を選んだかを明かすことは禁止。全員の矢印が上手く被らなければ、誰も死ぬことはありません』
『投票回数は、3回。10時と12時と17時。結果が採用されるのは17時だけです。つまり残り2回は他の人が誰に投票したかを見るだけです。参考情報まで与えてくれるこのゲーム。なんと親切なゲームでしょう』
『さぁ、ゲームスタートです』
こんな意味の分からない放送を聞いても、誰も信じるわけはなかった。
「なに今の放送。笑えるんだけど。誰のイタズラ?」
一番に口を開いたのは涼夏だった。涼夏ははっきりした性格で、こんな時ですら慌てていない。涼夏はこういう性格で、いつも私たちを仕切ってくれる。
「知らねーよ。放送委員が適当に作って遊んでんじゃねぇの? 迷惑な話だけど」
すぐに水斗が言い返す。
「こら、水斗。口が悪い」
真千が水斗に軽く注意をしている。水斗の言い方を注意出来るくらい真千も慌てていないし、信じていないのだろう。
誰も信じていない放送、私だって誰かのイタズラだと思っているのに何故か心がざわついて落ち着かない。だから、私は図書室を出ようとした。
「とりあえず、職員室に変なイタズラがあったって伝えてくる。休みの日だけど、職員室なら誰かしら先生が来てるだろうし」
「じゃあ、俺もついてく」
「環樹、いいの?」
「俺だって気味悪いし。職員室の先生にちゃんと犯人を注意しろって言ってくる。里枝香はキツく言えないだろうし」
環樹はそう言いながらも、本当は怖がっている私を一人にしないでおこうとしてくれているだけだろう。私は環樹と一緒に図書室を出ようと扉に手をかけた。
「開かない……」
私の言葉に一番に反応したのは、やっぱり涼夏だった。
「冗談やめてよ、こんな時に」
そう言って涼夏も扉に手をかけたが、やはり開かない。
「え、なんで」
「誰かが外から鍵をかけたのかな?」
その時、先ほどまで落ち着いていた真千の顔が険しくなっていることに気づいた。
「真千?」
「この図書室の鍵壊れてて、閉まらないって前に司書の先生が言ってたの……」
真千の言葉に水斗が扉と反対方向へスタスタと歩き出し、窓の方へ向かう。
「窓も開かねーわ」
水斗の言葉に涼夏が「窓が開かないとかあり得ないでしょ。鍵かかってるだけじゃないの?」と言い返す。
「違う。鍵が閉まったまま動かない。鍵の所が何かに引っかかったみたいに動かねーんだよ」
どうやら鍵のところに釘のようなものを引っ掛けて動かないようにしているようだった。異様な光景に私は体がガタガタと震え出すのが分かった。元から怖がりなのに、こんな状況に耐えられるほど私は強くない。その時、落ち着いた声で環樹が口を開いた。
「窓を破るか」
環樹の声は落ち着いていたが、本気なことは分かった。その時、もう一度放送がかかる。
『窓なんて割っても意味ありませんよ?』
ビクッと全員の身体が震えた。
『もしここから無理やり逃げるのなら、今すぐに全員を殺します』
環樹が放送のかかっている方向に向けて、「どうやって殺すわけ?」と問いかけた。
「お前が俺らを殺すにしても、その前に窓割って逃げるだけだし」
その瞬間、外からドンッ!と爆発音が響いた。振動で床も揺れる。
「きゃあぁあああ……!!!」
爆発音の後に、誰かの悲鳴が遠くから聞こえる。もう私たちは言葉も出なかった。どう考えても、この高校のどこかで何かが爆発した。しかも、どう考えても小さな規模じゃない。
そして、もう一度鳴り響く放送。
『人を殺す方法なんてどれだけでもあるものですよ』
これには先ほどまで強気だった涼夏まで「ぇ……嘘でしょ……」と信じ始めている。
『さて、そんなことをしている内にもう十時です。一回目の投票を始めましょうか』
私たちの動揺など気にもせずに放送は続くのだ。
『普段司書の先生が座っている場所に端末を用意しました。そこから順番に一人選んで下さい。先ほども言いましたが、誰に投票するかを明かすことは禁止です』
受け入れられない、そう思うのに私たちは次の言葉で動き始めることになる。
『制限時間は五分です』
「っ……!?」
心のどこかで信じ始めていた中で、本能的に死を避けたいと思ってしまう。それでも私の身体は固まって動かない中で、水斗が本当に端末があるのか確認に向かう。
「本当にあるけど、どうする?」
「どうするって……言われても……」
「投票した方が良い気するけど。初めの放送的に全員がバラバラに投票すれば良さそうだし」
水斗の言葉に「こんな馬鹿のゲームを信じるの!?」と涼夏が声を荒げた。
「俺だって信じたくないけど、信じるしかないだろ。さっきの爆発音と振動的に結構やばい状況だろ」
「だからって……!」
「涼夏、もう一回言うぞ。上手く投票すれば、全員生き残れる。このままじゃ多分全員死ぬ」
「っ! あー、もう分かったって!」
そう言って、涼夏が水斗の所へ早足で歩いていき、端末を奪った。指で素早く何かを選んでいる。
「はい、私はもう選んだから。次は誰?」
涼夏の問いには答えずに水斗が端末を手に取り、投票を終わらせる。私はまだ全然受け入れられていないのに、次に環樹、真千の順番で投票を終わらせた。
そして、真千が私に端末を渡す。
「次は里枝香だけど……大丈夫?」
私の顔色の悪さに真千が心配そうに顔を覗き込んだ。自分だって同じ状況なのに、真千のこういう所は本当に尊敬する。
「……大丈夫、ごめん。今、投票する」
私がそう言ったと同時に、放送が『残り一分です』と告げた。
「里枝香、早くして」
涼夏に急かされながら、私はカタカタと小刻みに震える指で投票を終えた。
『投票が終了しました』
