「えっ?あの手紙…読んだの?」

ベンチに座り、互いに会話を続けていると磯村くんがお母さんから私の書いた手紙を受け取ったことを明かした。
手紙、と一瞬考えたもののその事を思い出し、私の頬はみるみるうちに赤くなる。

「その……気にしないでね。そういうのって普通亡くなった人が現れない前提で渡されるものだからさ…。」

まさか娘が化けて出てきて、なおかつ手紙を渡した事を知られるなんてお母さんは夢にも思っていないだろう。けれど、お母さんが渡してくれて良かった様な気がした。何故なら、あれは正真正銘のラブレター。私がいつ渡そうかと考えに考えていたものなのだから。

でも、一年以上前に書いたものなので正直内容はあまり覚えていなかった。

磯村くんがふと、照れくさそうに口を開いた。


「好きだよ。」


私は「えっ。」と磯村くんの方を向く。


「僕も、ずっと陽奈の事が好きだった。」


今まで誰よりも何よりも聞きたかった言葉。じんわりと胸に温かいものが広がっていく。

「私も、磯村くんの事が好き。」

互いに照れくさくなり、視線を逸らした時だった。磯村くんが「あっ。」と声をあげた。

「手紙に一つ、わからないことがあったんだけど。」

少し、嫌な予感がした。

「箱庭の王子様って、何?」

私の顔は再び真っ赤になる。そう言えばそんな恥ずかしい比喩を手紙に書いた様な気もする。というか、あの手紙は元々没にする予定じゃなかったっけ?と思い返す。

「忘れてください……。」

その言葉に磯村くんはクスクスと笑う。

「ロマンチストなところも初めて知ったなあ。」

優しい笑みのまま、彼は果てしない快晴の空を眺める。その横顔を見ていると胸が締め付けられる様な苦しい感覚が襲いかかる。


もう、行かなきゃいけない。

直感的にそう感じた。私と磯村くんの想いは通じ合い、私の未練は果たされた。となると、私に残っているのはこの世から消えることだけ。指先が熱くなり、段々と消えていく。私の体は空気に溶け込む様に急速に薄くなっていく。


「私、もう少し生きていたかったかも。」

その言葉に彼ははっと息を呑む。天に翳した私の掌からは青空が見えていた。

「けどね、もう後悔はしてない。だからさ。」

磯村くんがこちらへ手を伸ばす。


「磯村くんが、磯村くんの望む世界で何十年も生きて、またいつかこの世界のお話聞かせてね。」

その瞬間、私の姿は空に消えた。






***

「次は〇〇〜〇〇〜。」

「お、次降りなきゃ。」

長谷が相変わらずはしゃいだ声で車窓から外を眺める。電車の揺れと共に彼の明るい茶髪が揺れた。

「おい、お前マジ小学生だな。いつまで電車でテンション上がってんだよ。」

「てめえも変わんねえだろ!図体だけでけえくせに中身小学生だもんな!」

「んだと?乗り過ごせばーか。」

僕はその光景を見て思わず笑みを溢す。陽奈が亡くなってから気付こうともしなかった幸せ。

それが皆様で感じられる様だった。

僕の様子を見て長谷は抗議の声をあげた。

「…おい、こいつ笑ってんぞ。バカにしてんだ!俺らを!」

「おいおい、馬鹿にするのは長谷だけにしろよ磯村。」

「なんだとこら!!!」

再び二人は言い合いを始める。

思えば、陽奈が死んだ時からもう一度陽奈に会う日まで、僕はずっと「死」という概念に取り憑かれていた様な気がする。
いつ死ぬのか、死ねば陽奈と会えるのか。

でも今は違う。
僕は鞄を肩に掛け直した。

ごめんね、陽奈。僕はまだそっちへは行けない。

その代わり、僕の好きなあの笑顔がもう一度見られる様にたくさんお土産話を持っていくから、気長に待っててよ。



今日も僕は小さな箱庭に揺られている。