「あの!初めまして!私山村陽奈って言います!」

一年前の秋、僕、磯村海斗は彼女に突然声を掛けられた。1時間もかかる通学に飽き飽きしていた頃の刺激的な出来事。彼女は頬を赤くしながら僕の人に席を譲る優しさが好きだとか、こちらが恥ずかしくなる様な事をしどろもどろに伝えてきた。

そんな彼女がどうしようもなく可愛くて、きっとあれは僕の一目惚れだったのだろう。
その先は連絡先を交換して、色々な事を話した。彼女の通っている高校は僕が降りる駅よりも一駅前の駅が最寄りの学校だということ。派手そうに見られるけど実はかなり口下手だという事。地毛が茶髪で毎回頭髪検査に引っかかってしまう事。

彼女と出会ってからというもの僕の通学時間は何よりも幸せな時間へと変わった。真面目に敷かれたルートを辿ってきた自分にとって彼女はスパイスの様だった。友達にもつい話してしまい、毎朝報告をせがまれる様になったけどそれすらも楽しかった。

付き合っているわけでも、同じ学校というわけでも無い。会うタイミングは電車だけ。どこか遊びに誘うくらいすればよかったのだが、僕は自分が思うよりもヘタレだった。






彼女と出会ってから数ヶ月、一瞬にして悲劇は起きた。

いつものように彼女と話して、彼女が電車を降りていく姿を眺めた日の正午頃、彼女の高校で大規模な火災が起きた。
原因はどこかの頭がいかれた様な輩による放火だった。校舎が全焼しただけでなく多数の死傷者を出した。

事件後、彼女と電車で会うことは無くなった。
何度も彼女の携帯に電話をかけてみたが繋がることはなかった。不安だけが積み重なったまま1ヶ月を過ごし、ある日の夕方、彼女の母親からの電話で彼女が亡くなったことを知らされた。

火元の近くに彼女の教室があったため、彼女は逃げ遅れたらしい。全身に火傷を負い、数日息はあったものの亡くなった。

言葉が出ないまま呆然とただ立ち尽くす。上手く相槌も打てないまま電話を続ける。「はい」という事務的な短い声が口から漏れ出る。そして、涙ながらに語る彼女の母親は最後にこう言った。

「あなたに渡したいものがあるんです。近々、会えませんか。」
僕は日時と場所を指定し、電話を切った。何故か涙は出なかった。