その言葉の次に流れた放送は、衝撃的な内容だった。
『三田 里枝香 二票、野本 環樹 二票、小室 水斗 一票』
「え?」
その「え?」を発したのは涼夏だった。それでも、無遠慮に放送は続いていく。
『相川 涼夏 0票、永山 真千 0票』
その瞬間が私たち幼馴染が壊れた瞬間だった。
「あり得ないんだけど!」
声を荒げているのは、涼夏だった。
「落ち着け、涼夏。冷静になれ。別に全員適当に選んだだけだ。問題はここから投票をバラけさせること。後二回で完璧にしないといけない」
水斗の言っていることは正しい。それでも、涼夏の気持ちもよく分かった。この状況で自分の投票が入らないことは怖くて仕方ないだろう。環樹が水斗に続いて口を開く。
「とりあえず俺と里枝香に投票が二票な以上、この二人に投票したやつが変えなければいけない。逆に水斗に投票したやつは変えるな。そして、逆にもう水斗には……」
そんな環樹の言葉を遮るように、また放送が鳴る。
『それ以上の言及は禁止です。それぞれ自分で考えて下さい。これ以上はルール違反とします。ルール違反で死にたくないでしょう?』
その放送に環樹は唇を軽く噛んで、目を細めて言葉を止めた。
環樹は最後まで言えなかったが、伝えたかったことは『私と環樹に投票した人が入れる票を変えて、水斗に投票した人は変えない。そして、もう誰も水斗に票を入れない』ということだろう。
しかし、この状況で誰に投票するかの話し合いを出来ないと言われたら、話すことなんてない。こんな切迫した状況で世間話など出来るはずがなかった。
沈黙が続く。
「……ていうか、誰も私に入れないって何よ」
沈黙を破ったのは涼夏だった。どうやら苛立ちはおさまっていなかったようだった。
「涼夏、落ち着け」
水斗が嗜めようとしても、涼夏は止まらない。逆に声が大きくなっていく。
「だって、そうじゃん。 誰も私と真千には票を入れなかった! それだけは確定しているじゃない!」
「だから、それは適当に選んだだけだって……」
「違う! 私は一番死んでほしくない人に票を入れたわ!!」
そう叫んだ涼夏の言葉に、空気が固まる。それでも、涼夏は止まらない。
「私は一番死んでほしくない人に入れた。一番大事な人に入れた。私のことをそう思ってくれる人はいなかったってことでしょ!?」
「涼夏!」
ついに水斗が声を荒げた。
「もう一度だけ言う。俺は適当に入れた。大事なのはこれから票をバラけさせることだ」
その水斗の言葉に環樹が声をかけて同調する……と、思っていた。
「俺はでもちょっと涼夏の気持ち分かるな」
環樹の言葉に全員の視線が環樹に向く。
「いや、悪い。今言うことじゃなかった……いや、逆に今だから言うべきかもな」
環樹が浅く息を吐いた。
「水斗の言っていることが正しいことは分かってるし、俺もそう思ってる。でも、もし自分の一番死んでほしくない人に票が偶然入らなかったとしたら、きっと俺は後で後悔する。『ちゃんと一番大事な人に入れれば良かった』って」
環樹の言葉に真千が「私だって自分に票が入らなかったのは悲しいよ」と笑った。
「だって、あの時五分しかなかったんだよ? 皆んなもしかして深く考える時間がなくて、一番好きな人に入れたんじゃないかって思っちゃった」
真千の言葉に私は慌てて否定しようと「私は……!」と口を開いた。しかし、涼夏に止められる。
「いいよ、聞きたくない。二票入ってる里枝香に何を言われても響かない」
いつもの涼夏のはっきりした物言い。その物言いが自分に攻撃的に向けられていることに怖くなる。
「違うの、涼夏。私は本当に……!」
「聞きたくないって!」
「っ……!」
私が悲しさと悔しさと怖さで目に涙を溜めている様子を見て、涼夏が私を嘲笑う。
「私、里枝香のそういう所まじで嫌い。被害者ズラしないで欲しいんだけど。一番の被害者は票が入らなかった私と真千でしょ。ねぇ、真千?」
涼夏の言葉に真千は俯いたまま何も言わない。それは真千の肯定を示しているだろう。女子三人男子二人の幼馴染の中で、それぞれ女子同士男子同士の絆もあった。そんな中で今のこの状況に息が苦しくなる。
そんな私たちの状況に水斗がため息をはいて、奥の椅子に座る。物理的に私たちと距離を取りたかったのだろう。この状況で、口を開ける人はもういなかった。
時間だけが過ぎていく。
時計の針が真上を差して、重なり合う。
『十二時になりました。ニ回目の投票を行います』
端末を一番に手に取ったのは、やはり涼夏だった。しかし、先ほどと違い「次は誰?」とは聞かずに私の方へ歩いてくる。
「はい、次は里枝香」
端末を渡された私は、働かない頭で何とか投票を終えようとした。水斗の言葉を参考に計画的に、名前がバラけるように考えて投票しようとした。
それでも、嫌でもあの涼夏の言葉が頭をよぎるのだ。
「私は一番死んでほしくない人に入れた。一番大事な人に入れた」
私は皆んなの言葉を思い出しながら、考えて投票を終えた。端末を隣にいた真千に渡す。真千は俯いたまま端末を受け取った。
真千の顔が曇っていることが気になったが、先ほどの状況からして私が声をかけるべきではないだろう。しかし、真千が投票を終えるのは早かった。もう誰に投票するかは決まっていたようだった。
真千から端末を受け取り、環樹が投票を終え、奥の机に座っている水斗まで端末を持っていく。
「ほら、次。水斗の番」
「……環樹、俺の言ってること間違ってる? ぜってー間違ってないと思うんだけど」
「……お前はいつも正しいよ。安心しろ」
環樹の言葉に水斗が「ありがと」と小さく答えて、端末を受け取り投票を終える。そして、またすぐに放送が始まるのだ。
『投票が終了しました。結果を発表します』
『三田 里枝香 一票、小室 水斗 二票、永山 真千 二票』
「なんでよ! また私に票が入ってないってこと!? なんでよ!」
涼夏の叫び声など無視して放送は『相川 涼夏 0票、野本 環樹 0票』と続けた。しかし今回の結果に一番顔をしかめたのは、二票入った水斗だった。
「は? なんで? 俺はさっきまで一票だったから、もう変更しないって話だったよな?」
そうだ、さっきの話では「一回目の投票で水斗に入れた人はもう変更せず、それ以外の人は水斗以外に入れる」という話だった。
「これじゃあ話し合いにならないし、バラけさせることも出来ない。あと一回の投票で全て決まるんだぞ?」
水斗の言葉に誰も返事をしない。
「おい! 誰か答えろよ! 全員で生き残りたいに決まってるだろ!?」
水斗の声が大きくなっていく。
「バラけさせるために協力する! 当たり前のことだろ! なんでこんなことも出来ないんだよ!」
その時、何故か涼夏が水斗におもむろに近づいていく。
「私ね、水斗が好きだよ。意味分かる?」
その言葉が告白か何なのか分からなかったが、きっと言いたいことは『私は水斗に投票する』ということだろう。あんな放送があったのに、涼夏は恐れもせずにルールギリギリをついていく。
そんな甘い告白のような言葉をかけられた水斗は、頬を赤める……わけもなく、眉間にシワをよせ、顔の険しさを隠しもせずに、苛立ちを露わにした。
「お前、何言ってんの?」
「そのままの意味だけど」
「この状況で言うことか?」
「この状況だから言うんだよ。私の気持ちは変わらない」
イライラしたままの表情で、水斗はため息をついた。どうやらまだ正気は保っているようだった。
「じゃあ、いいよ。そういうことなら、他の奴が俺に入れなきゃいいことだし」
その言葉に涼夏はニコッと笑った。
「やめようよ、そういうの。全員一番大事な人に好き勝手入れればいいじゃん」
その言葉で水斗の糸は切れたようだった。
「ふざけんなよ! 人の命なんだと思ってんだよ!」
「だって、この状況を終えた後にまた普通に幼馴染として生活出来ると思う? 無理じゃない?」
「っ! だからって……!」
「今みたいに誰が誰に投票するか分からないし、二回目みたいな予想と違う結果にだってなるかもしれない。なら、さっき環樹が言ったみたいに後悔しない選択をした方がいいんじゃない?」
その言葉に水斗は「っ……! もう好きにしろよ!」と投げやりに言い放った。またも沈黙が流れ始める。
それでも、二回目の投票と最後の投票までは五時間も空く。沈黙が長く続く中で、私も思考が落ち着いてくる。私は小刻みに震える手を……もはや痙攣するかのようにガタガタと震える手を無理やりギュッと握りしめて押さえつけた。
「ねぇ、やっぱりみんなで生き残ろうよ」
私の言葉に一番に顔を上げたのは、水斗だった。
「とりあえず、一票だけ入った時の情報を大事にしよう」
放送でストップがかかる前に私は早口で言葉を続ける。
「一回目に水斗に入れた人はそのままで。二回目に私に入れた人はそのまま。残りの人について、もっと話し合おう」
私の精一杯の勇気は、真千に遮られた。
「それって、水斗と里枝香だけ生き残るのが確定してるじゃん。次が最後なんだよ? 私は二回目の投票のままでそのままいって欲しいくらい」
そうだ、二回目の投票で真千は二票入っている。
「でも、それじゃあ誰かが……」
私が言葉に詰まると、涼夏が私を嘲笑った。
「誰かが死ぬって? 一回目も二回目も票があった人は余裕だね。さっき、あんだけ私がはっきり言ったのに何も伝わってないじゃん。もう一回言ってあげる。里枝香のそういう安全なところにいるくせに被害者ズラするところが嫌い」
また言葉の刃が私に向いたことで、私は何も言えなくなる。
「じゃあ、涼夏はどうしたいの?」
環樹が軽く首を回したながら、リラックスした様子で涼夏に視線を向ける。
「俺もさっきああ言ったけど、全員『一番大事な人に投票して、誰も涼夏に入れなかった』らどうするんだ? 大人しく死ぬの?」
私は初めて環樹のここまでキツイ物言いを聞いた。しかし、涼夏は動じていない。
「うん、いいよ。それなら、後悔なく死ねる」
「そんなわけないだろ。誰だって死にたいわけないんだから」
「それはそうだよ。でも変に考えて、遠慮しあって、偶然選ばれなくて死ぬよりよっぽど良い」
その涼夏の言葉は厳しいのに、何処か的を得ていた。しかし、先ほどから怒ったまま会話に参加していなかった水斗が口を開いた。
「じゃあ、多数決取ろうぜ」
水斗が手を挙げるそぶりをしながら、説明を始める。
「誰に投票するかは言えないルールだけど、『自分の一番大事な人に入れるか、例え駄目になっても確率を信じて考えて投票するか』は決めれるだろ」
水斗の言い方で私は今までの投票の二回分を無駄にしたことに気づいた。そうだ、もう頑張っても確定でみんなが生き残れる選択を選ぶことは出来ない。もう確率を上げることしか出来ないということだ。
それならもう……と思ってしまわない方が無理だった。それでも、水斗の目は諦めていない様だった。
「今の時間が二時半だから、四時までに決めようぜ。四時に多数決を取る」
そして、水斗は放送がなっていた方向に向かって問いかけた。
「これなら問題ないだろ? ルール違反じゃないはずだ」
『……ええ、構いませんよ』
いくら高校の図書室で小さくない部屋だと言っても、壁があるわけじゃない。一人になることすら出来ない空間で、私たちは命に関わる大事な決断をしなければいけないのだ。
四時に近づくにつれ、心も弱ってくる。最後の投票が行われるのは五時。あと数時間で死ぬかもしれないのに私たちは何も言わずに沈黙を貫いていた。本当は言いたいことも沢山あるはずなのに、それを言える状況ですらないのだ。それすら許されないのだ。
時計が四時を差す。
「じゃあ、多数決を取るぞ」
ドクドクと心臓が鳴り響く。胸に手を当てなくても、心臓の音が耳に届いてくる。
『自分の一番大切な人に入れたいやつ、手挙げろ』
二択しかないのだから一回目に手を挙げた人を見れば、必然的に誰がどちらを選んだか全て分かる。
ポツポツと手が挙がっていく。
手を挙げたのは、涼夏と環樹と真千と……私だった。
水斗が状況を受け入れられていないようで、唖然としている。
「嘘だろ? 俺、間違ったこと言ってたか?」
その水斗の独り言のような問いに私が答える。
「合ってるよ、水斗は正しいけど……ううん、やっぱり結局水斗以外が別の選択肢を選ぶなら、水斗が間違っているのかもしれない」
私はもう震えていなかった。
「水斗の選択だったら、私はきっと自分が選ばれなかった時後悔するから。最後にちゃんと『自分を心から選んでくれた人がいたのか知りたかった』と思ってしまうから」
「里枝香もさっきまで俺と同じ意見だったじゃん」
「さっき水斗が言ったんじゃん。確率の問題だって。正直、自分が誰に投票するか言えない中で、被らない可能性はだいぶ低い。自分の命を賭けるには低すぎるもん」
水斗はもう何も言い返さなかった。その代わりに口を開いたのは涼夏だった。
「ねぇ、最後の投票まであと一時間あるでしょ? 最後はいつも通り話さない?」
「いつも通り?」
「そう、いつも通りの会話。今日こんなゲームが行われていなかったら、話していたであろう会話をしたい。していたいの」
涼夏が立ち上がる。
「どうせ誰か死ぬかもしれないんだから、それくらい良いでしょ」
そして、そのまま私の隣に座った。そして、近くにいた真千の腕を引っ張り、真千を私と反対側の隣に座らせる。
「さ、環樹も水斗も座って。あと一時間しかないのよ?」
いつも通りの涼夏だった。それは、最後のお喋りの始まりだった。
涼夏が昨日買った淡い水色のワンピースの話をして、私と真千が盛り上がる。水斗が「淡い色の服って汚れ目立たねーの?」と言って、涼夏に頭を叩かれていた。環樹も「お前デリカシーなさすぎだろ」とツッコんでいる。
図書室に笑い声が響き渡る。もうすぐ死ぬかもしれない中で、異様な光景だった。
そして、五時が近づていく。
最後の投票が始まる。
『今から最後の投票を始めます』
端末を真千、水斗、環樹、私の順番で回していく。
私は最後に端末を涼夏に渡した。その時、偶然あるものが見えた。
「え……」
私に涼夏が「シー」と人差し指を口に当てて、何も言わないでと合図する。そんな合図がなくても、私は口を開くことなど出来なかった。驚きで言葉など出なかった。
良く考えてみてほしい。
放送は初めの方にこう言った。
『人を殺す方法なんてどれだけでもあるものですよ』
しかし、こんな図書室でどうやって私たちを殺すというのだろう。
爆薬なんてどれだけ探してもこの部屋にありはしないのに。
最後の投票結果が発表される。
『三田 里枝香 一票、小室 水斗 二票、永山 真千 一票、野本 環樹 一票』
世界が壊れる。
『相川 涼夏 0票』
その瞬間、涼夏がニコッと笑って、倒れた。
先ほど涼夏の腕が服の間から見えた。自傷行為の後で埋め尽くされていた。
また放送が流れ始める。
『ねぇ、みんな。もう私は倒れた頃かな? 家で効果が出るのに時間がかかる薬を飲んできたから、そろそろ死んでると思うんだけど』
放送はもう機械音ではなく、涼夏の声だった。
倒れた涼夏以外の全員が言葉を失っている。
『みんなが大事な人をそれぞれ選べば、私はきっと選ばれなかったでしょ? だって、みんな両思いだもん。二つのカップルに挟まれて、私だけ邪魔者だって分かってるのに皆んなから離れられなくてごめんね』
放送は淡々と続くのだ。
『皆んな私に遠慮しちゃ駄目だよ。私はみんなの幸せが一番大事なんだから。みんなが幸せならそれ以上に大事なものなんてないんだから』
「うわぁああああああああ!!!」
始めに泣き叫んだのは、私だった。それから、後を追うように真千も泣き叫ぶ。水斗と環樹は言葉を失ったままだった。
それでも、放送は続くのだ。
『みんな私に遠慮して、誰も告白もしないで、私を仲間にして笑ってくれる。その優しさが大好きで、大嫌いだったよ。じゃあね』
プツッと放送が切れる。
どんな気持ちで涼夏はこのデスゲームを作ったのだろう。
先程までの放送は、きっと涼夏が雇った誰かだろう。
どんな気持ちで準備を進めたのだろう。
最後のメッセージを作ったのだろう。
一回目も二回目も誰も自分に投票しなかった時、どんな気持ちだったんだろう。
どんな気持ちで『みんな一番大事な人に投票しよう』と言ったのだろう。
隣でもう息をしていない涼夏の口元はそれでも幸せそうに少しだけ微笑んでいて。
私は獣のように泣き叫ぶ声を止めることなど出来なかった。
あっけなくその日のデスゲームは終わったのだった。
涼夏の手元に落ちている端末には、「小室 水斗」と書かれた下に「全員の名前」も書かれていた。
そして、その下には「好きなものには正直でないとね」と涼夏の字で殴り書きされていた。
端末の画面が変わる。
『もう一度言うね。みんなの幸せが私の幸せだから。私のことは忘れていいよ』
fin.
投票結果一回目
三田 里枝香→野本 環樹
小室 水斗 →野本 環樹
永山 真千 →三田 里枝香
野本 環樹 →三田 里枝香
相川 涼夏 →小室 水斗
投票結果二回目
三田 里枝香→永山 真千
小室 水斗 →永山 真千
永山 真千 →小室 水斗
野本 環樹 →三田 里枝香
相川 涼夏 →小室 水斗
投票結果三回目
三田 里枝香→野本 環樹
小室 水斗 →永山 真千
永山 真千 →小室 水斗
野本 環樹 →三田 里枝香
相川 涼夏 →小室 水斗(全員)
玄関で靴を履き替えていると、お母さんが台所から顔を出した。
「里枝香、遊びに行くの?」
「うん」
「今日も涼夏ちゃんたちと?」
私が頷くと、お母さんが「あんたたち五人は本当に仲が良いわね。私も幼馴染が欲しかったわ〜」と嬉しそうに笑っている。
「腐れ縁みたいなもんだけどね。同じ高校だし」
「何言ってんの。いつも皆んなにはお世話になってるくせに」
「はいはい」
「にしても、朝早いわね。夜には帰ってくるのよ」
お母さんが台所に戻っていく。私はそんなお母さんを振り返りもせずに「行ってきます」と言って、玄関の扉を開ける。しっかりと顔を見ることもしなかった。当たり前に帰って来れると思っていたから。
そのことをどれだけ後悔することになるかも知らずに。
今日の集合場所は、いつもの高校の図書室。
休日でも自習場所として自由開放しているその場所は、今まで他の生徒が使っていることを見たことはない。だから、私たちはいつもその場所に集まって好きに過ごしていた。休日は司書の先生もいないので、お喋りだって気にせずに出来るから。
五人全員が図書室に入った瞬間、その放送は流れ出した。どこか機械音のような不思議な音声だった。
『今から皆さんには命をかけたゲームを始めて頂きます』
『ルールは簡単。皆さんには匿名で自分以外で死んでほしくない人を一人選んで貰います。誰にも選ばれなかった人は死んで貰います。簡単でしょう?』
『誰を選んだかを明かすことは禁止。全員の矢印が上手く被らなければ、誰も死ぬことはありません』
『投票回数は、3回。10時と12時と17時。結果が採用されるのは17時だけです。つまり残り2回は他の人が誰に投票したかを見るだけです。参考情報まで与えてくれるこのゲーム。なんと親切なゲームでしょう』
『さぁ、ゲームスタートです』
こんな意味の分からない放送を聞いても、誰も信じるわけはなかった。
「なに今の放送。笑えるんだけど。誰のイタズラ?」
一番に口を開いたのは涼夏だった。涼夏ははっきりした性格で、こんな時ですら慌てていない。涼夏はこういう性格で、いつも私たちを仕切ってくれる。
「知らねーよ。放送委員が適当に作って遊んでんじゃねぇの? 迷惑な話だけど」
すぐに水斗が言い返す。
「こら、水斗。口が悪い」
真千が水斗に軽く注意をしている。水斗の言い方を注意出来るくらい真千も慌てていないし、信じていないのだろう。
誰も信じていない放送、私だって誰かのイタズラだと思っているのに何故か心がざわついて落ち着かない。だから、私は図書室を出ようとした。
「とりあえず、職員室に変なイタズラがあったって伝えてくる。休みの日だけど、職員室なら誰かしら先生が来てるだろうし」
「じゃあ、俺もついてく」
「環樹、いいの?」
「俺だって気味悪いし。職員室の先生にちゃんと犯人を注意しろって言ってくる。里枝香はキツく言えないだろうし」
環樹はそう言いながらも、本当は怖がっている私を一人にしないでおこうとしてくれているだけだろう。私は環樹と一緒に図書室を出ようと扉に手をかけた。
「開かない……」
私の言葉に一番に反応したのは、やっぱり涼夏だった。
「冗談やめてよ、こんな時に」
そう言って涼夏も扉に手をかけたが、やはり開かない。
「え、なんで」
「誰かが外から鍵をかけたのかな?」
その時、先ほどまで落ち着いていた真千の顔が険しくなっていることに気づいた。
「真千?」
「この図書室の鍵壊れてて、閉まらないって前に司書の先生が言ってたの……」
真千の言葉に水斗が扉と反対方向へスタスタと歩き出し、窓の方へ向かう。
「窓も開かねーわ」
水斗の言葉に涼夏が「窓が開かないとかあり得ないでしょ。鍵かかってるだけじゃないの?」と言い返す。
「違う。鍵が閉まったまま動かない。鍵の所が何かに引っかかったみたいに動かねーんだよ」
どうやら鍵のところに釘のようなものを引っ掛けて動かないようにしているようだった。異様な光景に私は体がガタガタと震え出すのが分かった。元から怖がりなのに、こんな状況に耐えられるほど私は強くない。その時、落ち着いた声で環樹が口を開いた。
「窓を破るか」
環樹の声は落ち着いていたが、本気なことは分かった。その時、もう一度放送がかかる。
『窓なんて割っても意味ありませんよ?』
ビクッと全員の身体が震えた。
『もしここから無理やり逃げるのなら、今すぐに全員を殺します』
環樹が放送のかかっている方向に向けて、「どうやって殺すわけ?」と問いかけた。
「お前が俺らを殺すにしても、その前に窓割って逃げるだけだし」
その瞬間、外からドンッ!と爆発音が響いた。振動で床も揺れる。
「きゃあぁあああ……!!!」
爆発音の後に、誰かの悲鳴が遠くから聞こえる。もう私たちは言葉も出なかった。どう考えても、この高校のどこかで何かが爆発した。しかも、どう考えても小さな規模じゃない。
そして、もう一度鳴り響く放送。
『人を殺す方法なんてどれだけでもあるものですよ』
これには先ほどまで強気だった涼夏まで「ぇ……嘘でしょ……」と信じ始めている。
『さて、そんなことをしている内にもう十時です。一回目の投票を始めましょうか』
私たちの動揺など気にもせずに放送は続くのだ。
『普段司書の先生が座っている場所に端末を用意しました。そこから順番に一人選んで下さい。先ほども言いましたが、誰に投票するかを明かすことは禁止です』
受け入れられない、そう思うのに私たちは次の言葉で動き始めることになる。
『制限時間は五分です』
「っ……!?」
心のどこかで信じ始めていた中で、本能的に死を避けたいと思ってしまう。それでも私の身体は固まって動かない中で、水斗が本当に端末があるのか確認に向かう。
「本当にあるけど、どうする?」
「どうするって……言われても……」
「投票した方が良い気するけど。初めの放送的に全員がバラバラに投票すれば良さそうだし」
水斗の言葉に「こんな馬鹿のゲームを信じるの!?」と涼夏が声を荒げた。
「俺だって信じたくないけど、信じるしかないだろ。さっきの爆発音と振動的に結構やばい状況だろ」
「だからって……!」
「涼夏、もう一回言うぞ。上手く投票すれば、全員生き残れる。このままじゃ多分全員死ぬ」
「っ! あー、もう分かったって!」
そう言って、涼夏が水斗の所へ早足で歩いていき、端末を奪った。指で素早く何かを選んでいる。
「はい、私はもう選んだから。次は誰?」
涼夏の問いには答えずに水斗が端末を手に取り、投票を終わらせる。私はまだ全然受け入れられていないのに、次に環樹、真千の順番で投票を終わらせた。
そして、真千が私に端末を渡す。
「次は里枝香だけど……大丈夫?」
私の顔色の悪さに真千が心配そうに顔を覗き込んだ。自分だって同じ状況なのに、真千のこういう所は本当に尊敬する。
「……大丈夫、ごめん。今、投票する」
私がそう言ったと同時に、放送が『残り一分です』と告げた。
「里枝香、早くして」
涼夏に急かされながら、私はカタカタと小刻みに震える指で投票を終えた。
『投票が終了しました』
その言葉の次に流れた放送は、衝撃的な内容だった。
『三田 里枝香 二票、野本 環樹 二票、小室 水斗 一票』
「え?」
その「え?」を発したのは涼夏だった。それでも、無遠慮に放送は続いていく。
『相川 涼夏 0票、永山 真千 0票』
その瞬間が私たち幼馴染が壊れた瞬間だった。
「あり得ないんだけど!」
声を荒げているのは、涼夏だった。
「落ち着け、涼夏。冷静になれ。別に全員適当に選んだだけだ。問題はここから投票をバラけさせること。後二回で完璧にしないといけない」
水斗の言っていることは正しい。それでも、涼夏の気持ちもよく分かった。この状況で自分の投票が入らないことは怖くて仕方ないだろう。環樹が水斗に続いて口を開く。
「とりあえず俺と里枝香に投票が二票な以上、この二人に投票したやつが変えなければいけない。逆に水斗に投票したやつは変えるな。そして、逆にもう水斗には……」
そんな環樹の言葉を遮るように、また放送が鳴る。
『それ以上の言及は禁止です。それぞれ自分で考えて下さい。これ以上はルール違反とします。ルール違反で死にたくないでしょう?』
その放送に環樹は唇を軽く噛んで、目を細めて言葉を止めた。
環樹は最後まで言えなかったが、伝えたかったことは『私と環樹に投票した人が入れる票を変えて、水斗に投票した人は変えない。そして、もう誰も水斗に票を入れない』ということだろう。
しかし、この状況で誰に投票するかの話し合いを出来ないと言われたら、話すことなんてない。こんな切迫した状況で世間話など出来るはずがなかった。
沈黙が続く。
「……ていうか、誰も私に入れないって何よ」
沈黙を破ったのは涼夏だった。どうやら苛立ちはおさまっていなかったようだった。
「涼夏、落ち着け」
水斗が嗜めようとしても、涼夏は止まらない。逆に声が大きくなっていく。
「だって、そうじゃん。 誰も私と真千には票を入れなかった! それだけは確定しているじゃない!」
「だから、それは適当に選んだだけだって……」
「違う! 私は一番死んでほしくない人に票を入れたわ!!」
そう叫んだ涼夏の言葉に、空気が固まる。それでも、涼夏は止まらない。
「私は一番死んでほしくない人に入れた。一番大事な人に入れた。私のことをそう思ってくれる人はいなかったってことでしょ!?」
「涼夏!」
ついに水斗が声を荒げた。
「もう一度だけ言う。俺は適当に入れた。大事なのはこれから票をバラけさせることだ」
その水斗の言葉に環樹が声をかけて同調する……と、思っていた。
「俺はでもちょっと涼夏の気持ち分かるな」
環樹の言葉に全員の視線が環樹に向く。
「いや、悪い。今言うことじゃなかった……いや、逆に今だから言うべきかもな」
環樹が浅く息を吐いた。
「水斗の言っていることが正しいことは分かってるし、俺もそう思ってる。でも、もし自分の一番死んでほしくない人に票が偶然入らなかったとしたら、きっと俺は後で後悔する。『ちゃんと一番大事な人に入れれば良かった』って」
環樹の言葉に真千が「私だって自分に票が入らなかったのは悲しいよ」と笑った。
「だって、あの時五分しかなかったんだよ? 皆んなもしかして深く考える時間がなくて、一番好きな人に入れたんじゃないかって思っちゃった」
真千の言葉に私は慌てて否定しようと「私は……!」と口を開いた。しかし、涼夏に止められる。
「いいよ、聞きたくない。二票入ってる里枝香に何を言われても響かない」
いつもの涼夏のはっきりした物言い。その物言いが自分に攻撃的に向けられていることに怖くなる。
「違うの、涼夏。私は本当に……!」
「聞きたくないって!」
「っ……!」
私が悲しさと悔しさと怖さで目に涙を溜めている様子を見て、涼夏が私を嘲笑う。
「私、里枝香のそういう所まじで嫌い。被害者ズラしないで欲しいんだけど。一番の被害者は票が入らなかった私と真千でしょ。ねぇ、真千?」
涼夏の言葉に真千は俯いたまま何も言わない。それは真千の肯定を示しているだろう。女子三人男子二人の幼馴染の中で、それぞれ女子同士男子同士の絆もあった。そんな中で今のこの状況に息が苦しくなる。
そんな私たちの状況に水斗がため息をはいて、奥の椅子に座る。物理的に私たちと距離を取りたかったのだろう。この状況で、口を開ける人はもういなかった。
時間だけが過ぎていく。
時計の針が真上を差して、重なり合う。
『十二時になりました。ニ回目の投票を行います』
端末を一番に手に取ったのは、やはり涼夏だった。しかし、先ほどと違い「次は誰?」とは聞かずに私の方へ歩いてくる。
「はい、次は里枝香」
端末を渡された私は、働かない頭で何とか投票を終えようとした。水斗の言葉を参考に計画的に、名前がバラけるように考えて投票しようとした。
それでも、嫌でもあの涼夏の言葉が頭をよぎるのだ。
「私は一番死んでほしくない人に入れた。一番大事な人に入れた」
私は皆んなの言葉を思い出しながら、考えて投票を終えた。端末を隣にいた真千に渡す。真千は俯いたまま端末を受け取った。
真千の顔が曇っていることが気になったが、先ほどの状況からして私が声をかけるべきではないだろう。しかし、真千が投票を終えるのは早かった。もう誰に投票するかは決まっていたようだった。
真千から端末を受け取り、環樹が投票を終え、奥の机に座っている水斗まで端末を持っていく。
「ほら、次。水斗の番」
「……環樹、俺の言ってること間違ってる? ぜってー間違ってないと思うんだけど」
「……お前はいつも正しいよ。安心しろ」
環樹の言葉に水斗が「ありがと」と小さく答えて、端末を受け取り投票を終える。そして、またすぐに放送が始まるのだ。
『投票が終了しました。結果を発表します』
『三田 里枝香 一票、小室 水斗 二票、永山 真千 二票』
「なんでよ! また私に票が入ってないってこと!? なんでよ!」
涼夏の叫び声など無視して放送は『相川 涼夏 0票、野本 環樹 0票』と続けた。しかし今回の結果に一番顔をしかめたのは、二票入った水斗だった。
「は? なんで? 俺はさっきまで一票だったから、もう変更しないって話だったよな?」
そうだ、さっきの話では「一回目の投票で水斗に入れた人はもう変更せず、それ以外の人は水斗以外に入れる」という話だった。
「これじゃあ話し合いにならないし、バラけさせることも出来ない。あと一回の投票で全て決まるんだぞ?」
水斗の言葉に誰も返事をしない。
「おい! 誰か答えろよ! 全員で生き残りたいに決まってるだろ!?」
水斗の声が大きくなっていく。
「バラけさせるために協力する! 当たり前のことだろ! なんでこんなことも出来ないんだよ!」
その時、何故か涼夏が水斗におもむろに近づいていく。
「私ね、水斗が好きだよ。意味分かる?」
その言葉が告白か何なのか分からなかったが、きっと言いたいことは『私は水斗に投票する』ということだろう。あんな放送があったのに、涼夏は恐れもせずにルールギリギリをついていく。
そんな甘い告白のような言葉をかけられた水斗は、頬を赤める……わけもなく、眉間にシワをよせ、顔の険しさを隠しもせずに、苛立ちを露わにした。
「お前、何言ってんの?」
「そのままの意味だけど」
「この状況で言うことか?」
「この状況だから言うんだよ。私の気持ちは変わらない」
イライラしたままの表情で、水斗はため息をついた。どうやらまだ正気は保っているようだった。
「じゃあ、いいよ。そういうことなら、他の奴が俺に入れなきゃいいことだし」
その言葉に涼夏はニコッと笑った。
「やめようよ、そういうの。全員一番大事な人に好き勝手入れればいいじゃん」
その言葉で水斗の糸は切れたようだった。
「ふざけんなよ! 人の命なんだと思ってんだよ!」
「だって、この状況を終えた後にまた普通に幼馴染として生活出来ると思う? 無理じゃない?」
「っ! だからって……!」
「今みたいに誰が誰に投票するか分からないし、二回目みたいな予想と違う結果にだってなるかもしれない。なら、さっき環樹が言ったみたいに後悔しない選択をした方がいいんじゃない?」
その言葉に水斗は「っ……! もう好きにしろよ!」と投げやりに言い放った。またも沈黙が流れ始める。
それでも、二回目の投票と最後の投票までは五時間も空く。沈黙が長く続く中で、私も思考が落ち着いてくる。私は小刻みに震える手を……もはや痙攣するかのようにガタガタと震える手を無理やりギュッと握りしめて押さえつけた。
「ねぇ、やっぱりみんなで生き残ろうよ」
私の言葉に一番に顔を上げたのは、水斗だった。
「とりあえず、一票だけ入った時の情報を大事にしよう」
放送でストップがかかる前に私は早口で言葉を続ける。
「一回目に水斗に入れた人はそのままで。二回目に私に入れた人はそのまま。残りの人について、もっと話し合おう」
私の精一杯の勇気は、真千に遮られた。
「それって、水斗と里枝香だけ生き残るのが確定してるじゃん。次が最後なんだよ? 私は二回目の投票のままでそのままいって欲しいくらい」
そうだ、二回目の投票で真千は二票入っている。
「でも、それじゃあ誰かが……」
私が言葉に詰まると、涼夏が私を嘲笑った。
「誰かが死ぬって? 一回目も二回目も票があった人は余裕だね。さっき、あんだけ私がはっきり言ったのに何も伝わってないじゃん。もう一回言ってあげる。里枝香のそういう安全なところにいるくせに被害者ズラするところが嫌い」
また言葉の刃が私に向いたことで、私は何も言えなくなる。
「じゃあ、涼夏はどうしたいの?」
環樹が軽く首を回したながら、リラックスした様子で涼夏に視線を向ける。
「俺もさっきああ言ったけど、全員『一番大事な人に投票して、誰も涼夏に入れなかった』らどうするんだ? 大人しく死ぬの?」
私は初めて環樹のここまでキツイ物言いを聞いた。しかし、涼夏は動じていない。
「うん、いいよ。それなら、後悔なく死ねる」
「そんなわけないだろ。誰だって死にたいわけないんだから」
「それはそうだよ。でも変に考えて、遠慮しあって、偶然選ばれなくて死ぬよりよっぽど良い」
その涼夏の言葉は厳しいのに、何処か的を得ていた。しかし、先ほどから怒ったまま会話に参加していなかった水斗が口を開いた。
「じゃあ、多数決取ろうぜ」
水斗が手を挙げるそぶりをしながら、説明を始める。
「誰に投票するかは言えないルールだけど、『自分の一番大事な人に入れるか、例え駄目になっても確率を信じて考えて投票するか』は決めれるだろ」
水斗の言い方で私は今までの投票の二回分を無駄にしたことに気づいた。そうだ、もう頑張っても確定でみんなが生き残れる選択を選ぶことは出来ない。もう確率を上げることしか出来ないということだ。
それならもう……と思ってしまわない方が無理だった。それでも、水斗の目は諦めていない様だった。
「今の時間が二時半だから、四時までに決めようぜ。四時に多数決を取る」
そして、水斗は放送がなっていた方向に向かって問いかけた。
「これなら問題ないだろ? ルール違反じゃないはずだ」
『……ええ、構いませんよ』
いくら高校の図書室で小さくない部屋だと言っても、壁があるわけじゃない。一人になることすら出来ない空間で、私たちは命に関わる大事な決断をしなければいけないのだ。
四時に近づくにつれ、心も弱ってくる。最後の投票が行われるのは五時。あと数時間で死ぬかもしれないのに私たちは何も言わずに沈黙を貫いていた。本当は言いたいことも沢山あるはずなのに、それを言える状況ですらないのだ。それすら許されないのだ。
時計が四時を差す。
「じゃあ、多数決を取るぞ」
ドクドクと心臓が鳴り響く。胸に手を当てなくても、心臓の音が耳に届いてくる。
『自分の一番大切な人に入れたいやつ、手挙げろ』
二択しかないのだから一回目に手を挙げた人を見れば、必然的に誰がどちらを選んだか全て分かる。
ポツポツと手が挙がっていく。
手を挙げたのは、涼夏と環樹と真千と……私だった。
水斗が状況を受け入れられていないようで、唖然としている。
「嘘だろ? 俺、間違ったこと言ってたか?」
その水斗の独り言のような問いに私が答える。
「合ってるよ、水斗は正しいけど……ううん、やっぱり結局水斗以外が別の選択肢を選ぶなら、水斗が間違っているのかもしれない」
私はもう震えていなかった。
「水斗の選択だったら、私はきっと自分が選ばれなかった時後悔するから。最後にちゃんと『自分を心から選んでくれた人がいたのか知りたかった』と思ってしまうから」
「里枝香もさっきまで俺と同じ意見だったじゃん」
「さっき水斗が言ったんじゃん。確率の問題だって。正直、自分が誰に投票するか言えない中で、被らない可能性はだいぶ低い。自分の命を賭けるには低すぎるもん」
水斗はもう何も言い返さなかった。その代わりに口を開いたのは涼夏だった。
「ねぇ、最後の投票まであと一時間あるでしょ? 最後はいつも通り話さない?」
「いつも通り?」
「そう、いつも通りの会話。今日こんなゲームが行われていなかったら、話していたであろう会話をしたい。していたいの」
涼夏が立ち上がる。
「どうせ誰か死ぬかもしれないんだから、それくらい良いでしょ」
そして、そのまま私の隣に座った。そして、近くにいた真千の腕を引っ張り、真千を私と反対側の隣に座らせる。
「さ、環樹も水斗も座って。あと一時間しかないのよ?」
いつも通りの涼夏だった。それは、最後のお喋りの始まりだった。
涼夏が昨日買った淡い水色のワンピースの話をして、私と真千が盛り上がる。水斗が「淡い色の服って汚れ目立たねーの?」と言って、涼夏に頭を叩かれていた。環樹も「お前デリカシーなさすぎだろ」とツッコんでいる。
図書室に笑い声が響き渡る。もうすぐ死ぬかもしれない中で、異様な光景だった。
そして、五時が近づていく。
最後の投票が始まる。
『今から最後の投票を始めます』
端末を真千、水斗、環樹、私の順番で回していく。
私は最後に端末を涼夏に渡した。その時、偶然あるものが見えた。
「え……」
私に涼夏が「シー」と人差し指を口に当てて、何も言わないでと合図する。そんな合図がなくても、私は口を開くことなど出来なかった。驚きで言葉など出なかった。
良く考えてみてほしい。
放送は初めの方にこう言った。
『人を殺す方法なんてどれだけでもあるものですよ』
しかし、こんな図書室でどうやって私たちを殺すというのだろう。
爆薬なんてどれだけ探してもこの部屋にありはしないのに。
最後の投票結果が発表される。
『三田 里枝香 一票、小室 水斗 二票、永山 真千 一票、野本 環樹 一票』
世界が壊れる。
『相川 涼夏 0票』
その瞬間、涼夏がニコッと笑って、倒れた。
先ほど涼夏の腕が服の間から見えた。自傷行為の後で埋め尽くされていた。
また放送が流れ始める。
『ねぇ、みんな。もう私は倒れた頃かな? 家で効果が出るのに時間がかかる薬を飲んできたから、そろそろ死んでると思うんだけど』
放送はもう機械音ではなく、涼夏の声だった。
倒れた涼夏以外の全員が言葉を失っている。
『みんなが大事な人をそれぞれ選べば、私はきっと選ばれなかったでしょ? だって、みんな両思いだもん。二つのカップルに挟まれて、私だけ邪魔者だって分かってるのに皆んなから離れられなくてごめんね』
放送は淡々と続くのだ。
『皆んな私に遠慮しちゃ駄目だよ。私はみんなの幸せが一番大事なんだから。みんなが幸せならそれ以上に大事なものなんてないんだから』
「うわぁああああああああ!!!」
始めに泣き叫んだのは、私だった。それから、後を追うように真千も泣き叫ぶ。水斗と環樹は言葉を失ったままだった。
それでも、放送は続くのだ。
『みんな私に遠慮して、誰も告白もしないで、私を仲間にして笑ってくれる。その優しさが大好きで、大嫌いだったよ。じゃあね』
プツッと放送が切れる。
どんな気持ちで涼夏はこのデスゲームを作ったのだろう。
先程までの放送は、きっと涼夏が雇った誰かだろう。
どんな気持ちで準備を進めたのだろう。
最後のメッセージを作ったのだろう。
一回目も二回目も誰も自分に投票しなかった時、どんな気持ちだったんだろう。
どんな気持ちで『みんな一番大事な人に投票しよう』と言ったのだろう。
隣でもう息をしていない涼夏の口元はそれでも幸せそうに少しだけ微笑んでいて。
私は獣のように泣き叫ぶ声を止めることなど出来なかった。
あっけなくその日のデスゲームは終わったのだった。
涼夏の手元に落ちている端末には、「小室 水斗」と書かれた下に「全員の名前」も書かれていた。
そして、その下には「好きなものには正直でないとね」と涼夏の字で殴り書きされていた。
端末の画面が変わる。
『もう一度言うね。みんなの幸せが私の幸せだから。私のことは忘れていいよ』
fin.
投票結果一回目
三田 里枝香→野本 環樹
小室 水斗 →野本 環樹
永山 真千 →三田 里枝香
野本 環樹 →三田 里枝香
相川 涼夏 →小室 水斗
投票結果二回目
三田 里枝香→永山 真千
小室 水斗 →永山 真千
永山 真千 →小室 水斗
野本 環樹 →三田 里枝香
相川 涼夏 →小室 水斗
投票結果三回目
三田 里枝香→野本 環樹
小室 水斗 →永山 真千
永山 真千 →小室 水斗
野本 環樹 →三田 里枝香
相川 涼夏 →小室 水斗(全員)